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北里大学大学院理学研究科の長谷川真士講師、長谷川智香大学院生(修士課程2年)、真崎康博教授と、京都府立大学大学院生命環境科学研究科の長屋勇輝大学院生(修士課程2年)、椿一典教授の研究グループは、複数の発光色素骨格をねじりながら環状につなげた3種類のキラル分子【注1】を設計し、高輝度の円偏光発光【注2】(Circularly Polarized Luminescence: CPL)を示す色素を開発しました【図1】。
新しく合成したこの3種類の分子は、いずれも高い発光効率と優れたCPL特性を持つため、通常の有機蛍光色素では成し得ない高いCPL輝度【注3】を示します。通常、発光効率とCPLの効率(左右の円偏光の純度)はトレードオフの関係にありますが、今回、発光する分子構造を環状のキラル骨格に埋め込む手法を発明し、これを克服できることを実証しました。今回の発見により、CPLを示す蛍光色素材料を用いた円偏光有機EL材料【注4】の開発が進展し、円偏光を利用した三次元表示ディスプレイ【注5】の開発へつながります。本研究成果は、2022年9月28日に欧州化学誌「Chemistry - A European Journal」電子版に掲載され、Hot PaperならびにFront Cover(表紙)に採用されました。
■研究成果のポイント
・よく光る分子構造をねじりながら環状につなげた新しい分子設計を提案。
・これにより通常の有機CPL色素では成し得ないCPL輝度を達成。
・このCPL発光色素を利用した円偏光有機EL材料の開発が前進。
■背景
右または左のどちらかに回転方向が偏った円偏光を利用した発光材料は、三次元表示ディスプレイに向けた円偏光有機EL材料やセキュリティー関連で使用される潜像インクなどへの応用が期待されています。円偏光を光源として利用するには通常、偏光子によって生成した直線偏光にフィルターを通じて取り出します。一方で、キラルな分子構造を持つ有機蛍光色素が直接円偏光を発光し、この現象は円偏光発光(CPL)として知られております。CPLは発光がすでに円偏光であるため、フィルターを必要としない新しい光学デバイスの設計が可能となります。
優れたCPLを示す分子の開発にあたっては、(1)高い円偏光度を達成することと、(2)十分な輝度をもつことが必要ですが、CPLは分子の励起状態に起因する現象であり、理論的な予測が非常に困難な状況にあります。そのため、(1)、(2)の双方を満たす発光材料に向けた分子設計の指針は未解明なままでした。
■研究成果
本研究では、よく光る「ナフタレン-フェニレン-ナフタレン」ユニット(以下NPN)をねじりながら環状につなげた分子を3種類(鏡像関係にあるR体とS体で合計6分子)合成しました【図1および2】。NPNはキラリティーをもたないため、円偏光を示しませんが、これを「ねじれ」を生むユニットである軸不斉ビナフチルと繋ぎ合わせることで、キラルな構造となり円偏光を示すようになります。また、両サイドからアルキル基で固定することで、ナフタレンの熱振動を制限し、特性の向上を目指しました。
これらの分子は有機溶媒中で強い蛍光発光を示します(蛍光量子収率f = 0.60-0.79)。加えて、構造に由来した顕著なCPL特性を示すことがわかりました。通常、CPLにおける円偏光度をg値【注6】で表しますが、開発した分子はg = 3.9-5.3 x 10-3で、通常の有機化合物よりも高い値を示します。一般に、発光効率(量子収率)と円偏光度はトレードオフの関係にあり両立は困難ですが、本研究ではNPNを「キラルに」かつ「環状に」組み込むことで高いg値をキープしつつ発光効率を高めることに成功しました。また、本研究で開発した分子は高い吸光度をもち、光をよく吸収する特徴があります。したがって、光源としての明るさの指標である輝度が高く、円偏光度を加味したCPL輝度も通常の有機化合物よりはるかに高い値を達成することができました(BCPL > 100)。
■今後の展望
