【横浜市立大学】重症敗血症の原因に新たな鍵 治療標的となる分子 コクサッキーアデノウイルス受容体を発見
本研究成果は、国際心臓研究学会のオープンアクセス誌「Journal of Molecular and Cellular Cardiology Plus」に掲載されました(2025年11月6日公開)。
研究成果のポイント
- 敗血症性心不全の新規制御分子コクサッキーアデノウイルス受容体(CXADR)を同定。
- CXADR発現による心臓炎症惹起分子MKK3/6-p38およびp65の活性制御を発見。細胞起源に応じたCXADRによるMKK3/6-p38活性経路の二重制御(抑制/促進)。
- 重症敗血症の制御機序解明とCXADR発現の標的操作による新規治療薬開発に貢献。
MKK*2:MAPキナーゼキナーゼ、P:リン酸化
研究背景
敗血症は、感染症等を契機とした全身炎症疾患であり、特に心不全を代表とした臓器障害やショックを合併した場合は、致死的な経過をたどることが知られています。従って、新型コロナウイルス感染症に代表される感染症パンデミックの際に、敗血症は大きな社会問題となります。これまで、全身炎症を抑制する治療法が試みられてきましたが、予後の改善には至らず、未だに根本的治療法が確立されていないのが現状です。このことは、臓器局所炎症の重要性を示唆しています。しかし、その制御機序は十分に解明されていません。
コクサッキーアデノウイルス受容体(CXADR)は、元来ウイルス受容体として発見されましたが、その後の研究により細胞接着分子として作用することが明らかになりました。特に、ストレス時の臓器恒常性や臓器炎症において重要な役割を果たしています。
以上より、「CXADRは敗血症臓器障害の重要な制御分子である」という仮説を立てました。
研究内容
全身あるいは内皮細胞選択的にCXADR遺伝子を欠損させたマウスにエンドトキシンを全身投与し、生体内でのCXADRの役割を検討しました。この結果、CXADRは、エンドトキシンによる不全心臓において発現が亢進し、炎症促進および炎症抑制の二重の役割を果たしていることが示されました。さらに内皮細胞特異的欠損では、全身欠損とは対照的に主な炎症惹起分子であるp38の活性が抑制されました。
本研究により、細胞起源に応じたCXADRによる多様なp38活性制御は、敗血症に伴う局所臓器炎症の新たな制御機序であり、特に血管内皮細胞に発現するCXADRは、心不全やショックを伴った重症敗血症の新たな治療標的分子の候補となることが示されました。
今後の展開
(1) 敗血症は病態異質性が大きい疾患であり、他の敗血症モデルでの検討を行っていきます。
(2) siRNA等核酸医薬の血管内投与により、敗血症臓器障害出現後における血管内皮CXADR発現制御の治療効果を検証します。
以上の結果に基づいて、創薬開発を進めてまいります。
研究費
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業基盤研究(C)(JP19K09401, JP24K12203)、横浜総合医学振興財団わかば事業の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:Coxsackie and adenovirus receptor is a novel regulator of inflammatory response in endotoxin-induced failing heart
著者:松村 怜生、西井 基継、宇宿 春也 他
掲載雑誌:Journal of Molecular and Cellular Cardiology Plus
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jmccpl.2025.100496
用語説明
*1 コクサッキーアデノウイルス受容体(CXADR Coxsackievirus and adenovirus receptor):細胞膜上に存在する接着分子の一種で、細胞同士をつなぐ構造(タイトジャンクション)の形成に関与する。コクサッキーウイルスやアデノウイルスが細胞に侵入する際の“受け口(受容体)”として知られていたが、近年の研究で、CXADRは心筋や血管内皮、免疫細胞などの機能維持にも重要な役割を果たしていることが明らかになっている。
*2 MKK(MAPキナーゼキナーゼ Mitogen-activated protein kinase kinase):細胞内シグナル伝達に関わるp38のリン酸化酵素で、「細胞が増える」「分化する」「ストレスに反応する」などの生命活動を調節するMAPキナーゼ経路の一部を担い、細胞外の刺激を核内の遺伝子発現に伝え、細胞ストレス応答や炎症性サイトカインの産生にも関与する。
