窒素原子置換によるわずかな差で空間と水素・電子輸送物性を精密コントロール
―高いプロトン伝導性と化学的安定性を併せ持つジアザピレンCOFの合成に成功―
京都大学大学院工学研究科分子工学専攻 Li Zhuowei氏(博士課程3年)・常行 恭弘氏(修士課程2年・当時)・Paitandi Rajendra氏(日本学術振興会研究員)・筒井 祐介助教・田中 隆行准教授・鈴木 克明助教・梶 弘典教授・Samrat Ghosh氏(日本学術振興会研究員)・関 修平教授らのグループは、名古屋大学大学院工学研究科有機・高分子化学専攻 仲里 巧氏(修士課程2年・当時)・小田原 正浩(修士課程2年・当時)・三宅 由寛准教授(現兵庫県立大学教授)・忍久保 洋教授、および横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科 高木 牧人特任助教・島崎 智実准教授・立川 仁典教授と共同で、高いプロトン伝導性と高い化学的安定性を両立する高結晶性の共有結合性有機構造体(COF)の形成に成功しました。
二次元に拡がったCOFは、その平面内の電子共役に加えて、結晶性固体になる際の平面の重なり方によっても物性が大きく異なります。COFの特徴として、用いる分子ユニットの選択で平面内電子共役を制御することが可能ですが、一方でその重なり方の緻密な制御は困難でした。従来用いられていたピレン骨格は、COFに必要な高い結晶性を与えるユニットとして知られていました。しかし、このユニットに由来する骨格のねじれが、積層構造の制御とそれに由来するさまざまな物性の精密制御の足かせとなっていました。
本研究では、ピレンユニットの2つの炭素原子を窒素原子で置換したジアザピレンに変えることで、C-H結合の有無というわずかな差だけで二次元平面性と三次元積層距離が異なることを発見しました。また、ジアザピレンCOFが極めて高いプロトン伝導特性を示すことを明らかにしました。本研究成果は、米国の国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」に2024年8月8日(現地時間)に掲載されました。
1.背景
近年、共有結合性有機構造体(COF)1の合成が盛んに行われ、その周期的な細孔構造を利用したガス吸着や触媒への利用が活発に研究されています。その中心骨格にπ電子系化合物2を用いることで二次元平面内に電子共役を発達させたCOFは伝導性COFとして知られ、狭いバンドギャップ3を有する半導体材料や光触媒などへの応用が可能になります。このような材料の伝導特性を向上させるには、二次元平面内の電子共役のみならず、平面と平面の積層方向への電子共役が重要です。つまり、高い伝導特性の発現には二次元平面の積み重なり方を制御することが求められますが、それは容易ではありません。また、規則正しく積み重なることも重要であることから、COFの結晶性も重要な要素と言えます。
さまざまな伝導性COFが報告されている中で、ピレン4を骨格に用いたCOFは高い結晶性を持つことから有望な材料です。ピレンはベンゼン環が4つ縮合した化合物で、高い平面性を有しています。しかし、いかにピレン自体が平面的であっても、COFを作る際に結合させる4箇所のベンゼン環やリンカーと呼ばれる分子は単結合まわりで自由回転します。リンカー分子は適宜構造を変えることで電子共役の調整が可能ですが、つなぎ目部分のベンゼン環は変更できず、結晶性固体となる過程で傾いてしまうことが電子共役を妨げる要因となっていました。
2.研究手法・成果
本研究グループは、ピレンを構成する炭素原子のうち2箇所が窒素で置き換わった2,7-ジアザピレン5骨格を用いたCOFを考案し、種々のリンカー分子と結合させて4種類のCOF(Aza-1P、Aza-1PF、Aza-TT、Aza-Py)を合成しました(図2)。この時、リンカー分子としてはC2リンカーと呼ばれる2方向で結合する直線型リンカーまたはC4リンカーと呼ばれる4方向で結合するリンカーを採用しました。いずれの場合も四角形の周期細孔構造をもつことからテトラゴナル型と呼ばれるCOFが得られました。粉末X線構造解析により高い結晶性を有することがわかり、slipped AA stack6という伝導に有利な積層構造を有していることが示されました。またAza-1Pの平面間距離は対応するピレンCOFよりも約0.1Å短いことがわかりました。これは、ジアザピレンにおいて窒素原子周辺の立体障害が小さく、となりのベンゼン環が平面的に傾いた結果、COF全体がより平面的な構造になって積層したためと考えられます。
得られたCOFの電子物性については、紫外可視吸収スペクトル測定と理論計算から2.1〜2.4 eV程度のバンドギャップがあると見積もられました。また、時間分解マイクロ波伝導度測定7では、トリフルオロ酢酸を加えてジアザピレンの窒素上をプロトン化することでマイクロ波伝導度が数倍高まることが示唆されました。これらの結果を受け、電気化学インピーダンススペクトル測定8によりプロトン伝導度を測定したところ、Aza-TTにおいて3.4 × 10–2 S cm–1(368 K)という高いプロトン伝導度を示しました。ジアザピレンCOFはそれ自体が伝導するプロトンを有していませんが、ジアザピレンの窒素サイトがプロトンを捕まえることができるため、湿潤環境で水分子のネットワーク形成により流動性の高いプロトンを保持し、輸送を効率的に行うことができます。
