ブルー・ボンドとオレンジ・ボンド ‐ 債券におけるインパクト投資の最前線
このような発展は、インパクト投資を実施したい投資家の投資可能ユニバース拡大に繋がっているほか、サステナビリティ関連データの測定・分析をより容易にすることに繋がっていると考えられ、インパクト投資戦略の透明性や運用上の堅確性を高めると考えられます。
インパクト・マネジャー
ブルーオーチャード
インパクト投資の選択肢を広げるラベル付き債券
国際資本市場協会(ICMA)は、資本市場におけるベストプラクティスとグローバル・スタンダードの構築を促進しており、サステナビリティ・ラベル付き債券市場では、発行体がグリーン・ボンド、ソーシャル・ボンド、サステナビリティ・ボンドを発行する際に準拠すべきガイドラインや原則を提供しています。ICMAの取組みは、市場の透明性と信頼性の向上に寄与していると考えられ、インパクト投資を実施する上で重要となる「投資に明確な社会・環境問題解決の意図がある(Intentionality)」、「インパクトが測定可能である(Measurability)」、「追加的投資がなければ実現しなかったプラスの成果がある(Additionality)」という文脈の上でも重要な役割を果たしています。
ラベル付き債券は、調達資金の用途が明示的に定義されています。これは、インパクト投資家が、デューデリジェンス実施時に自身のインパクト投資目的に合致するか否かを確認する上で有益な情報と言えます。ラベル付き債券が有するこのようなリングフェンシング(企業の資産や利益の一部を分離すること)要素により、投資家は企業や国が実施する特定のプロジェクトに対して投資することも可能となっています。
加えて、これらの債券は、発行時にあらかじめ定義されたインパクトKPIを開示するため、インパクト投資の特性と整合性が取れています。発行後1年が経過すると、インパクト・レポートとアロケーション・レポートが開示され、KPIに基づき実際のインパクト・パフォーマンスが開示されます。これらの情報により、インパクト投資の測定可能性の要素が満たされ、実現したインパクトを投資家が評価し、SDGsへの貢献度合いを定量的に計算することが可能となります。
追加的付加価値創出に関しては、発行体に対するエンゲージメント活動、あるいは十分なサービスを受けられていない低所得層が恩恵を受ける投資を選択することで実現が可能です。
「ソーシャル」のラベル付き債券は、基準の一部として調達資金の受益者が誰であるかを明確に定めています。例えば、アフォーダブル・ハウジング(安価な住宅施設提供)、エッセンシャル・サービスのサポート、十分なサービスを受けられていない低所得層向けを対象としている等が挙げられます。同時に、発行体へのエンゲージメントを通じてサステナビリティのベストプラクティスを準拠していることを確認し、それらを公表することをサポートすることで、サステナビリティ・リスクの低減が期待できます。
インパクト投資における新たな動き
ICMAが原則やガイダンスを公表している従来のグリーン・ボンド、ソーシャル・ボンド、サステナビリティ・ボンド、サステナビリティ・リンク債に加え、新たな種別が誕生しており、投資家に対して新しい選択肢を提供し始めています。以下では、直近の動きをご紹介します。
ブルー・ボンド
ブルー・ボンドは、ラベル付き債券の仲間に新たに加わった種別であり、調達資金を海洋資源、淡水資源といった水資源関連する持続可能なプロジェクトに対して振り向けることを目的としています。これらの債券は、気候変動に直面する水資源の保護という喫緊の課題に取り組む上で極めて重要な役割を果たしています。世界の水資源の健全性、生産性、そして回復力の維持は、持続可能な開発にとって不可欠であり、特に気候変動、乱獲、汚染がもたらす課題を考慮する必要があります。
水資源の持続可能な開発目標は重要であるにも関わらず、そのような取組みに対する資金配分は引き続き不十分と言えます。東アフリカ沖のインド洋にあるセーシェル共和国が、2018年に世界初のブルー・ボンドの発行を実施し、その後民間企業や国による発行が続きました。
しかしながら、2018年から22年の間に発行されたブルー・ボンドはわずか26銘柄しか存在せず、発展は限定的となっています。原因の1つに挙げられるのは、グローバル・スタンダードが存在しないことがあり、今後の標準化が待たれていた状況でした。
