高温超伝導線の交流損失を20分の1に低減
―脱炭素に貢献する電気機器の超伝導化に道筋―
概要
高温超伝導線は、液体水素や液体窒素の温度で電気抵抗がゼロになり非常に高い密度で電流を流せるため、モータなどの電気機器の高効率化・軽量化・コンパクト化に役立ち、脱炭素に貢献します。しかし、交流の磁界の下で使ったときに発生する交流損失と呼ばれる損失が、電気機器へ応用する上で障害となっていました。京都大学、古河電工グループ(古河電気工業株式会社、SuperPower Inc.)の共同研究グループ(研究開発代表者 京都大学 大学院工学研究科 雨宮尚之教授)は、高温超伝導線の薄膜状の超伝導体を細いフィラメントに分割しその上に銅をめっきしたマルチフィラメント薄膜高温超伝導線(図1(b))を、細いコア(芯材)のまわりにスパイラル状に巻くことで(図2)、超伝導体の中に侵入した細い磁束の線(磁束量子線)の移動距離を抑えました。これにより、磁束量子線の移動に伴う摩擦発熱のような交流損失を、標準的な薄膜高温超伝導線に比べて約20分の1に低減することに成功しました。共同研究グループは、この技術を適用した、図3に示すようなSCSCケーブル(ダブルSCケーブル)と名付けた低損失で大電流を高密度で流すことができる導体の開発を進めており、これを用いた高温超伝導電気機器の実用化による脱炭素への貢献が期待されます。
本成果は、2021年11月16日に第27回マグネット技術国際会議(福岡市)において発表されます。
図1:薄膜高温超伝導線
図2:コアのまわりにスパイラル状に巻いた
マルチフィラメント薄膜高温超伝導線
1.背景
しかし、交流の磁界(3)の下で使ったときに発生する交流損失が、高温超伝導線を電気機器へ応用する上で障害となっていました。交流損失は、磁束が細い線(磁束量子線(4))となって超伝導体の中に侵入し移動するときに発生する摩擦発熱のようなものです。図4に示すように、ピン止め力(5)(摩擦力に相当)に逆らいながらローレンツ力(フレミングの左手の法則による力)(6)によって磁束量子線が動くときに発生する損失が交流損失です。交流損失が大きいと、超伝導線の温度が上昇して超伝導状態を保てなくなる可能性があるほか、除熱のために必要な電力が、電気機器の効率を低下させてしまいます。
他方、超伝導線は、線自体に局所的な不良部が存在したときや運転時に外乱が加わったときに超伝導状態が破れにくい「安定性」、超伝導状態が破れても線自体の損傷に至らない「保護性」を備えている必要があります。しかし、交流損失を小さくすることと安定性・保護性の両立は、これまで容易ではありませんでした。
2.研究手法・成果
摩擦発熱の大きさが「摩擦力×物体の移動距離」であるように、交流損失は「ピン止め力×磁束量子線の移動距離」なので、まず、図5に示すように、高温超伝導線の薄膜状の超伝導体を細いフィラメントに分割し、磁束量子線が超伝導体に侵入するときの移動距離を短くし、交流損失が小さくなるようにしました。フィラメントに分割することをマルチフィラメント化、このような線をマルチフィラメント薄膜高温超伝導線と呼びます。しかし、このままでは、多数のフィラメントのうちの1本の短い部分で超伝導状態が破れてしまうと、その部分で電流がブロックされ、最終的には、超伝導線全体の超伝導状態が破れてしまいます(図6(a))。そこで、次に、フィラメントをつなぐように銅をめっきして(図1(b))、超伝導状態が破れたフィラメントから銅を通って他のフィラメントに電流が迂回できるようにし(図6(b))、安定性・保護性を高めました。しかし、このような線では、交流の磁界によりフィラメントの間に銅を通る結合電流という電流が誘導され、磁束の侵入の様子が変わってしまい、磁束量子線の移動距離が長くなってしまいます。そこで、さらに、図2に示すように超伝導線をコアのまわりにスパイラルに巻くことによって、図7のように結合電流の通り道を短くして結合電流を素早く減衰させ、銅をめっきした状態でもマルチフィラメント化による交流損失低減効果を維持できるようにしました。古河電気工業株式会社とSuperPower Inc.が製作したマルチフィラメント薄膜高温超伝導線を、京都大学のアイデアに基づいてらせん状(スパイラル状)に巻き、京都大学が有する交流損失測定技術によって、標準的な薄膜高温超伝導線(7)に比べて交流損失が約20分の1になることを実証しました(図8)。
銅をめっきしたマルチフィラメント薄膜高温超伝導線においては、結合電流のために、数センチメートル以上の長さになるとマルチフィラメント化による交流損失低減効果がなくなることが問題となっていました。長さ数センチメートルの超伝導線では、当然、実用になりません。今回の成果は、長さの制約なく、実際に電気機器に用いられるような長さ数十メートル以上の超伝導線において、安定性・保護性を保ちつつ、交流損失の格段の低減を可能にする点で、大きな意義を持つものです。
3.波及効果、今後の予定
共同研究グループは、この技術を用いて、SCSCケーブル(ダブルSCケーブル)(8)と名付けた低損失で大電流を高密度で流すことができ、安定性と保護性に優れた導体の開発を進めています(図3)。SCSCケーブルを用いることによって、モータなどの電気機器の高効率化・軽量化・コンパクト化が可能になります。
