日本製鉄 鉄鉱石の水素還元メカニズムにX 線顕微鏡で迫る ~カーボンニュートラル鉄鋼製造プロセスの実現に向けて~

日本製鉄株式会社

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
日本製鉄株式会社

本研究成果のストーリー
●Question
現在の鉄鋼製造プロセスでは、酸化鉄(Fe2O3 など)が主成分である鉄鉱石を石炭(コークス)から発生する一酸化炭素(CO)と反応させて、酸素を奪い(還元して)鉄にする反応が広く使われています。しかし、多量の二酸化炭素(CO2)を排出するため、省CO2 な代替プロセスの研究が盛んに行われています。水素による還元鉄製造はその候補の一つであり、製造条件の設計には鉄鉱石の水素還元反応に関する情報が必要です。しかし、その反応によって生じる鉄鉱石内部の変化は極めてミクロ(数10nm オーダー)であり、その詳細を高精度に観察できる手法が限られていました。
●Findings
最近、技術が進歩した放射光X 線顕微鏡を用いて、水素還元途中における鉄鉱石粒子の鉄の化学状態(価数)を三次元で可視化することに成功しました。その結果、還元初期において、還元温度973K では水素ガス濃度勾配に沿った反応(topochemical)であるのに対して、1173K では結晶整合性を優先した反応(topotaxial)と、ナノスケールで反応モードが大きく変わることが解明されました。熱力学的考察を合わせて、鉄鉱石の水
素還元反応に関する新知見を得ました。
●Meaning
今回得られた知見にもとづいて反応モードを考慮することにより還元プロセスの最適化が期待され、CO2 排出の少ない新しい製鉄法開発の足掛かりを得ることができました。
 
図1 (中央グラフ) 水素による鉄鉱石(Fe2O3 粒子)の還元率の時間変化(青973K, 橙1173K)。(上下の図) 各温度・時間の試料のX 線顕微鏡観察で得た鉄の三次元化学状態分布(共存相と空隙の三次元分布を示した俯瞰図)。本図では一部を立方体形状でくりぬき内部の状態を表示している。

○120文字サマリー
X 線顕微鏡で鉄の化学状態をナノスケールで三次元可視化し、鉄鉱石の水素直接還元の反応メカニズムに関する新知見を得ました。熱力学的考察と合わせて温度による反応モードの違いを解明しました。今後の鉄鉱石の還元プロセスの制御指針につながる重要知見です。

【概要】
KEK・物質構造科学研究所の研究グループと日本製鉄(株)・技術開発本部の共同研究グループは、放射光X 線顕微鏡を活用して、鉄鉱石の水素還元メカニズムの新知見を得ました。水素を用いた鉄鉱石の直接還元は、CO2 を発生しないカーボンニュートラルな製鉄方法として注目されています。原料である鉄鉱石(粒径:数10μm)内の鉄の化学状態が還元に伴いどのように変化するかを50nm の空間分解能で観察することに成功しました。
熱力学計算と合わせた考察の結果、還元温度973K では水素ガス濃度勾配に沿って反応が進行するモード(topochemical)であるのに対して、還元温度1173K では結晶整合性を優先する様に反応が進行するモード(topotaxial)と、反応モードが大きく変わることが判明しました。
これは、今後の鉄鉱石の還元プロセスの制御指針につながる重要知見です。

今回の成果は 9 月13 日に専門誌Acta Materialia のオンライン版に掲載されました。

【研究グループ】
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構(KEK) 物質構造科学研究所の丹羽尉博 助教、武市泰男 准教授、城戸大貴 助教、木村正雄 教授、日本製鉄(株)・技術開発本部の高山透 主幹研究員、原野貴幸 主査、牛尾昌史 課⾧、藤野和也 主任研究員、村尾玲子 室⾧、飯島孝 主席研究員

【研究者からひとこと】
日本製鉄の高山透 主幹研究員
周囲の皆様の手厚いサポートのおかげで、このような成果を得ることができました。ご協力いただいた皆様には大変感謝申し上げます。今後も製鉄業の技術開発を通じ、豊かな社会の実現に貢献できるように努めてまいります。

KEK の木村正雄 教授
計測手法の⾧所短所を熟知している、材料プロセスの課題の肝を知っている、この両方があったからこそ実現できた成果だと思います。電気をたくさん使って得た成果ですから、少しでも環境負荷低減のプロセス実現に寄与できれば嬉しいです。