そのような中、世界銀行グループの国際金融公社(IFC)が、ブルー・ボンド市場の発展において重要なプレーヤーとして登場し、標準化と信頼性の確保に寄与しています。IFCは2023年9月に、ICMA、国連グローバル・コンパクト、国連環境計画金融イニシアチブ(UNEP FI)、アジア開発銀行と協働し、ブルー・エコノミーのための新しいガイダンスを公表しました。IFCはさらに、新興国の企業が発行するブルー・ボンドに投資をするファンドを設立し、同時にブルー・ボンド発行の質と量の改善を目的として技術支援ファシリティの運営を開始しました。
こうした動きの結果、2024年以降、ブルー・ボンドの発行が増加することが予想されます。市場の標準化や、海洋酸性化、気温上昇といった問題に対処するための持続可能性ソリューションへのニーズの高まりといった要因が、この成長のカタリストとして作用すると期待されます。
オレンジ・ボンド
市場におけるもう1つの新たな動きは、オレンジ・ボンドの登場です。インパクト・インベストメント・エクスチェンジ(IIX)は女性活躍支援の一環として、世界初のオレンジ・ボンドを発行しました。オレンジ・ボンドは、2022年10月にIIXにより発表された「オレンジボンド原則™」に概説されている原則を遵守するジェンダーに焦点を当てた債券です。当原則はオレンジ・ボンドの促進に関わる発行体、投資家、アレンジャー、認定検証機関を支援するためのガイドラインを示しています。
オレンジ・ボンドとして認定されるためには、以下の原則に準拠することが求められます。
1. Gender-Positive Capital Allocation
LGBTQI+のコミュニティや、ジェンダー関連の差別に直面している女性、女児、ジェンダー・マイノリティ等が恩恵を受ける製品・サービスの開発、または資金提供に資する
2. Gender-Lens Capacity & Diversity in Leadership
発行体は、社内意思決定プロセスにジェンダーの視点を取り入れていることを証明し、ダイバーシティ&インクルージョンへのコミットメントを示す
3. Transparency in the Investment Process & Reporting
発行体は、ジェンダー変革のインパクト創出が適切に測定・管理・拡大されるよう、データ主導に基づくボトムアップでの検証可能なアプローチを取る
現状では、発行体側が、調達資金を用いてオレンジ・ボンドの原則に基づくジェンダーに特化した債券発行を選好するか、あるいは、ジェンダー・ポジティブなプロジェクトへの資金提供を含むソーシャル・ボンドの原則に基づく発行を選好するかは、はっきりとした傾向が出ていません。今後発行体がどちらを選択するかは、発行体の具体的な目的や選好、フレームワークの複雑さや付加価値によって決定されていくと予想します。
グリーン&サステナビリティ・リンク債
2023年、既存のICMAのスタンダードを融合し、「グリーン&サステナビリティ・リンク債(G&SLBs)」と「サステナブル・サステナビリティ・リンク債(S&SLBs)」という新しい債券種別が誕生しました。これらは、資金調達の用途がリングフェンシングされ明確に定義されていることに加え、サステナビリティ・リンク債の特徴である発行体に対するサステナビリティ目標達成度合いに応じてクーポンの支払いが変動するインセンティブが付与されている点が特徴です。
具体的な発行事例として挙げられるのは、2023年にチリのCMPC社が発行した米ドル建てグリーン&サステナビリティ・リンク債(G&SLB)です。同銘柄は、チリの大手紙パルプメーカーであるCMPCが、調達資金を同国の天然資源と土地利用の持続可能な活用に用いるために発行された債券であり、温室効果ガス排出量と工業用水の利用を、主要KPIとして設定しています。
別の事例として挙げられるのは、ブラジルのAEGEA社が同年発行した米ドル建てサステナブル・サステナビリティ・リンク債(S&SLB)です。同銘柄は、ブラジルの大手公益会社である同社が、エネルギー効率化のKPIと同時に、社内のシニア・マネジメントにおける女性登用および黒人登用の積極化をあわせてKPIとして定めている点が特徴的となっています。