電気機器の高効率化は省エネに直結し、脱炭素に貢献します。また、航空機によるCO2排出を減らす電動化のために軽量で高出力のモータが求められていますが、銅線を用いたモータでは、その要求に応えることは容易ではありません。SCSCケーブルを用いることにより高い密度で交流電流を流せる巻線が実現でき、航空機の電動化を可能にする軽量で高出力の超伝導モータの開発につながります。SCSCケーブルを用いた高効率・コンパクトな発電機やモータを船舶の推進に応用すれば、船舶からのCO2排出を減らすことができます。
これらの航空機や船舶が燃料として液体水素を搭載している場合、液体水素を用いて高温超伝導線を冷却できるので、冷却の必要性という、超伝導の欠点が解消されます。これらの例のほかにも、水素社会において液体水素の貯蔵や運搬が広まれば、SCSCケーブルを用いた電気機器の応用先も広がることが期待されます。
また、再生可能エネルギーのさらなる導入を目指して風力発電の大容量化が求められていますが、そのためには発電機の軽量化が必要です。SCSCケーブルを用いた高い電流密度の交流巻線は風力発電機の軽量化に有効です。核融合装置のマグネットにおいても、時間的に変化する高い磁界のもとで大きな電流を流す導体が必要とされており、ここにもSCSCケーブルの活躍の場はあると考えられます。
共同研究グループでは、今後、長尺のSCSCケーブルを製作できる装置を導入し、SCSCケーブルの実用化とその応用に向けた研究開発を推進していく予定です。
4.研究プロジェクトについて
本成果は、国立研究開発法人 科学技術振興機構からの委託による以下の研究プロジェクトによるものです。
未来社会創造事業【低炭素社会領域】
研究開発課題 低交流損失と高ロバスト性を両立させる高温超伝導技術
研究開発代表者 京都大学・教授 雨宮 尚之
<参考図表>
図7 スパイラルに巻くことによる結合電流の通り道の短縮
<用語解説>
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(1) 超伝導:低温で電気抵抗がゼロになる現象です。「超電導」と書く場合もあります。超伝導になる温度が絶対温度25 K以上の物質を高温超伝導体、それ未満のものを低温超伝導体と呼びます。
(2) 絶対温度:○○ Kは絶対温度です。0 Kは摂氏マイナス273度に、273 Kは摂氏0度に等しい温度です。
(3) 磁界・磁束密度・磁束:磁界、磁束密度は厳密な定義は異なりますが、単純化して言えば、磁気の強さのことです。一方、磁束は磁気の量のことです。磁気の強さが同じでも、磁気が通っている部分の面積が大きくなると、磁気の量は多くなります。これが、「磁気の強さ」と「磁気の量」の違いです。
(4) 磁束量子線:実用的な超伝導体である第二種超伝導体と呼ばれる超伝導体に磁界が加わると、磁束が細い線のようになって侵入します。この線状になった磁束のことを磁束量子線と呼びます。
(5) ピン止め力:超伝導体の中の格子欠陥などに、磁束量子線は「引っかかって」引き留められます。この引き留める力(ピン止めする力)をピン止め力と呼びます。電流や磁界が変化していないときは、ピン止め力とローレンツ力が釣り合って、磁束量子線は静止しています。このとき、超伝導体の内部では損失は発生しません。電流や磁界が変化すると、ローレンツ力によって磁束量子線が押されピン止め力に逆らいながら移動します。このときになされる仕事が交流損失です。
(6) ローレンツ力(フレミングの左手の法則の力):電流と磁束の間に働く力です。超伝導体に流れる電流と磁束量子線の間にはローレンツ力が働きます。(3) 磁界・磁束密度・磁束:磁界、磁束密度は厳密な定義は異なりますが、単純化して言えば、磁気の強さのことです。一方、磁束は磁気の量のことです。磁気の強さが同じでも、磁気が通っている部分の面積が大きくなると、磁気の量は多くなります。これが、「磁気の強さ」と「磁気の量」の違いです。
(4) 磁束量子線:実用的な超伝導体である第二種超伝導体と呼ばれる超伝導体に磁界が加わると、磁束が細い線のようになって侵入します。この線状になった磁束のことを磁束量子線と呼びます。
(5) ピン止め力:超伝導体の中の格子欠陥などに、磁束量子線は「引っかかって」引き留められます。この引き留める力(ピン止めする力)をピン止め力と呼びます。電流や磁界が変化していないときは、ピン止め力とローレンツ力が釣り合って、磁束量子線は静止しています。このとき、超伝導体の内部では損失は発生しません。電流や磁界が変化すると、ローレンツ力によって磁束量子線が押されピン止め力に逆らいながら移動します。このときになされる仕事が交流損失です。
(7) 標準的な高温超伝導線:現在、市販されている標準的な薄膜高温超伝導線は、幅が4 mmのテープ形状のものです。ここでは、このようなテープ形状の超伝導線に垂直な交流磁界が加わったときの交流損失と、スパイラルに巻いた銅をめっきしたマルチフィラメント薄膜高温超伝導線の交流損失を比較しました。
(8) SCSCケーブル:共同研究グループが開発している、低損失で大電流を高密度で流すことができ、安定性と保護性に優れた導体の名前です。英語のSpiral Copper-plated Striated Coated-conductor cable(スパイラル―銅めっき―条痕付き―薄膜超伝導線―ケーブル)の単語の頭文字をとって名付けました。