近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)博士前期課程修了 木村 豊、農学部農業生産科学科4年 三田尾 麻未、農学研究科・アグリ技術革新研究所教授 野々村 照雄らの研究グループは、植物病原菌の一つである「うどんこ病菌」について研究し、メロンうどんこ病菌※1 に寄生するカビ(菌寄生菌※2)の感染行動を連続観察するとともに、菌寄生菌を感染させたうどんこ病菌から放出される子孫胞子の数を計測・解析しました。その結果、メロンうどんこ病の発生初期段階に菌寄生菌の胞子液を噴霧接種することで、メロンうどんこ病菌の胞子放出を抑制し、感染拡大を防止できることを、世界で初めて明らかにしました。
本研究成果は、化学農薬のみに依存しないうどんこ病の新たな防除法として役立つものと考えられます。
本件に関する論文が、令和5年(2023年)4月25日(火)に、世界的に有名な農業経営専門誌''Agronomy''にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●メロンうどんこ病菌に寄生するカビ(菌寄生菌)の感染行動を観察・解析
●メロンうどんこ病の発生初期段階で菌寄生菌を感染させることで、メロンうどんこ病菌の胞子放出を抑制し、感染拡大を防止できることを世界で初めて明らかに
●化学農薬に依存しない、新たな病害防除法の開発に繋がる研究成果
【本件の背景】
うどんこ病は、農作物、雑草、樹木など多種多様な植物で発生する身近な植物の病気ですが、農業分野では、本病が発生すると良質な果実ができなくなり、収量にも影響を与えるため、重大な植物病害の一つとされています。うどんこ病が発症すると、うどんの粉を振りかけたような白い斑点が発生することから、この名が付きました。うどんこ病菌(カビ)の胞子が植物に付着後、侵入・感染することで白い斑点(菌叢※3)を形成し、菌叢内に多くの分生子柄※4 がつくられます。この分生子柄上には子孫となる胞子がつくられ、その胞子を放出・飛散させることで周りの健全な植物に感染します。一般的に、うどんこ病の防除には化学農薬が使われますが、化学農薬は環境に負荷を与えるうえ、化学農薬が効かない薬剤耐性菌の出現も国内外で報告されていることから、化学農薬に依存しない新たな防除法の開発が急務とされています。
【本件の内容】
研究チームは、多湿環境でも低湿環境でも発生しやすく、メロンに感染する「メロンうどんこ病菌」に注目して、研究を進めてきました。本研究では、うどんこ病菌に寄生する(自然界に存在する)カビを利用してメロンうどんこ病の防除効果を検証しました。
まず、1個のメロンうどんこ病菌の胞子をメロン葉に感染させた後、菌叢を形成させました。その後、菌寄生菌の胞子液(5×105胞子/mL)を菌叢全体に噴霧接種し、菌寄生菌の分生子殻※5 の形成過程を連続観察しました。その結果、噴霧接種後約10日目からメロンうどんこ病菌の分生子柄内で、成熟した菌寄生菌の分生子殻が形成されることが明らかとなりました。
次の実験では、菌寄生菌を感染させたメロンうどんこ病菌が、生涯にわたりどれだけの子孫胞子を放出するかを検証しました。そこで、接種後5日目、10日目および15日目のメロンうどんこ病菌の単一菌叢を準備し、静電気技術※6 を用いて胞子数を計測しました。その結果、菌寄生菌を噴霧接種していないメロンうどんこ病菌(5日目の単一菌叢)は約28日間胞子を放出し続け、生涯で約12万個の子孫胞子を放出させることがわかりました。一方、5日目と10日目の単一菌叢に菌寄生菌を噴霧接種した場合、子孫胞子の放出はそれぞれ処理後約4日目と約8日目に停止しましたが、15日目の単一菌叢では、処理後約24日目に停止したことから、メロンうどんこ病の発生初期段階で菌寄生菌を感染させれば、効果的な防除ができるものと考えられました。さらに、メロンうどんこ病菌は、夜間には菌叢から子孫胞子を放出しないことから、菌寄生菌の噴霧接種は夜間に行うことで防除効果が上がるものと考えられました。以上のことから、メロンうどんこ病の感染拡大を未然に防ぐためには、うどんこ病菌の菌叢を見つけ次第、すなわち、発生の初期段階で対処する必要があることが、世界で初めて明らかとなりました。
【論文掲載】
掲載誌 :Agronomy(インパクトファクター:3.949@2021)
論文名 :Hyperparasitic fungi against melon powdery mildew pathogens: Quantitative analysis of conidia released from single colonies of Podosphaera xanthii parasitised by Ampelomyces
