近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)病理学教室講師 萩山満、同講師 米重あづさ、同主任教授 伊藤彰彦らを中心とした研究グループは、独自に作製した抗体が標的であるがん細胞に結合した後、高効率に細胞内に取り込まれる性質があることを見出し、そのメカニズムを明らかにしました。さらに、この抗体に抗がん剤を搭載した後、担がんモデルマウスに注射したところ、がんの増殖をほぼ完全に抑制できることがわかりました。本研究は、作製した抗体を用いた抗がん剤の開発や、抗がん剤を効率的にがん細胞に送り込む「薬物送達ベクター※1」の機能向上に寄与すると期待されます。
本件に関する論文が、令和6年(2024年)6月12日(水)に、薬剤送達研究の国際的な学術誌"Journal of Controlled Release(ジャーナル オブ コントロールド リリース)"に掲載されました。
【本件のポイント】
●独自に作製した抗体が、標的であるがん細胞に高効率に取り込まれることを発見
●抗体に抗がん剤を結合させた薬剤を、担がんモデルマウスに投与することで、がんの増殖がほぼ完全に抑制できることを解明
●本研究成果は、作製した抗体を用いた抗がん剤の開発や、薬物送達ベクターの送達機能向上に寄与すると期待
【本件の背景】
「抗体薬物複合体」は、がん細胞まで効率的に薬剤を届けて攻撃できる医薬品で、薬剤をがん細胞に効率よく送り込む運び屋として機能する「抗体」、がん細胞を攻撃する「薬剤」、抗体と薬剤を結合させる「リンカー※2」の3つの要素で構成されています。抗体は、がん細胞の表面にある特定のタンパク質に結合し、がん細胞に取り込まれることで薬剤を細胞内に運んでおり、「薬物送達ベクター」と呼ばれます。抗体薬物複合体のがん細胞に対する効果は、がん細胞に抗体が取り込まれる効率に依存していますが、これまでこの取り込み効率に関する詳細な研究は行われていませんでした。
CADM1(cell adhesion molecule 1)は、細胞膜を貫通する膜タンパク質で、細胞同士を結び付ける接着分子として機能しています。研究グループは、長年にわたってCADM1に関する研究に取り組み、この分子の病態学的研究をリードしており、近年は独自のCADM1抗体を用いてがんや神経系疾患の治療法を確立することを目指し、国内外の研究室や企業と連携しています。その一環で、先行研究においてCADM1に結合する「抗CADM1抗体」が、抗体薬物複合体に用いる抗体として有用であることを明らかにしましたが、そのメカニズムの詳細は明らかではありませんでした。
【本件の内容】
研究グループは、細胞表面に存在する膜タンパク質CADM1を認識する抗CADM1抗体をいくつか独自に作製し、がん細胞において抗CADM1抗体が機能するメカニズムを分析しました。
作製した抗CADM1抗体のうち、先行研究でがんの増殖を抑制する効果が確認された2つの抗体について解析したところ、抗体AはCADM1を発現する細胞に結合すると細胞内に効率的に取り込まれること、抗体Bは抗体Aのがん細胞への取り込みを著しく促進することを見出しました。またこの現象は、CADM1に抗体Bが結合することによって、CADM1が細胞内の特殊な領域に移動することで生じることも明らかになりました。
次に、抗体Aと抗がん剤を用いた抗体薬物複合体を作り、抗体Bとともに担がんのモデルマウスに投与したところ、がんの増殖をほぼ完全に抑制できることが明らかになりました。ここから本研究成果は、CADM1を発現するさまざまながんの治療法開発と、抗がん剤をがん細胞に効率的に送り込む薬物送達ベクターの開発に新たな知見をもたらすと期待されます。
【論文概要】
掲載誌:Journal of Controlled Release(インパクトファクター:10.5@2023)
論文名:Efficient intracellular drug delivery by co-administration of two antibodies against cell adhesion molecule 1
(抗CADM1抗体2クローン同時投与による効率的な細胞内への薬剤送達)
著者 :萩山満1、米重あづさ1※、和田昭裕1、木村竜一朗1、伊藤慎二2、井上敬夫1、武内風香1、伊藤彰彦1※ ※ 責任著者
所属 :1近畿大学医学部医学科病理学教室、2京都大学大学院医学研究科医学研究支援センター
URL :
https://doi.org/10.1016/j.jconrel.2024.05.035
DOI :10.1016/j.jconrel.2024.05.035
【研究の詳細】
CADM1は構造上、免疫グロブリンスーパーファミリー※3 に属しており、細胞同士を結び付ける接着分子として機能しています。CADM1は細胞膜タンパク質であるため、CADM1に対する抗体はCADM1を発現する細胞の表面に結合します。
研究グループは、長年のCADM1研究の過程でいくつかの抗CADM1抗体を作製してきましたが、先行研究においてそのうちの2つの抗体AとBが、がん細胞の増殖抑制に効果を発揮することを明らかにしました。今回の研究では、まず、この2つの抗CADM1抗体についてシーケエンス解析を行なった結果、これらは同様にCADM1に結合する、IgY(抗体A)とIgM(抗体B)という別の機能を持つ抗体であることがわかりました。