3.波及効果、今後の予定
本研究では、ジアザピレンというごく最近開発された新規機能性分子骨格をCOFに用いることで、精密に機能化されたCOFが物性に与えるインパクトを明示しました。特に、ベンゼン環の二面角を小さくし、平面性と結晶性を高めたCOFが伝導に有利であることは一般性の高い知見であり、分子設計の重要性を示しています。また、ジアザピレンの窒素上においてプロトンをトラップすることでプロトン伝導特性を高められることがわかり、COFを用いた低温プロトン伝導やプロトン輸送スイッチへの応用の可能性が拓けました。今後は、機能性分子の選択と伝導条件の精査によって、COFのもつ可能性をさらに引き出していきたいと考えています。
4.研究プロジェクトについて
本研究は以下の支援を受けて行われました。
・日本学術振興会 科学研究費補助金(22H00314, 20H05867, 20H05862, 20H05837, 20H05840, 18J23477)
・日本学術振興会 海外研究員奨励費(22F32045)
・科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST「Giant CISS物質:界面陽電子・電子の全運動量制御」(JPMJCR23O3)
・文部科学省 学術変革領域研究(A)「高密度共役の科学」(21H05480)
・“Program for Promoting Researches on the Supercomputer Fugaku”(JPMXP1020230318)
・Research Center for Computational Science, Okazaki, Japan.
<用語解説>
1. COF:Covalent Organic Framework(共有結合性有機構造体)。多くの場合、炭素―窒素やホウ素―酸素などの可逆的結合形成反応を数箇所並行して行うことで、構造欠陥を修復しながら周期的細孔構造を得る合成法が用いられる。
2. π電子系化合物:単結合と二重結合などの多重結合を交互に有する分子。電子が1つの原子に局在せずに化合物内で共役されている。光の吸収や電子の授受などの性質がその構造に依存する。
3. バンドギャップ:電子が詰まっているバンド(価電子帯)の上端と電子が詰まっていない空バンド(伝導帯)の下端のエネルギー差。
4. ピレン:組成式C16H10で表される多環芳香族炭化水素。外周部の炭素の位置番号が定義されており、1,3,6,8位と呼ばれる場所は反応に用いやすく、フェニル基(ベンゼン環)を付けてCOF合成のユニットとして利用される。
5. ジアザピレン:ピレンの炭素原子のうち2箇所が窒素原子によって置換されたもの。本研究では2位と7位の炭素が窒素に置換され、炭素上にあった水素原子(C-H)がなくなっているために1,3,6,8位のフェニル基の二面角が小さくなっている。
6. Slipped AA stack:COFの水平方向の座標がわずかに滑りながらコアとコア、リンカーとリンカーが相互作用することで三次元化する積層様式。
7. 時間分解マイクロ波伝導度測定:サンプルを設置した共振器へのマイクロ波の照射により非破壊・非接触で速やかに材料の電気伝導度を評価する測定手法。
8. 電気化学インピーダンススペクトル測定:サンプルに交流信号(電圧もしくは電流)を印加し、電圧と電流を同時に測定することによって得られた信号の比(電流/電圧)からインピーダンス(交流回路における電流の流れにくさを示す値)を求める測定法。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Ultrafine Spatial Modulation of Diazapyrene-Based Two-Dimensional Conjugated Covalent Organic Frameworks(ジアザピレンを基盤とした二次元共役共有結合性有機構造体における超微細空間変調)
著 者:Zhuowei Li, Takahiro Tsuneyuki, Rajendra Prasad Paitandi, Takumi Nakazato, Masahiro Odawara, Yusuke Tsutsui, Takayuki Tanaka, Yoshihiro Miyake, Hiroshi Shinokubo, Makito Takagi, Tomomi Shimazaki, Masanori Tachikawa, Katsuaki Suzuki, Hironori Kaji, Samrat Ghosh, and Shu Seki
掲 載 誌:Journal of the American Chemical Society
DOI:https://doi.org/10.1021/jacs.4c07091