(メロンうどんこ病菌に寄生するカビ:菌寄生菌を接種したメロンうどんこ病菌の単一菌叢から放出される子孫胞子数の量的解析)
著者 :木村 豊1、Mark Z. Nemeth2、沼野 加奈1、三田尾 麻未1、白川 友美3、Diana Seress2、瀧川 義浩4、角谷 晃司5、松田 克礼1、Levente Kiss2,6、野々村 照雄
1,7* *責任著者
所属 :1 近畿大学農学部・大学院農学研究科、2 Centre for Agricultural Research, Hungary、3 三井化学アグロ株式会社、4 近畿大学先端技術総合研究所、5 近畿大学薬学総合研究所、6 University of Southern Queensland, Australia、7 近畿大学アグリ技術革新研究所
論文掲載:
https://doi.org/10.3390/agronomy13051204
DOI :10.3390/agronomy13051204
【本件の詳細】
研究チームは先行研究において、メロンうどんこ病菌を単離して分類・同定し、形態的な特徴や感染できる植物種(宿主範囲)について報告しています。また、うどんこ病菌に寄生するカビ(菌寄生菌)についても分類・同定し、形態的および遺伝学的特徴について報告しています。
本研究では、菌寄生菌を利用したうどんこ病の防除効果を量的に評価するため、メロンうどんこ病菌の単一菌叢に菌寄生菌を噴霧接種した後、静電気技術と顕微鏡技術を利用して、メロンうどんこ病菌の単一菌叢から放出される子孫胞子数を測定しました。
まず、メロン(Cucumis melo)の葉上に、高解像能デジタル顕微鏡※7 下で微小ガラス針を用いてメロンうどんこ病菌の単一胞子を接種した後、菌叢を形成させました。本研究では、接種後5日目、10日目および15日目のメロンうどんこ病菌の単一菌叢を用いました。次に、上記の単一菌叢にそれぞれ菌寄生菌を噴霧接種し、研究チームが考案した静電気胞子回収装置(静電ドラム)※8 を用いて、メロンうどんこ病菌の単一菌叢から胞子が完全に放出されなくなるまで回収を行い、回収フィルムに捕捉された胞子数を顕微鏡下で計測しました。その結果、菌寄生菌を噴霧接種した5日目と10日目の単一菌叢では、それぞれ噴霧接種後3~5日と7~9日で胞子の放出が完全に停止しました(図1、表1)。しかし、菌寄生菌を噴霧接種した15日目の単一菌叢では、噴霧接種後約6日目から胞子数が再び増加し始めました(図1)。結果的に、単一菌叢の寿命が原因で放出される子孫胞子数は減少しました。次に、胞子回収が終了した5日目、10日目および15日目の感染葉を脱色・固定した後、生体染色し、光学顕微鏡を用いて菌叢内に形成されたメロンうどんこ病菌の正常な分生子柄数を計測しました。その結果、正常な分生子柄の本数は、5日目:0本、10日目:0本、15日目:約864本でした(表1)。以上のことから、菌寄生菌をメロンうどんこ病の発生初期段階に処理すれば、顕著な防除効果が得られることが明らかとなりました。一方で、今回の研究も、先行研究の結果と同様、メロンうどんこ病菌は光が当たらない夜間(暗所)では、胞子放出をほとんど行わないことを確認しました。メロンうどんこ病の感染拡大防止の観点から、夜間における菌寄生菌の噴霧接種は、さらに有効となると考えられます。
※図1
菌寄生菌を処理したメロンうどんこ病菌(KMP-6N)の単一菌叢から静電気胞子回収装置で回収された胞子数の測定と推移 黒矢印は菌寄生菌を処理した日にちを示し、白矢印は胞子回収が終了した日にちを示します。5日目の単一菌叢(無処理)では36日で胞子回収が終了しました。一方、5日目の単一菌叢に菌寄生菌を処理した場合は11日で胞子回収が終了し、処理後6日間、メロンうどんこ病菌は胞子を放出し続けました。10日目の単一菌叢に菌寄生菌を処理した場合は17日に胞子回収が終了し、処理後7日間、メロンうどんこ病菌は胞子を放出し続けました。15日目の単一菌叢に菌寄生菌を処理した場合は42日に胞子回収が終了し、処理後27日間、メロンうどんこ病菌は胞子を放出し続けました。上記のデータから、メロンうどんこ病菌は、昼間に子孫胞子を活発に放出しますが、夜間ではほとんど子孫胞子を放出していません。
※表1
菌寄生菌を処理したメロンうどんこ病菌(KMP-6N)の単一菌叢内で形成された正常な分生子柄数と単一菌叢から生涯放出された胞子数の測定 1)正常な分生子柄の数は、菌寄生菌を処理し、胞子放出が停止した後に測定された。 2)静電気胞子回収器で回収された全胞子数を示した。 異なるアルファベットは有意差を示した(p < 0.05、チューキー法)。
【今後の展開】