次に、抗体Aを蛍光色素で標識した後細胞に添加し、蛍光を検出することで抗体Aの局在を調べました。細胞がCADM1を発現している場合には、抗体Aは添加後1時間以内にその細胞の表面に集積しました。その後、10時間かけて少しずつ細胞の内部に移動(内在化)していきましたが、内在化したのは全体の抗体の一部でした。一方、抗体Aと抗体Bを同時に添加したところ、抗体Aは1時間以内に細胞の表面に集積し、その後5時間以内にほぼ全てが細胞内に移動しました。ここから、抗体Aは内在化する性質を持ち、抗体Bはその内在化を著しく促進するとわかりました。この現象は、CADM1の細胞膜上の局在が、抗体Bが結合することによって脂質ラフト※4 と呼ばれる特殊な領域に移動することにより生じることも明らかになりました。
抗体の内在化現象は、薬剤を効率的に標的細胞に送り込む手段として注目されており、この現象を活用した抗体薬物複合体は、リンパ腫や乳がん、膀胱がんなどに対する抗がん剤として臨床の現場で使用されています。そこで研究グループは、抗体Aに抗がん剤(チューブリン重合阻害剤MMAE)を搭載した抗体薬物複合体を作製しました。CADM1を発現するがん細胞であるマウス黒色腫B16細胞をマウスの皮下に移植して増殖を確認した後、抗体A-MMAE複合体を抗体Bとともに移植部周辺皮下に注射したところ、腫瘍の増殖はほぼ完全に抑制されました。つまり、抗体A-MMAE複合体はB16細胞に内在化し、細胞内でMMAEが遊離して、B16細胞の細胞死を誘導したと考えられます。また、蛍光標識した抗体Aについて細胞内での局在部位を詳細に調べたところ、内在化した抗体Aは細胞内小器官であるリソソームに到達していることが確認でき、細胞内でのMMAE遊離はリソソームにて起こることが示唆されました。
CADM1を発現する腫瘍として、中皮腫、成人型T細胞白血病、骨肉腫、小細胞肺がん、早期肺腺がん、子宮内膜腺がん、小腸消化管間質腫瘍などが知られています。抗体A-MMAE複合体は、これらの腫瘍に対して治療効果を発揮する可能性が考えられます。また、薬剤を目的の細胞に効率的に送達することは、投薬量の削減と副作用の低減につながるため、本研究成果は薬物送達ベクター開発の研究領域に新たな視点をもたらすものとして期待されます。
抗体薬物複合体はがん治療の分子標的薬として注目されており、現在も多くの抗体薬物複合体が開発されていますが、既に製薬として承認されて臨床の現場で用いられている抗体薬物複合体も含めて、抗体内在化のメカニズムまで明らかにされているものは数少ないのが現状です。そのため、本研究はこれらの抗体薬物複合体開発に対して科学的根拠をもたらし、新たな開発の方向性を導くという点においても重要な成果となります。
【研究支援】
本研究は、JSPS科学研究費助成事業基盤研究(C)(20K07434,21K06978,22K07034)、武田科学振興財団2021年度医学系研究助成、近畿大学21世紀研究開発奨励金(KD2204)、AMED橋渡し研究戦略的推進プログラム(A-178)の一環として実施されました。また、株式会社ファーマフーズの支援を受けて実施されました。
【研究代表者コメント】
伊藤彰彦(いとうあきひこ)
所属 :近畿大学医学部医学科病理学教室
職位 :主任教授、近畿大学大学院医学研究科長
学位 :博士(医学)
コメント:抗体薬物複合体による治療では、標的細胞への複合体の内在化が十分な薬効を得る上で重要なステップです。今回の発見は、複合体の内在化効率を著しく上昇させる別の抗体が存在する可能性を示すものです。どのような抗体がどのような機序で内在化を促進するのかについて解析を進めて、抗腫瘍化学療法の奏功率向上に寄与したいと思います。
【用語解説】
※1 薬物送達ベクター:薬が効いて欲しい細胞や組織に特異的に薬物を送り届けるための運び屋の総称。抗体や抗体の断片が一般的であるが、その他にペプチド、ウイルス、ナノ粒子などがあり、薬物はこれら運び屋に結合或いは包含される形で標的細胞・組織にまで送り届けられる。
※2 リンカー:抗体薬物複合体において、抗体と薬物をつなぐ役割を果たす分子。リンカーは結合を助けるだけでなく、抗体薬物複合体の安定性維持・薬物遊離効率にも寄与する。
※3 免疫グロブリンスーパーファミリー:いわゆる抗体である免疫グロブリン(ヒトではIgG、IgA、IgM、IgD、IgE)に特徴的な分子構造を持つタンパク質群。
※4 脂質ラフト:細胞膜にできる斑点。この構造には、膜貫通タンパク質などが多数集まり、膜を介したシグナル伝達が起こる。
【関連リンク】
医学部 医学科 講師 萩山満(ハギヤマミツル)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1764-hagiyama-mitsuru.html
医学部 医学科 教授 伊藤彰彦(イトウアキヒコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/825-itou-akihiko.html
医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/
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