上記でご紹介したこのような債券は、インパクト投資を選好する債券投資家ににとってユニークな提案であり、資金使途が明確に定義されている点と、持続可能性に連動したインパクト目標をモニタリングし、インセンティブを与える能力を兼ね備えていると言えます。
選択肢が広がるガイダンスの誕生
今日に至るまで、サステナビリティ債券の発展のほとんどが「調達資金をどのように用いるか」に焦点が当てられていました。一方、2023年には、ラベル付き債券でない銘柄のインパクト関連のディスクロージャーを発展させることを目指したタスクフォース(インパクト・ディスクロージャー・タスクフォース)が発足しています。このタスクフォースは公的・民間金融機関、資本市場参加者、その他金融市場のステークホルダーを集めたものであり、インパクト測定とモニタリング原則強化を目指した自発的なガイダンス(サステナブル・ディベロップメント・インパクト・ディスクロージャー・ガイダンス)を提供しています。
このガイダンスでは、 「投資に明確な社会・環境問題解決の意図がある(Intentionality)」の重要性が強調されており、発行体が達成を目指すプラスのインパクトが何かを明示し、その達成に向けた適切な事業戦略を策定することの重要性が示されています。同時に、ベースラインを超える野心的な目標設定と、過去データに基づき、進展が求められる分野への優先的な対応を実施することを発行体に奨励しています。
このガイダンスは、 発行体が抱えるサステナビリティ関連リスク、機会、依存性、インパクトを開示するための基準を提供している国際持続可能性基準委員会(ISSB)の取り組みを補完するものと言えます。
サステナブル・ディベロップメント・インパクト・ディスクロージャー・ガイダンスに則った債券発行は、通常の債券とサステナビリティ・リンク債の間に位置するようなハイブリッドな銘柄の発行を意味します。これらの発行は、資金使途の指定はないものの、より包括的で野心的なインパクト目標の設定と開示を意図して、サステナビリティ目標を設定することに繋がると期待できます。重要なインパクト目標およびKPIの開示強化が発行体側からなされることにより、投資家は投資可能ユニバースの拡大と、インパクト創出に関するより深い理解を得ることができるようになるでしょう。
現状の課題
上記でご説明した新たな基準やフレームワークの誕生に関連して発生する重要な考慮事項の1つとしては、発行体に求められる情報開示の増加とともに、ICMAが現在運営している既存のグリーンボンド、ソーシャルボンド、サステナビリティボンド、サステナビリティ・リンク債のフレームワークに加えて、発行体が更に複雑な対応が求められる可能性がある点です。
一例としては、2024年に誕生した欧州連合(EU)グリーンボンド基準が挙げられます。この新基準は、グリーンボンド市場の透明性、比較可能性、信頼性を向上させることを目指しており、債券市場をEUタクソノミーと平仄を合わせようとしています。しかし、このような基準の厳格化は、発行コストの上昇および発行体の関心低下を助長させ、「グリーニウム(ラベル付き債券であることによる追加的なプレミアム発生)」を復活させる可能性があります。発行体の目線では、このようなプレミアムの発生に伴う投資家需要の拡大が発行体の支払利息の抑制効果に繋がったとしても、それが複雑な債券発行をしてでも取るべき手段かどうかは未知数と言えます。また、投資家の目線では、EUタクソノミーに沿った債券を、わざわざ高い価格で購入することに同意できるのでしょうか。この点もまだ市場のコンセンサスは出ていないと言えます。
ラベル付き債券が投資家に受け入れられるためには、可能な限りの明確性、信頼性、標準性が求められます。その点で、サステナビリティ・リンク債は、資金使途が明確に定義されない種別であり、サステナビリティ目標とその達成に向けた金銭的インセンティブが備わっている点は特徴的と言えますが、発行体が設定するサステナビリティ目標が野心的でないと見なされ、投資家の反発に直面するケースもあります。実際に2023年のサステナビリティ・リンク債の世界における発行額は、2022年対比で14%減少しました。現状では、サステナビリティ・リンク債のアプローチを取ると、サステナビリティ目標の達成が発行体にとって重要でないと受け取られる場合もあり、投資家にあまり受け入れられていないのかもしれません。