本研究は、高い発光効率を実現しつつ高い円偏光発光を追求するための新しい分子設計を提示し、それを実証したもので、有機化合物の励起状態における物質と光の相互作用に関する学理の解明につながるのみならず、CPLを示す蛍光色素の合理的な分子設計指針の確立に貢献します。今後、円偏光有機EL材料に向けた有望な発光分子の開発と、それに続く円偏光を利用した三次元表示ディスプレイの開発が大きく前進すること思われます。
■論文情報
・掲載紙:Chemistry - A European Journal(Hot Paper、Front Cover(表紙)に採用)
・論文名:Multiply Twisted Chiral Macrocycles Clamped by Tethered Binaphthyls Exhibiting High Circularly Polarized Luminescence Brightness
(高い円偏光発光輝度を示す多重ねじれキラル大環状ビナフチル)
・著者名:長谷川真士(北里大学大学院理学研究科講師、責任著者)、長谷川智香(北里大学大学院理学研究科修士課程2年)、長屋勇輝(京都府立大学大学院生命環境科学研究科修士課程2年)、椿一典(京都府立大学大学院生命環境科学研究科教授)、真崎康博(北里大学大学院理学研究科教授)
・DOI:10.1002/chem.202202218(論文)
■用語解説
【注1】キラル分子(Chiral Compounds)
右手と左手のように鏡像関係にあって、実像と鏡像が重ね合わせることができない状態を「キラル」、その性質を「キラリティー」といい、キラリティーをもつ分子を「キラル分子」という。
【注2】円偏光発光(Circularly Polarized Luminescence: CPL)
光(自然光)は、右回転と左回転の偏光を等しく(50:50)含んだ光で構成されている。このうち、どちらか一方に回転方向が偏った光を「円偏光」といい、発光現象がどちらかの円偏光に偏りがある場合を円偏光発光という。
【注3】CPL輝度(CPL Brightness)
光源の明るさを表す物理量を輝度といい、これに、円偏光の純度を加味したものをCPL輝度という。具体的には、発光体のモル吸光係数、量子収率および、g値(注6参照)を掛け合わせたものを2で割ったもの。Brightnessの頭文字をとり、BCPLと表現される。通常のキラル有機化合物では概ねBCPL < 100程度である。
【注4】円偏光有機EL材料
有機ELテレビなどに代表される有機EL材料と同じ原理で駆動する円偏光発光装置のこと。有機ELにおける発光層をCPLを示す発光材料に置き換えることで達成される。
【注5】三次元表示ディスプレイ(3D Display)
内視鏡手術など三次元表示が欠かせない場面において使用されるディスプレイで、立体視しつつ作業を行う場合に威力を発揮する。偏光フィルターにて液晶ディスプレイからの光を円偏光に変換し、偏光メガネを用いて左右の眼に入る光に視差を生み出すことで三次元構造を再現する。表示素子の進化に併せてより高解像度、より高い立体再現度を持つディスプレイの開発が求められる。
【注6】g値(g-factor)
円偏光発光(CPL)や円二色性スペクトル(CD)などにおいて円偏光の純度を評価するための指標。左回りの円偏光の強度(IL)と右回りの円偏光(IR)の強度を以下の式で規格化したもの。
g=2(IL-IR)/(IL+IR)
■問い合わせ先 ※メールアドレスは _at_を@に変換してください。
【研究に関すること】
・北里大学理学部 講師 長谷川真士(研究総括、CPL測定総括)
e-mai: masasi.h_at_kitasato-u.ac.jp
・京都府立大学大学院生命環境科学研究科 教授 椿一典(蛍光測定総括)
e-mail: tsubaki_at_kpu.ac.jp
【報道に関すること】
・学校法人北里研究所 総務部広報課
TEL: 03-5791-6422
e-mail: kohoh_at_kitasato-u.ac.jp
・京都府立大学 広報委員会事務局
TEL: 075-703-5212
e-mail: kikaku_at_kpu.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/