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弘前大学大学院医学研究科分子病態病理学講座/消化器外科学講座(原裕太郎助教、水上浩哉教授、袴田健一教授)を中心とする医学部研究グループは、モデルマウスとシングルセルRNAシークエンス技術を用いて糖尿病による膵導管がんの新規進展機序を解明した。本研究成果は、未だ根治的治療法がない膵導管がんに対して、CXCL13陽性膵星状細胞を増加させることによる新規治療法の確立につながることが期待され、膵導管がん患者の生活の質や予後の改善や医療経済負担の削減につながる。この成果は、2025年6月24日付けで米国の科学誌『JCI insight』に掲載された。
■本件のポイント
・弘前大学大学院医学研究科分子病態病理学講座/消化器外科学講座(原裕太郎助教、水上浩哉教授、袴田健一教授)を中心とする医学部研究グループは、モデルマウスとシングルセルRNAシークエンス技術(※1)を用いて糖尿病による膵導管がんの新規進展機序を解明した。
・膵導管がんは最も予後が悪いがんのひとつで、5年生存率はいまだ9.9%である。そのため治療につながる新規病態の解明は必須となっている。糖尿病は膵導管がんの発症、進展、予後悪化因子である事が知られている。
・本研究において、2型糖尿病はマウス膵臓において、癌関連線維芽細胞(※2)の起源である休止期膵星状細胞(※3)のCXCL13(※4)陽性細胞群を減少させ、αSMA(※5)陽性細胞群を増加させた。CXCL13陽性細胞群は実験的膵導管がん腫瘍において、リンパ球やマクロファージなどの炎症性細胞浸潤や血管形成をおこし、がん免疫(※6)を活性化させ、腫瘍細胞の増殖を抑制することが解明された。
・膵導管がんでは癌間質とよばれるコラーゲン線維が癌関連線維芽細胞から豊富につくられ、抗がん剤の浸透や炎症性細胞などの浸潤を阻害している。従って、癌間質およびそれを産生する癌関連線維芽細胞をどのように制御するかが大きな問題になっていた。
・本研究成果は、未だ根治的治療法がない膵導管がんに対して、CXCL13陽性膵星状細胞を増加させることによる新規治療法の確立につながることが期待され、膵導管がん患者の生活の質や予後の改善や医療経済負担の削減につながる。
・この成果は米国の科学誌である『JCI insight』誌に掲載(2025年6月24日)。
■本件の概要
本邦において総国民の1/6に相当する国民が2型糖尿病(※7)またはその疑いであり、医療経済的に大きな問題となっている。2型糖尿病ではがんの合併が問題となり、患者の予後に直結する。 膵導管がんは膵臓のがんの一つで、いまだに早期発見が難しい上に、効果的な治療法が確立されていない。そのため、その5年生存率はいまだに9.9%と低い状態である。糖尿病患者でその発症率が上昇するのみならず、予後がさらに悪化することが知られており、現在、糖尿病と膵導管がんが関係する治療標的となる新規病態の解明が精力的に行われている。
膵導管がんの予後が悪化する原因の一つに、コラーゲン線維からなるがん間質が豊富にあることがあげられる。このがん間質は抗がん剤などの浸透を阻害するのみならず、がんに抵抗するリンパ球やマクロファージなどの炎症性細胞浸潤やその通り道となる血管の形成も阻害する。その豊富な間質を形成するのががん関連線維芽細胞という細胞である。従って、がん関連線維芽細胞のもととなる膵星細胞の糖尿病による影響を研究することにより、膵導管がんの進展機序を解明できるという仮説が成り立つ。
弘前大学大学院医学研究科 分子病態病理学講座/消化器外科学講座(原裕太郎助教、水上浩哉教授、袴田健一教授)を中心とする医学部内共同研究グループは、2型糖尿病マウスモデルにおいて、1.膵星細胞は複数の亜集団に分類できること、2.その亜集団のうち2型糖尿病では膵導管がんが発症する前からαSMA陽性細胞(myPaf)が 増加し、炎症性細胞集団(iPaf)、今回新しく見いだされたCXCL13陽性の細胞亜集団(tapPaf)が減少すること、3.myPafは膵導管がんの形成を促進する一方で、tapPafは膵導管がんの形成を強く抑制すること、4.その機序にtapPafはリンパ球等の炎症性細胞や血管形成をがん間質で増加させること、5.2型糖尿病を合併したヒト膵導管がん組織においてもtapPafの低下ならびに、tapPafの低下がその予後の悪化と相関することを見出した(図1)。
