6Gの開発を加速する高速・高出力な300GHz帯信号生成システムを実現 ~広帯域増幅器を用いて世界最速280Gbpsの高出力信号生成に成功~

日本電信電話株式会社

  • 300GHz帯の広帯域増幅器と高精度歪補償技術を組み合せた信号生成システムを実現
  • 世界最高データレート280Gbpsの信号生成を従来の約8倍となる0dBm(※1)の高出力で達成
  • 高速・高出力な信号生成システムの提供によりサブテラヘルツ波の産業応用の加速に期待
 日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と、NTTイノベーティブデバイス株式会社(本社: 神奈川県横浜市、代表取締役社長:塚野 英博、以下「NTTイノベーティブデバイス」)、Keysight Technologies, Inc.(本社: アメリカ合衆国カリフォルニア州サンタ・ローザ、社長兼CEO:Satish Dhanasekaran、以下「キーサイト」)は、J帯(220GHz~325GHz)をフルカバーする広帯域な増幅器モジュールと、信号の歪を高精度に補償可能な測定システムを開発し、それらを組み合わることによって300GHz帯で0dBmの高出力、かつ280Gbpsの世界最高データレートの信号生成に成功しました。本研究成果は2025年6月15日からアメリカ、サンフランシスコで開催される国際会議IMS2025 (2025 IEEE MTT-S International Microwave Symposium)で発表予定です。

1.研究の背景
 6Gでは、広い帯域を活用可能なサブテラヘルツ波(100GHz~300GHzの周波数帯の電波)による高速無線通信や高精度レーダーセンシングが期待されています。サブテラヘルツ波を用いたシステムの研究開発や実用化に向けては、変調信号(※2)を用いたシステムの検証や評価は必要不可欠です。100Gbpsを超える高速無線通信などでの活用が期待される300GHz帯においてはJ帯(220GHz~325GHz)のWR3.4導波管(※3)が測定器の入出力インターフェースとして使用されています。そのためJ帯を用いた無線通信やレーダーの開発においては、J帯をサポートでき、かつ高速な変調信号を高出力で発生できる信号生成システムが必須となります。しかしながらJ帯の信号の増幅が必要になることと、高速・高出力になるにつれて信号の歪の悪影響が増大することにより、従来ではそれらを同時に解決する信号生成の実現が困難でした。

2.研究の成果
 今回、J帯で高速・高出力の変調信号を生成できる評価用信号生成システムを実現するため、NTTとNTTイノベーティブデバイスとキーサイトは共同で下記の研究開発に取り組みました。
NTTでは広帯域なインピーダンスマッチング回路と低損失な合波器回路を搭載した増幅器集積回路(IC)を新たに設計・開発しました(図1(a))。この増幅器 ICは、NTTが独自に開発した高速動作が可能なInP系化合物半導体(※4)を使用して設計されています。また上述の回路構成により、従来では困難であったJ帯の全周波数領域での低損失な信号合成を実現し、J帯フルバンドでの高出力化を達成しています。さらに後述のキーサイトの歪補償技術にNTTおよびNTTイノベーティブデバイスが開発した増幅器モジュールを適用し、広帯域性と高線形性を両立した信号生成システム(図2)の構築を行い、高速・高出力の信号生成に成功しました。
 NTTイノベーティブデバイスは、NTTが設計した増幅器ICを上述のInP系化合物半導体を用いて製造を行いました。さらにNTTで設計された低損失のJ帯の導波管パッケージに対してICの実装を行うことで、増幅器モジュールを開発し、本実験に提供しました(図1(b))。本増幅器モジュールはJ帯の全帯域をカバーし、最大+9.1dBmの高出力を実現しています。
 キーサイトは独自に開発した信号の歪特性を測定する装置(Vector Component Analyzer(※5))および、歪を高精度で補償する信号処理技術(Digital Pre-Distortion技術)を提供しました(図2)。本技術はシステムで発生する歪を測定し、これを補償する処理を信号にあらかじめ施すことによって、出力信号の歪を低減するものです。今回、300GHz帯における世界最高データレートで本技術を適用することに成功しました。
 上記の取り組みにより、300GHz帯において、これまで報告された中で最も高いデータレートである280Gbps(35GBaud(※6) 256QAM(※7))の信号生成を達成しました(図3)。出力パワーは、従来のデータレートのレコード値のパワー(-9dBm ※8)と比較して約8倍高く、実用に足る0dBmの高出力を実現しています(図4)。
 
