摂南大学(学長:久保康之)生命科学科分子生態学研究室の見坂武彦教授と大阪大谷大学の谷佳津治教授(研究当時)の研究グループは、細菌に感染するウイルス(ファージ)が、宿主となる細菌に新たな変異を誘発する仕組みを発見しました。
ファージは「頭部」と呼ばれるたんぱく質殻の中に遺伝物質(核酸)を収納し、その核酸を細菌の細胞に注入して感染させます。しかし今回、核酸を持たないファージのたんぱく質殻「ファージゴースト」が細菌表面に吸着するだけで、短時間のうちにファージに有利となる細菌の変異を誘発することを確認しました。ファージが自身の増殖を促す「生存戦略」として、また自然環境下で細菌の変異株が生じる要因として、この仕組みが機能している可能性が示されました。
本研究成果は、 2025年10月10日に国際学術雑誌「Frontiers in Microbiology」に掲載されました。
URL:
https://doi.org/10.3389/fmicb.2025.1683709
【本件のポイント】
● ファージにより細菌が変異する新しい仕組みを発見
● T4ファージのたんぱく質の殻が吸着すると短時間で大腸菌の変異を誘発
● ファージが自身の増殖を促す「生存戦略」を備えている可能性
研究の背景
ファージには、宿主となる細菌の細胞を破壊し、溶かすように死滅させて増殖する「溶菌性ファージ」があります。これまでの研究から、ファージや他の細菌に由来する遺伝物質が宿主細菌に取り込まれることで、短時間のうちに変異が生じ得ることが知られていました。また、ファージと細菌が長期にわたり共存すると、生存に有利な変異をもつ細菌が増え、変異頻度の高い性質をもつ細菌が出現することもあります。これに対し、遺伝物質が取り込まれなくても、短時間だけファージと細菌が共存した場合に、どのような遺伝学的影響が及ぶのかは明らかではありませんでした。
溶菌性ファージは、宿主細菌をすべて殺してしまうと自身の子孫を残すことができなくなります。このことから本研究では、「溶菌性ファージは子孫を残すために、あえて一部の宿主を生かし変異を誘発することで生存戦略をとっているのではないか」という新たな仮説を立てました。そこで、溶菌性ファージT4とその宿主である大腸菌を短時間(10分間)だけ接触させ、その際に大腸菌にどのような影響が生じるのかを検証しました。
研究内容
ファージは、宿主となる細菌の細胞内で増殖する過程で、副産物として核酸を含まないたんぱく質の殻「ファージゴースト」を生じます。ファージゴーストが細菌の細胞表面に吸着すると、一部の細胞は死滅しますが、通常のファージ感染に比べて多くの細胞が生き残ります。本研究では、T4ファージゴーストの吸着によって、大腸菌の細胞膜を介して物質を移動させる仕組みが変化し、遺伝子発現プロファイル(遺伝子がどのくらい機能しているかを網羅的に示したもの)が一時的に大きく変動することを明らかにしました。特に、DNAの複製・修復に関与するDNAポリメラーゼIVのmRNA発現量が著しく増加し、この酵素の作用により、生き残った大腸菌集団の一部で複数の遺伝子変異が生じることを突き止めました。DNAポリメラーゼIVは、修復時にエラーを起こしやすく、突然変異を誘発しやすい酵素として知られています。
生存した大腸菌のゲノムには、抗菌薬耐性やストレス応答を制御するmarR遺伝子の変異が確認され、そのmRNA発現量が低下することで、DNA修復、ファージ受容体、酸耐性、酸化ストレス耐性に関連する遺伝子の活性化が引き起こされることが判明しました。その結果、変異株ではDNAポリメラーゼIVの発現が恒常的に高く、抗菌薬に対する耐性獲得頻度が通常の約85倍に達することがわかりました。更に、この変異株は酸や活性酸素などの環境ストレスに強い一方で、ファージT4による溶菌には弱いことも示されました。
以上の結果は、T4ファージゴーストが大腸菌の生存能力や性質を改変し、将来同じファージが感染した際に、より多くのファージの子孫を残せるような環境を整えるという、ファージの生存戦略が存在する可能性を示唆しています。これは進化的な観点から興味深い現象です。
本研究の意義
本研究では、ファージゴーストが細菌の表面に吸着するだけで、遺伝子の移動を伴わずに細菌の変異を誘発するという、従来の微生物学的概念にはない仕組みを明らかにしました。これは、あらゆる環境に広く存在する細菌と溶菌性ファージの相互作用に新たな視点をもたらす成果です。
この現象は、自然環境下で細菌が抗菌薬耐性などの性質を獲得するメカニズムの一端を示すとともに、ファージが自身の増殖を有利に進めるために細菌の変異を促す「生存戦略」を備えている可能性を示唆します。これらの成果は、細菌の進化過程および抗菌薬耐性の理解を深めるうえで重要な情報を提供するものです。
現在、抗菌薬耐性菌の増加が社会的な問題となっていることに伴い、ファージは新たな治療の選択肢になり得るとして注目を集めています。
論文情報
論文タイトル:Stress-resistant but phage-sensitive host mutants induced by phage T4 ghost adsorption(和訳:ファージT4ゴーストの吸着により誘発される、ストレス耐性かつファージ感受性の宿主変異株)
著者名:見坂武彦、谷佳津治
掲載誌:Frontiers in Microbiology
公開日:2025 年 10 月 10 日
DOI:10.3389/fmicb.2025.1683709
本研究はJSPS科研費25K03284、25K22352、21K12272の助成を受けたものです。
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