今回、この新規膵星細胞亜集団であるtapPafの発見にあたり、シングルセルRNAシークエンスという新しい技術が用いられた。シングルセルRNAシークエンスでは膵臓から単離された星細胞について1つ1つの細胞のメッセンジャーRNAの発現を評価することができる(図2)。これまでの研究では集団としてしかメッセンジャーRNAの発現を評価できなかったため、星細胞の亜集団までは評価できなかったが、今回の研究により2型糖尿病による星細胞の亜集団分布の変化が初めて解明された。
シングルセルRNAシークエンスではさらに、星細胞の分化過程、分泌する分子なども解明でき、それらを応用した治療戦略も期待される。
本研究成果は膵臓ではがんが発症する以前に星細胞構成ががんにとって都合のいい状態になっていることが見出されたことに大きな意義がある。このことは2型糖尿病の治療の重要性を再確認するとともに、今後、CXCL13陽性のtapPafを基盤とした膵導管がんに対する新規治療法の確立が期待され、その患者の生活の質や予後の改善、医療経済負担の削減につながることが期待される。
なお本研究は、文部科学省の科学研究費助成事業(20K17636)と唐牛記念医学研究基金により行われた。
■論文情報
【論文名】Type 2 diabetes alters the nature of quiescent pancreatic stellate cells to tumor-prone
【著 者】原 裕太郎 *1,2、水上 浩哉*1#、山田 貴大*1,2、下山 修司*3、山崎 慶介*1,2、 佐々木 崇矩*1、王 朕超*1、櫛引 英恵*1、龍崎 正樹*1、小笠原 早織*1、丹場 太陽*1,2、板矢 晶子*1,2、木村 憲央*2、石戸 圭之輔*2, 上野 伸哉*3、袴田 健一*2
*1 弘前大学大学院医学研究科附属バイオメディカルリサーチセンター 分子病態病理学講座、*2 弘前大学大学院医学研究科 消化器外科学講座、*3 弘前大学大学院医学研究科附属バイオメディカルリサーチセンター 脳神経生理学講座
#責任著者
【雑誌名】JCI insight
■用語説明
(※1)シングルセルRNAシークエンス技術:組織内の個々の細胞の遺伝子(メッセンジャーRNA)発現を解析する技術のこと。この技術により、多数の細胞種からなる組織内で細胞がどのように機能し、相互作用するかを詳細に把握できる。
(※2)癌関連線維芽細胞:腫瘍内で腫瘍細胞以外の微小環境に存在する特殊なコラーゲン線維を産生する線維芽細胞のこと。がんの進展や悪性化を引き起こすとされている。
(※3)膵星状細胞:非がん膵臓の支持組織に存在する線維芽細胞の一種で、星形の突起を持つことからその名が付けられた。コラーゲン線維を産生し、慢性膵炎などにおいて病態の形成に関与する。
(※4)CXCL13:細胞から分泌される低分子のタンパク質で生理活性物質であるケモカインの一種。さまざまな細胞から分泌され、Bリンパ球などの炎症性細胞を集める。
(※5)αSMA:α−smooth muscle actinのこと。筋細胞の一種である平滑筋で作れられる線維。線維芽細胞が炎症や癌などで活性化すると、αSMAを発現する筋線維芽細胞になる。
(※6)がん免疫:宿主の免疫システムががん細胞を攻撃すること。一般的に、がん細胞は免疫システムを弱体化させ、つまりがん免疫を弱体化させ、増大する。
(※7)2型糖尿病:肥満、運動不足などの悪い生活習慣に関連して成人で発症する最も頻度が高い糖尿病のタイプ。
▼本件に関する問い合わせ先
弘前大学
住所:青森県弘前市文京町1番地
TEL:0172-39-3012
FAX:0172-37-6594
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/