図1 (a) 増幅器ICの顕微鏡写真 (b)増幅器モジュールの外観写真
 
図2増幅器モジュールと歪補償技術を組み合わせた信号生成システムの測定系
(a)ブロック図 (b)写真
 
図3 生成した280Gbps(35GBaud 256QAM)変調信号のコンスタレーション※9
 
図4 J帯での信号生成についての先行報告例との比較
 
3.今後の展開
 本成果では、信号の歪補償のために、生成信号のテスト信号を一度出力側から入力側へフィードバックする信号処理を行っています。今後、テスト信号のフィードバックを用いない、より簡便かつ柔軟な信号生成のために、歪モデルを用いたフィードフォワードの歪補償技術の適応についても検討する予定です。また生成信号の更なる高速・高出力化に向けたデバイスや装置、信号処理方式の開発と実用化についても取り組み、世の中のサブテラヘルツ波を用いたシステムの研究開発の加速に貢献してまいります。なお、今回の実験で使用した増幅器モジュールはNTTイノベーティブデバイスによって製品化が開始されています(※10)。

【用語解説】
※1 dBm
電波(無線通信)や光ファイバ通信(光通信)で使われる単位。 電力で振幅差の非常に大きい信号を取り扱うために、1mWを基準(=0dBm)としてP(dBm)=10×log10(P(mW))で変換した単位系。

※2 変調信号
情報を表現している信号を、与えられた通信路に適した周波数(通常高い周波数)の信号に変換した信号。

※3 WR3.4導波管
導波管とは、電波などのエネルギー波を導くための構造体のことで、主に高周波の伝送に使われる。WR3.4はJ帯(220GHz-325GHz)に使われる導波管の規格。

※4 InP(インジウム・リン)系化合物半導体
III-V族元素化合物半導体の一種で、インジウムとリンが結合した化合物半導体。シリコン(Si)に比べて電子移動度が高く、高い動作周波数を実現できるため、光ファイバ通信や高速電子デバイスなどに用いられる。

※5 Vector Component Analyzer
キーサイトのVector Network Analyzer をベースにした、変調波での駆動時における部品評価ソリューション。
https://www.keysight.com/jp/ja/assets/3123-1405/technical-overviews/6G-Vector-Component-Analysis.pdf

※6 GBaud
1秒間あたりの物理信号パターンの個数を表す単位。シンボル毎秒」(Symbol/sec)とも。また、その値をボーレート・シンボルレート・変調レートと呼ぶ。1GBaud=1,000,000,000Baud。

※7 256QAM
QAM(直交振幅変調)は、デジタル信号を電波で送信するために用いられる変調方式であり、振幅と位相の両方を変化させることで、より多くの情報を1つの信号で伝送することが可能となる。256の信号点に変調したものが256QAM。

※8 参考文献
Keisuke Maekawa, Tomoya Nakashita, Toki Yoshioka, Takashi Hori, Antoine Rolland, Tadao Nagatsuma, “Single-channel 240-Gbit/s sub-THz wireless communications using ultralow phase noise receiver," Electronics Exp., vol. 21, no.3, pp. 20230584, 2024.

※9 コンスタレーション
デジタル通信において、信号の異なる状態を視覚的に表現したもの。信号は直交軸と同相軸の2次元座標上のシンボル点として表示され、それぞれのシンボル点は特定の信号状態(信号の振幅と位相)を表す。

※10 増幅器モジュール:
https://www.ntt-innovative-devices.com/sensing_application/thz_products.html#j-band-power-amplifier

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