【横浜市立大学】活性化するUSP7の構造変化をクライオEMで捉える

横浜市立大学

~不活性化の時は開き、活性化の時は“シュッ”と閉じる~

 横浜市立大学大学院生命医科学研究科 構造生物学研究室(エピジェネティクス構造生命科学)の中村菜緒さん(修士課程2年)、吉見早恵さん(2022年度修士課程修了)、有田恭平教授、東京大学医科学研究所の西山敦哉准教授らを中心とした研究グループは、細胞運命を決定するDNAメチル化*1の制御で働く、脱ユビキチン化酵素USP7の活性化に伴う構造変化を、クライオ電子顕微鏡単粒子法*2で明らかにしました(図1)。本研究成果は、がんや免疫関連疾患の原因タンパク質としても着目されているUSP7の阻害剤の開発に貢献する可能性があります。
 本研究成果は、Cell Press誌「Structure」に掲載されました(日本時間2025年7月11日午前0時公開)。

研究成果のポイント
  • DNMT1のRFTSドメイン単独はUSP7によるユビキチン化H3の脱ユビキチン化を阻害する。
  • DNMT1と結合したUSP7はヒストンH3の脱ユビキチン化を効率的に行う。
  • クライオ電顕でUSP7の活性型と不活性型の構造変化の可視化に成功。
  • 活性化に伴う構造変化の解明は、USP7の阻害剤の新たな作用点の探索につながると期待される。
図1 USP7の活性化型と不活性化型構造の模式図
脱ユビキチン化酵素USP7が、UBL5ドメインのC末端とDUBドメインが近接した閉じた活性化型の構造と(右)、開いた不活性化型の構造(左)を取ることをクライオ電子顕微鏡により可視化した。
右:活性化型USP7では、閉じた構造を取る。



研究背景
 ヒトの体はおよそ200種類以上の細胞から成りますが、すべての細胞は同じ設計図(DNA)を持ちます。それにもかかわらず、細胞がそれぞれ特有の働きや形を取るのは、設計図に書かれた情報(遺伝子)のうち、各細胞で使われる遺伝子が異なるためです。ヒトのゲノムに起こるDNAメチル化は、各細胞での遺伝子の使い方を決める重要な生命現象です。細胞が一旦獲得したDNAメチル化はヒトの生涯にわたって正確に受け継がれます。これにより、細胞は正常な機能を保ったまま増殖できます。この「DNA維持メチル化」とよばれるプロセスが正常でないと、細胞のがん化や神経変性疾患など様々な病気を引き起こすため、DNAメチル化パターンが厳密に制御される仕組みを理解することはとても重要です。
 このDNA維持メチル化ではDNAメチル化酵素DNMT1とそれをDNAメチル化部位に呼び込むタンパク質UHRF1が必須です。UHRF1は継承されるメチル化部位の近傍にあるヒストンH3タンパク質をユビキチン化*3します。このユビキチン化されたH3がDNMT1をメチル化部位に呼び込み、DNAメチル化の正確な継承が行われます。この過程には、ユビキチンをヒストンH3から外す脱ユビキチン化酵素USP7も重要な働きをします。USP7がユビキチンをヒストンH3から外せないと、DNAメチル化の継承がおかしくなり、細胞に悪影響をもたらします。今回研究グループは、USP7がどのようにユビキチンをヒストンH3から取り除くのかを、クライオ電子顕微鏡を用いてその働きを可視化することで明らかにしました。

研究内容
 本研究では、試験管内でUSP7によるユビキチン化H3の脱ユビキチン化を再現するための実験系を構築しました。生化学的な方法で2カ所のリジン残基がモノユビキチン化されたヒストンH3 (H3ub2) を作り、そこにUSP7タンパク質を混ぜることで、ユビキチンがヒストンH3から外れる実験系(脱ユビキチン化実験)を構築しました。次に、ユビキチン化H3に結合するDNMT1の一部であるRFTSドメインを加えて脱ユビキチン化実験を行いました。すると、USP7はユビキチンをヒストンH3から外すことができないことがわかりました。これはRFTSドメインが非常に強くH3ub2に結合しているため、USP7の働きを物理的に阻害するからだと考えられます(図2)。
 