どのような金融商品であれ、インパクト投資家は、企業や国が作成するサステナブル・ファイナンスの枠組みや報告書に対して厳しい目を向け続ける必要があります。インパクト投資を実施する運用マネジャーは、発行体に働きかけ、強い付加価値創出と明確なインパクト測定を伴うインパクトのあるプロジェクトの遂行を要求することで、他社との差別化を図り、持続可能な開発目標に貢献することができると考えます。
まとめ
債券市場におけるサステナビリティ、インパクトの発展は、力強い成長と新たな革新的手法の出現を経験しています。全体として、市場の継続的な進化は、投資家がサステナビリティの課題に取り組み、持続可能な開発目標のための資金ギャップを埋めることに貢献する有望な機会を提示しています。
市場におけるこうした新しい手法の信頼性と有効性を確保し、恩恵をもたらすためには、市場基準の強化に向けた継続的な取り組みが極めて重要な役割を果たすでしょう。こうした新たな動きは、投資家にとって投資可能なユニバースを拡大する上で大きな役割を果たします。インパクトに焦点を当てた債券市場の規模と信頼性が高まるにつれ、インパクト投資戦略の幅が広がり、競争力を高めるだけでなく、規模拡大に繋がると考えます。
【本資料に関するご留意事項】
- 本資料は、情報提供を目的として、シュローダー・インベストメント・マネージメント・リミテッド(以下、「作成者」といいます。)が作成した資料を、シュローダー・インベストメント・マネジメント株式会社(以下「弊社」といいます。)が和訳および編集したものであり、いかなる有価証券の売買の申し込み、その他勧誘を目的とするものではありません。英語原文と本資料の内容に相違がある場合には、原文が優先します。
- 本資料に示されている運用実績、データ等は過去のものであり、将来の投資成果等を示唆あるいは保証するものではありません。投資資産および投資によりもたらされる収益の価値は上方にも下方にも変動し、投資元本を毀損する場合があります。また外貨建て資産の場合は、為替レートの変動により投資価値が変動します。
- 本資料は、作成時点において弊社が信頼できると判断した情報に基づいて作成されておりますが、弊社はその内容の正確性あるいは完全性について、これを保証するものではありません。
- 本資料中に記載されたシュローダーの見解は、策定時点で知りうる範囲内の妥当な前提に基づく所見や展望を示すものであり、将来の動向や予測の実現を保証するものではありません。市場環境やその他の状況等によって将来予告なく変更する場合があります。
- 本資料中に個別銘柄についての言及がある場合は例示を目的とするものであり、当該個別銘柄等の購入、売却などいかなる投資推奨を目的とするものではありません。また当該銘柄の株価の上昇または下落等を示唆するものでもありません。
- 本資料に記載された予測値は、様々な仮定を元にした統計モデルにより導出された結果です。予測値は将来の経済や市場の要因に関する高い不確実性により変動し、将来の投資成果に影響を与える可能性があります。これらの予測値は、本資料使用時点における情報提供を目的とするものです。今後、経済や市場の状況が変化するのに伴い、予測値の前提となっている仮定が変わり、その結果予測値が大きく変動する場合があります。シュローダーは予測値、前提となる仮定、経済および市場状況の変化、予測モデルその他に関する変更や更新について情報提供を行う義務を有しません。
- 本資料中に含まれる第三者機関提供のデータは、データ提供者の同意なく再製、抽出、あるいは使用することが禁じられている場合があります。第三者機関提供データはいかなる保証も提供いたしません。第三者提供データに関して、本資料の作成者あるいは提供者はいかなる責任を負うものではありません。
- シュローダー/Schroders とは、シュローダー plcおよびシュローダー・グループに属する同社の子会社および関連会社等を意味します。
- 本資料を弊社の許諾なく複製、転用、配布することを禁じます。