うどんこ病菌は胞子を感染源として、その周辺の健全な植物へ感染範囲を拡大していくことから、うどんこ病の拡大を未然に防止するためには、発生初期段階で、菌寄生菌を感染させることが必要です。今後は、本研究成果に基づき、さらに他植物のうどんこ病に対する防除効果を検討していくとともに、生物防除資材(微生物資材)の開発に取り組んでいきたいと考えています。
【研究者のコメント】
野々村 照雄(ののむら てるお)
所属 :近畿大学農学部 農業生産科学科、近畿大学アグリ技術革新研究所
職位 :教授
学位 :博士(農学)
コメント:うどんこ病は身近な植物病害として知られています。特に、農作物にうどんこ病が発生すると化学農薬を使用して防除しますが、薬剤耐性菌の出現や環境負荷の問題を考慮すると、化学農薬のみに依存しない新たな防除法の開発が必要となります。防除戦略を講じるためにも、病気を引き起こす原因となるうどんこ病菌の形態学的、生理学的および生態学的特性を明らかにしておく必要があります。
【用語解説】
※1 メロンうどんこ病菌:Podosphaera xanthii Pollacci KMP-6N。ウリ科植物のみに感染する植物病原菌で、カビの一種。うどんこ病菌は栄養培地では培養できないカビ菌であり、生きた植物のみに感染し、増殖する。このような菌を絶対寄生菌と呼ぶ。
※2 菌寄生菌:Ampelomyces sp. Xs-q。オナモミ(Xanthium stramonium)に感染していたうどんこ病菌(Podosphaera xanthii)から分離した菌で、カビの一種。栄養培地で培養できるカビ菌であり、うどんこ病菌に寄生し、増殖する。このような菌を寄生菌と呼ぶ。
※3 菌叢(きんそう):カビ胞子から菌糸が伸びて、菌糸が密集したもの。例えば、1個のカビ胞子から菌糸が伸びて、菌糸が密集すると肉眼では同心円状にみえる。
※4 分生子柄(ぶんせいしへい):うどんこ病菌が子孫の胞子を生産・形成する感染構造体。
※5 分生子殻(ぶんせいしかく):菌寄生菌が子孫の胞子を生産・形成する感染構造体。
※6 静電気技術:静電気のクーロン力を利用して、カビ胞子を捕捉・回収する技術。
※7 高解像能デジタル顕微鏡:高倍率で観察できる落射型の実体顕微鏡。サンプルを生きた自然な状態で観察できるため、葉の表面で生育するうどんこ病菌の観察に適している。
※8 静電気胞子回収装置(静電ドラム):ドラム(円柱状のもの)に巻かれた透明な絶縁性のフィルム(回収フィルム)を静電気で帯電させ、菌叢から放出される胞子を捕捉・回収する装置。タイマー式となっており、24時間で1回転することから、24時間ごとに回収フィルムを交換し、子孫胞子の放出がなくなるまで回収実験を続けることができる。
【関連リンク】
農学部 農業生産科学科 教授 野々村 照雄(ノノムラ テルオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/162-nonomura-teruo.html
農学部 農業生産科学科 教授 松田 克礼(マツダ ヨシノリ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/402-matsuda-yoshinori.html
先端技術総合研究所 准教授 瀧川 義浩(タキカワ ヨシヒロ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/166-takikawa-yoshihiro.html
薬学総合研究所 教授 角谷 晃司(カクタニ コウジ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/819-kakutani-kouji.html
農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/
薬学部
https://www.kindai.ac.jp/pharmacy/
アグリ技術革新研究所
https://www.kindai.ac.jp/atiri/
近畿大学薬学総合研究所
https://www.phar.kindai.ac.jp/centers/
近畿大学先端技術総合研究所
https://www.kindai.ac.jp/bost/about/advanced-technology/
▼本件に関する問い合わせ先
広報室
住所:〒577-8502 大阪府東大阪市小若江3-4-1
TEL:06‐4307‐3007
FAX:06‐6727‐5288
メール:koho@kindai.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
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