【麻布大学】ニホンカモシカのメスは オスへアピールするために糞の山をつくる?

麻布大学

東京農工大学農学部附属野生動物管理教育研究センターの髙田隼人特任准教授および浅間山カモシカ研究会の渡部晴子氏と矢野莉沙子氏、麻布大学獣医学部の塚田英晴教授らの共同研究チームは、ニホンカモシカのため糞(トイレ)の分布と利用状況を調査し、なわばり宣言には使われていないことやメスからオスへ発情状態を宣伝している可能性など、群れで生活する有蹄類とは異なる機能を持つことを世界で初めて示唆しました。カモシカはオスとメスが別々に生活する行動様式であるため、糞を介してメスからオスへ発情状態をアピールすることが進化してきた可能性があります。本研究成果は、フランスの哺乳類学雑誌「Mammalia」(4月7日付)オンライン版に掲載されました。 <研究背景> 動物が繰り返し特定の場所に排泄することにより形成されるため糞(トイレ)という習性は様々な哺乳類で確認されており、匂いを介したコミュニケーションのために重要な機能をもつと考えられています(図1)。群れ生活をする群居性(注1)の有蹄類(注2)の多くもため糞の習性をもちますが、これらの種ではオスがなわばり(注3)宣言のためにため糞を使用することが知られています。一方、ほとんどの時間を一人ぼっちで過ごす単独性(注4)の有蹄類のため糞の機能についてはほとんど何もわかっていません。単独性の種はオスもメスもばらばらで暮らすため、なわばりの競争相手だけでなく、雌雄間でのコミュニケーションのためにため糞が使われているかもしれません。そこで、日本の森林に生息する典型的な単独性の有蹄類であるニホンカモシカを対象に調査を行いました。カモシカは同じ性別の個体に対してなわばりを持ち、基本的に単独で生活していますが、交尾の時期(9~11月)になるとオスがメスに張り付いて、一緒に行動するようになります。ただし、交尾の時期の後半(12~1月)になると、メスは発情する可能性を残しながらも、雌雄は別々で行動するようになります。そのため、この交尾期後半にため糞でのメスからオスへの匂いコミュニケーションがおこなわれているかもしれません。 <研究体制> 本研究は、東京農工大学農学部附属野生動物管理教育研究センターの髙田隼人特任准教授と浅間山カモシカ研究会の渡部晴子氏と矢野莉沙子氏、麻布大学獣医学部の塚田英晴教授らの共同研究チームによって実施されました。なお、本研究は、JSPS科研費JP 22K14909, JP 23KK0277の助成を受けて行われたものです。 <研究成果> まずカモシカの行動圏(注5)を推定するため、2014年から2015年にかけて4頭のカモシカを麻酔銃で捕獲して発信機をつけた後、電波受信器とアンテナを使ってカモシカの位置を毎月継続的に特定しました。これによりカモシカの行動圏が把握出来たら、その中をくまなく歩きまわって、ため糞のある地点を記録しました。その結果、ため糞はカモシカのなわばりの境界に沿った分布していないことがわかりました(図2)。これは、なわばりに侵入してきた個体になわばりを宣言するのに適した分布とは言えません。次に、特に大きなため糞8カ所に自動撮影カメラを設置し、誰がいつため糞に来ているのか?や誰がいつ排泄しているのか?を調べました(図3)。その結果、隣接してなわばりを構える同性間ではため糞を共有しないことがわかりました。これらのことから、カモシカのため糞はなわばり宣言には使われていないことが示唆されました。 一方、メスのため糞への訪問頻度とそこでの排糞頻度は、オスとは別で行動するようになる交尾期後期に高まっていました。また、ため糞場での排尿は交尾期後期にのみ確認されました。一般的に、尿には発情状態を伝える匂い成分が糞よりも多く含まれています。また、オスのため糞への訪問頻度も発情期後期に高まり、例数は限られますが、ため糞の匂いを嗅ぎ、フレーメン(注6)をおこなうことが観察されました。これらのことから、メスはため糞を通じてオスに発情状態を宣伝し、オスもこの情報を受け取ろうとしていることが示唆されました。 群れで生活する有蹄類はオスとメスが一緒にいることが多く、メスの発情状態を直接知ることが容易です。これに対し、単独性のカモシカはオスもメスもばらばらで生活するため、確実に交尾して子孫を残すためにはメスからオスへため糞を通じて発情状態をアピールすることが重要なのかもしれません。 <今後の展開> 本研究はこれまでほとんど情報の無かった単独性有蹄類のため糞の機能の一端を解明しました。これは、有蹄類のため糞が主にオスのなわばり宣言のために進化してきたという考えを塗り替え、メスからオスへのアピールのためにも進化しうることを示唆しました。ただし、この研究にはいくつかの限界があります。本研究で対象としたカモシカの個体数や利用状況をモニターしたため糞の数は限られており、今後さらにデータを取得する必要があります。また、カモシカはため糞以外にも、一回だけの糞もなわばり内に多く残します(図2)。そのため、このようなため糞以外の一回糞がなわばり宣言など別の機能を持つ可能性もあります。さらに、カモシカは眼下腺という目の下にある臭腺(注7)をなわばり内のいたるところにこすりつけることが知られています。カモシカが匂いを通じてどのようなコミュニケーションをしているかの全貌を明らかにするためには、まだまだ研究が必要です。 <用語解説> 注1)動物が群れで生活する習性のこと。 注2)蹄を持つ動物群のこと。偶蹄目(牛や羊)と奇蹄目(馬やサイ)が含まれる。 注3)他の個体に対して防衛する場所・空間のこと。 注4)動物が単独で生活する習性のこと。 注5)ある個体が普段活動する場所・空間。 注6)匂い刺激に反応して唇を引き上げる生理現象のこと。 注7)匂いを分泌する器官のこと。 <関連情報> 論文名:Latrine ecology of a solitary ungulate, the Japanese serow: female-male communication site rather than territorial marking? 著者名:Hayato Takada*, Haruko Watanabe, Risako Yano, Hideharu Tsukada URL: https://doi.org/10.1515/mammalia-2024-0175 ・東京農工大学プレスリリース:高山草原のカモシカはプレイボーイ?~生息環境によって変わるカモシカの恋愛事情~ https://www.tuat.ac.jp/outline/disclosure/pressrelease/2022/20230307_01.html ●麻布大学について 麻布大学は、2025年に学園創立135周年を迎えます。動物学分野の研究に重点を置く私立大学として、トップクラスの実績を基盤に新たな人材育成に積極的に取り組んでおり、獣医学部(獣医学科、獣医保健看護学科、動物応用科学科)と生命・環境科学部(臨床検査技術学科、食品生命科学科、環境科学科)の2学部6学科と大学院(獣医学研究科、環境保健学研究科)の教育体制の下、ヒトと動物のよりよき関係をつなぐ専門性の高い人材育成を進めていきます。 麻布大学の概要: https://www.azabu-u.ac.jp/about/ ◆研究に関する問い合わせ◆ 東京農工大学 農学部附属野生動物管理教育研究センター 特任准教授 髙田 隼人(たかだ はやと) TEL:042-367-5826 E-mail:takadah@go.tuat.ac.jp ▼本件に関する問い合わせ先 事務局 入試広報・渉外課 中山、檜垣 住所:神奈川県相模原市中央区淵野辺1-17-71 FAX:042-754-7661 メール:koho@azabu-u.ac.jp 【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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