図2  USP7はDNMT1を足場にした状態で、ユビキチン化H3を脱ユビキチン化する

 これまでに、USP7はDNMT1と相互作用して複合体を作ることがわかっていたため、DNMT1のすべての機能ドメインを含むタンパク質を調製して、脱ユビキチン化実験を行いました。するとUSP7はDNMT1と複合体を作った時のみ、ユビキチンをヒストンH3から取り除くことができました。つまり、USP7とDNMT1の複合体の形成はヒストンH3の脱ユビキチン化に必須であり、DNMT1はUSP7が活性化状態になるための足場として機能していることがわかりました(図2)。
 さらに、クライオ電子顕微鏡単粒子解析法によりUSP7がDNMT1と結合した際の構造状態を調べたところ、USP7の構造状態には2種類あることが明らかになりました(図3)。
 
図3 クライオ電子顕微鏡を用いて、USP7の活性化と不活性化の構造状態を決定

 USP7はアミノ末端からTRAF, DUB, UBL1-5ドメインから成ります。1つ目の構造状態は、TRAFとDUBドメインは一定の構造状態を取らず、DUBドメインの構造が見えない”開いた構造”でした。一方、2つ目の構造状態は、DUBドメインの構造が可視化でき、DUBドメインはUBL1-5のカルボキシル末端に近接した”閉じた構造”でした。これまでの研究からUSP7の活性化には、UBL1-5のカルボキシル末端がDUBドメインと相互作用することが必須であることが報告されていました。したがって、1つ目の開いた構造はUSP7の不活性状態、2つ目の閉じた構造は活性状態であると考えられます(図1)。本研究では、クライオ電子顕微鏡を用いることで、USP7の活性化に伴う構造変化の可視化に初めて成功しました。

今後の展開
 これまでに、USP7の構造生物学研究は研究技術の制限により機能ドメイン単位で行われてきたので、活性化のメカニズムに関しては限定的な情報しか得られていませんでした。本研究では、クライオ電子顕微鏡を用いることで全長USP7がDNMT1と結合した状態で、活性化と不活性化の構造状態を取ることを可視化することに成功しました。USP7はがんや免疫関連疾患を含む多くの病気に関与する酵素であり、その立体構造情報に基づいた阻害剤の開発が注目されています。今回の研究成果に基づいて、さらなる高分解能でUSP7の活性化に伴う構造変化の解明は、阻害剤の新たな作用点の探索につながると期待されます。

研究費
 本研究は、JSPS科研費(JP18H02392, JP19H05294, JP19H05741, 24K01967, 25H01301)をはじめ、横浜市立大学学長裁量事業 戦略的研究推進事業(SK201904)などの助成を受けて行われました。

論文情報
タイトル:Structures of USP7 in active and inactive states bound to DNMT1 revealed by cryo-EM
著者:Nao Nakamura, Sae Yoshimi, Amika Kikuchi, Hiroki Onoda, Satomi Kori, Makoto Nakanishi, Atsuya Nishiyama, Kyohei Arita
Equal contribution
掲載雑誌:Structure
DOI:https://doi.org/10.1016/j.str.2025.06.005https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0969212625002217
 




用語説明
*1 DNAメチル化:DNA中のシトシン塩基の5位の炭素にメチル基(CH3-)が付加される反応。ヒトでは主にCG配列中のシトシン塩基がメチル化される。DNAメチル化により、細胞の遺伝子発現が抑制される。生物の体(多細胞の形質)を形成するために必須であり、DNAメチル化異常はがん化の原因の一つである。
*2 クライオ電子顕微鏡単粒子解析:タンパク質の立体構造を明らかにする手法の一つ。生体分子をマイナス180 ºC近い極低温状態の氷の中に包埋し、その状態で電子顕微鏡により観測する。観測した生体分子の粒子像を大量に撮影し、得られた数十万の粒子像から3次元に再構成することで立体構造を明らかにする手法のこと。2017年にノーベル化学賞を受賞した研究技術。
*3 ユビキチン(化):76個のアミノ酸からなる球状タンパク質で、基質となるタンパク質のリジン残基に共有結合を介して付加される翻訳後修飾因子。基質に付加されたユビキチンのリジン残基には、さらにユビキチンが数珠状に付加されることがあり、タンパク質分解やシグナル伝達、DNA損傷修復などの様々な生命現象を制御する。ユビキチンは脱ユビキチン化酵素によって外される。

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