がん細胞の分化制御機構の解明と治療への応用の可能性 -- 北里大学



がんは従来均一な細胞集団の集まりと考えられてきたが、最近の研究で、がんはがん幹細胞(注1)から分化(注2)した不均一な細胞集団からなることが明らかになっている。しかしながら、がん細胞の分化制御機構には不明な点が多い。本研究では、いまだに不明な点が多いがん細胞の分化が、細胞内の活性酸素種(reactive oxygen species: ROS)(注3)と低酸素誘導因子(hypoxia inducible factor-1α: HIF-1α)(注4)の相互作用によって制御されていることをホジキンリンパ腫(Hodgkin lymphoma: HL)(注5)で示した。




 この研究成果は、北里大学の堀江良一教授の研究グループと、東京大学が共同で、日本癌学会の学術誌Cancer Scienceにて発表した。


■発表者と所属
・中島  誠(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
・渡邉真理子(北里大学医療衛生学部)
・中野 和民(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
・内丸  薫(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
・堀江 良一 *(北里大学医療衛生学部)
 (* 責任著者)



■発表のポイント
・がん細胞の分化が形態的に観察できるHL細胞株(注6)を用いた。
・HL細胞の分化には細胞内のROSの増加が関与していた。
・未分化な細胞は低酸素状態にあり、HIF-1αが強く発現していた。
・HIF-1aはROS分解に関与するヘムオキシゲナーゼ1(HO-1)を誘導する。
・細胞の分化はHIF-1αの発現が低下し、ROSが多くなると進んだ。
・本研究の成果は細胞の分化制御機構を利用した、がんに対する新たな治療法の開発につながる可能性がある。


■発表内容
〔研究の背景・先行研究における問題点〕
 従来、がんは均一な細胞からなると考えられていたが、近年の研究でがんは幹細胞に相当する未分化な細胞から分化した多様な細胞集団からなっていることが明らかとなっている。しかしながらその分化制御機構については不明な点も多い。

〔研究内容〕
 本研究では分化が形態的に観察できるHL細胞株をモデルとして、がん細胞の分化制御機構を明らかにすることを目的とした。フローサイトメトリー(注7)を用いて未分化な細胞集団と分化した細胞集団を同定した。分化した細胞集団では未分化と比べて細胞内ROSの増加を認めた。実際、HL細胞株にROSの一種である過酸化水素(H2O2)を作用させると分化の促進を認めた。HL細胞株の未分化な細胞集団では低酸素に関与する遺伝子発現が亢進しており、実際この集団は分化した細胞集団と比べて低酸素状態にあることが明らかとなった。低酸素で誘導される転写因子HIF-1αに注目して検討したところ、未分化な細胞では分化した細胞と比べてHIF-1αの強い発現を認めた。さらに検討を進めたところ、HIF-1αはROS分解に関与するHO-1を誘導して細胞の分化を抑制していることが示された。
 これらの結果はHL細胞の分化がROSにより促進され、HIF-1αにより誘導されるHO-1が関与するROSの分解により抑制されていることを示唆する。本研究の成果は細胞の分化制御機構を利用した、がんに対する新たな治療法の開発につながる可能性がある。

■論文情報 
〔雑誌名〕Cancer Science(オンライン公開:2021年3月19日)
〔論文タイトル〕Differentiation of Hodgkin lymphoma cells by reactive oxygen species and regulation by heme oxygenase-1 through HIF-1α
〔著者〕Makoto Nakashima, Mariko Watanabe, Kazumi Nakano, Kaoru Uchimaru, Ryouichi Horie
〔DOI〕10.1111/cas.14890

■用語解説 
注1 「がん幹細胞」:がんにも正常細胞で見られるような幹細胞が存在する。がん細胞全体の大元をなす細胞のこと。
注2 「分化」:正常細胞が元の細胞と性質が異なる一定の役割を持つものに変化すること。がん細胞においても類似の現象が認められる。
注3 「活性酸素種」:酸素に関連した反応性の高い分子で、生理機能を有する一方、過剰になると毒性を発揮する。
注4 「低酸素誘導因子」:細胞が低酸素状態に順応するのに重要な役割を果たすタンパク質。
注5 「ホジキンリンパ腫」:リンパ球が''がん化''した''血液がん''の一種。がん細胞の中に、特異な形態を呈するホジキン(Hodgkin)細胞やリード・シュテルンベルグ(Reed-Sternberg)細胞が出現することが特徴。
注6 「細胞株」:生体外でも元の細胞の性質を保ちつつ生き続けることができるようになった細胞のこと。
注7 「フローサイトメトリー」:細胞にレーザー光を当て、その散乱光を検出して個々の細胞の性質を観察する手法のこと。あらかじめ蛍光物質などを細胞に作用させておくことで幅広い解析が可能となる。



▼問い合わせ先 ※メールアドレスは''AT''の部分を@に変換してください。
≪研究に関すること≫
 北里大学 医療衛生学部 血液学 教授
 堀江 良一(ホリエ リョウイチ)
 〒252-0373 神奈川県相模原市南区北里1-15-1
 TEL:042-778-8216
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組織名
北里大学
ホームページ
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代表者
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〒108-8641 東京都港区白金5-9-1

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