【なぜこの研究を始めたのですか】
鉄鋼製造の最初のメインプロセスは、高炉により焼結鉱※1 をCO で還元する反応です。高炉法は高効率・省エネルギーで大量の銑鉄を製造できるために世界中で広く使われていますが、多量のCO2 を排出するため、それに変わるプロセスの研究が盛んに行われています。鉄鉱石を水素で直接還元する方式もその有力候補の一つであり、製造条件の設計には鉄鉱石の水素還元反応に関する情報が必要です。しかし、水素還元に伴う鉄鉱石の組織変化が非常にミクロであるため、内部で進行する還元反応の詳細を非破壊で観察する手法が限られていました。そこで放射光施設PF-AR のNW2A ビームラインで整備を進めていたX 線顕微鏡※2 を用いた研究に着手しました。
※1.Fe2O3 粒子がCa-Fe-O 酸化物で融着した多孔質材料
※2.光や電子では “レンズ”を用いた拡大ができるため比較的簡単に高倍率の顕微鏡観察が可能。それに対してX 線は “レンズ” が無いため顕微鏡観察が困難であった。近年、“レンズ” に相当する光学素子の開発が進み、X 線を用いた様々な顕微鏡が開発されている。非破壊で化学状態(電子状態)を観察できるのが特徴で、反応の観察に広く用いられている。本研究では2017 年にPF-AR に導入したX 線顕微鏡(図2)を活用した。
 
図2 KEK のPF-AR NW2A に設置されているX 線顕微鏡の概略図

【ひらめいたところはどこですか】
Fe2O3 が水素で還元されると化学状態(=鉄の酸化数)がFe3+→Fe2+→Fe0 と大きく変わります。この反応がFe2O3 粒子(塊)内で均一に一瞬で進行するハズもなく、ナノスケールでどのように進行してくかを三次元で直接観察すれば反応メカニズムがわかるのでと思いました。今までよく言われている「鉄イオンが拡散して反応界面層が動く」といった反応モデルの想像を直接確かめるのが目的です。

【努力したところはどこですか】
X 線顕微鏡の能力を最大限発揮するように調整して装置の状態を万全にすることです。高性能の装置ですが、気分屋でもあり、しばしば(しょっちゅう)トラブルが発生して我々を悩ませます。それだけに、きれいな像を計測できた時の感動はひとしおです。もうひとつが「良い試料」を見つけることです。特に本研究では天然鉱物が対象なので、現象を代表する試料の準備はとても重要です。
メカニズムの新知見を得るには、顕微鏡観察から分かった反応の ‘かたち’ の違いから情報を引き出すことが必要です。今回は化学反応の基本となる熱力学計算に着目しメカニズムを推定しました。

【何がわかったのですか】
熱力学計算と合わせた考察の結果、特に還元初期において、還元温度973K では水素ガス濃度勾配に沿った反応(topochemical)であるのに対して、還元温度1173K では結晶整合性を優先する反応(topotaxial)と、反応モードが大きく変わることが判明しました。そのため、973Kでは還元で生成した金属鉄が酸化物粒子を覆ってしまい還元率が70%程度で飽和するのに対して、1173K では界面き裂に沿って水素ガスが粒内に侵入して反応して95%程度まで還元が進行したと考えられます。
つまり、単に、還元反応温度を高く設定する、水素濃度を高くする、といったことだけでなく、ナノスケールでの反応モードがマクロスケールの反応率に大きく影響することがわかりました。このように還元の反応モードを考慮することにより、今後の鉄鉱石の還元プロセスの制御指針につながることが期待できます。X 線顕微鏡による化学状態の三次元可視化はそれに必要な情報を提供する手法として、今後も様々な材料系への展開を進めて行きたいと思います。

【それで世界はどう変わりますか】
鉄鋼材料は社会インフラ(建物、道路、移動体)に不可欠な材料で、高度経済成⾧時に建設された社会インフラの寿命問題が顕在化しつつある現在、これからも最重要な材料のひとつです。水素による還元鉄製造は、鉄鋼製造時に排出されるCO2 量の削減の有力候補の一つであり、本研究成果がその実用化に少しでも役立てばと考えています。

【謝辞】
本研究は、KEK と日本製鉄の共同研究(2022C206)で行われました。X 線顕微鏡の高度化については、学術変革領域研究「データ記述科学」(22H05109)、科研費(19H00834)の支援を受けました。PF での放射光利用実験は、2022C206 および2019S2-002, 2022S2-001 で実施しました。関係者の方々に改めて感謝いたします。

【論文情報】
Nanoscopic reduction mechanism of hematite by hydrogen revealed via X-ray spectromicroscopy
Toru Takayama, Takayuki Harano, Shoji Ushio, Kazuya Fujino, Yasuhiro Niwa, Yasuo Takeichi, Daiki Kido, Reiko Murao, Takashi Iijima, and Masao Kimura*
Acta Materialia, 2025 (*Corresponding author)
https://doi.org/10.1016/j.actamat.2025.121470

【お問い合わせ先】
<研究内容に関すること>
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
物質構造科学研究所 材料科学研究部門 教授 木村 正雄
Tel: 029-864-5200 ext. 5608
e-mail: masao.kimura@kek.jp

日本製鉄(株) 先端技術研究所
解析科学研究部 主幹研究員 高山 透
e-mail: takayama.9fy.toru@jp.nipponsteel.com

<報道担当>
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 広報室
Tel: 029-879-6047
e-mail: press@kek.jp

日本製鉄 コーポレートコミュニケーション部 広報室
https://www.nipponsteel.com/contact/
 

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