【横浜市立大学】mRNAワクチンで進行性の眼の病気を治療

横浜市立大学

-加齢黄斑変性に対する患者負担の少ない新たな治療へ-

【ポイント】
  •  メッセンジャーRNA (mRNA)ワクチンを用いた新たな治療法により、加齢黄斑変性をマウスモデルで抑制することに成功しました。
  •  網膜で異常に産生される分子LRG1に対し、mRNAワクチンにより抗体を誘導し、その機能を抑制することで病態の進行を抑えました。
  •  従来の治療では繰り返しの眼内注射が必要でしたが、本ワクチンは筋肉注射のみで長期的な治療効果が期待され、患者の負担軽減に大きく貢献する可能性があります。

【概要】
 東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 難治疾患研究所 先端ナノ医工学分野の内田智士教授および横浜市立大学大学院医学研究科 視覚再生外科学の柳靖雄客員教授らの研究チームは、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン(用語1)を用いた加齢黄斑変性の治療に、マウスモデルを用いて成功しました。
 加齢黄斑変性は、眼の網膜において血管が異常に増殖し、組織が破壊されることで視力が低下し、最終的には失明に至る病気です。本疾患の進行には、血管の増殖や炎症を引き起こす分子であるLRG1(leucine-rich alpha-2-glycoprotein 1)が深く関与しています。
 今回、LRG1を標的としたmRNAワクチンを加齢黄斑変性のモデルマウスに接種したところ、LRG1に対する抗体が産生され、その作用が抑制された結果、加齢黄斑変性の進行が抑えられました。
 現在、加齢黄斑変性の治療には眼内への繰り返しの注射が必要であり、患者の身体的・経済的負担が大きいことが課題となっています。今回のmRNAワクチンによる治療が実用化されれば、筋肉へのワクチン接種のみで、数ヶ月から数年にわたって治療効果が期待されます。
 今後は、実用化に向けて大動物を用いた効果や安全性の検証が必要であり、現在、その準備が進められています。また、病気の原因となる分子を標的とする抗体をmRNAワクチンによって誘導する今回の戦略は、生活習慣病をはじめとする多様な疾患への応用も可能であり、より患者負担の少ない治療の実現につながる可能性があります。
 本成果は、7月2日付(現地時間)の「Vaccine」誌に掲載されました。
図1 本研究の概要

●背景
 加齢黄斑変性は、主に高齢者に発症し、視力が低下して最終的には失明に至る疾患です。高齢化の進行に伴い、患者数は増加の一途をたどっています。この疾患は生活の質(QOL)を著しく低下させ、その影響の大きさは、要介助状態をもたらす脳梗塞や大腿骨頚部骨折にも匹敵するとされています。
 加齢黄斑変性のうち滲出型では、網膜において血管新生(用語2)が促進され、組織が破壊されることで視力が障害されます。これに対しては、血管内皮増殖因子など、血管新生を促進する因子の働きを抑制する抗体医薬(用語3)が開発されており、優れた治療効果が得られています。
 これらの抗体医薬は眼内に注射して投与されますが、その眼内注射が患者にとって大きな身体的・経済的負担となることが課題です。その結果、治療を断念し、視力が低下してしまうケースも少なくありません。
 このような課題を解決するため、眼内注射を行うことなく、持続的に抗体を得る手段として、今回はワクチンに着目しました。ワクチンであれば、筋肉内注射など患者への負担が少ない方法によって、標的分子に対する抗体を数ヶ月から数年にわたって誘導することが可能です。
 中でも今回は、新型コロナウイルスに対して非常に高い効果と十分な安全性が実証されたmRNAワクチンを用いることとしました。ワクチンの標的には、血管新生因子であるLRG1を選びました。LRG1は網膜における血管新生に強く関与しており、LRG1に対する抗体医薬が加齢黄斑変性に対して有効であることは、動物実験で実証されています。また、LRG1は生理的な血管新生には関与していないとされており、ワクチンにより誘導されるLRG1に対する抗体が正常な血管新生を妨げ、副作用につながるリスクは低いと考えられます。
 まとめると、今回の研究では、LRG1をコードするmRNAをマウスに投与し、マウスの体内でLRG1に対する抗体を誘導することで、加齢黄斑変性に伴う血管新生の抑制を目指しました(図1)。これは、主に感染症の予防に用いられてきたワクチンを、疾患の治療に応用する新たな試みです。

●研究成果
 LRG1のmRNAは、新型コロナウイルスのmRNAワクチンと同様に、脂質からなるナノ粒子に搭載してマウスの筋肉内に投与しました。2週間ごとに2回投与した結果、LRG1に対する抗体が誘導されました。
 次に、実際の治療効果を2種類のモデルを用いて検証しました。1つは、レーザー照射によってマウスの網膜に血管新生を誘発するモデルです。もう1つは、超低密度リポタンパク質受容体(VLDLR)を欠損した遺伝子改変マウスを用いるモデルで、このマウスは血管新生を伴う加齢黄斑変性を自然に発症することが知られています。
図2 LRG1 mRNAワクチン治療。網膜の血管からの色素漏出を指標に、血管新生を評価。


 治療効果の評価には、主に網膜血管からの色素漏出の程度を指標としました。異常な新生血管は構造が不安定で、血液中の物質が漏れ出しやすくなります。そこで、マウスに色素を投与し、その網膜血管からの漏出の程度を調べることで、血管新生の進行度を評価する方法が一般的に用いられています。
 いずれのモデルにおいても、ワクチンを投与した群では、非投与群と比較して色素の漏出が有意に抑制されました(図2)。これは、ワクチンにより血管新生が抑制され、加齢黄斑変性に対する治療効果が得られたことを示唆しています。
 さらに、組織切片の解析により、血管新生がみられる病変部位がワクチン投与によって縮小していることも確認されました。加えて、加齢黄斑変性では血管新生部分に炎症反応が引き起こされ、それが病態を悪化させると考えられていますが、今回のワクチン投与により、これらの炎症反応も軽減できることが明らかとなりました。
 さらに、安全性試験も詳細に実施しました。今回のワクチンによって、血管新生部位以外の正常な網膜をはじめ、肝臓、脾臓、肺、腎臓、心臓といった全身の臓器に障害が生じていないこと、また炎症反応が誘発されていないことを、組織切片や血液検査により確認しました。

●社会的インパクト
 加齢黄斑変性に対しては、血管新生因子を標的とした抗体医薬が優れた治療効果を示しています。しかし、繰り返しの眼内投与が患者にとって大きな身体的・経済的負担となっており、その結果、治療の継続が困難となり、病状が悪化してしまうケースも少なくありません。
 今回のようなmRNAワクチンによる加齢黄斑変性治療が実用化されれば、筋肉へのワクチン注射といった患者負担の少ない方法により、数ヶ月から数年にわたる治療効果が得られることが期待されます。また、この戦略は加齢黄斑変性にとどまらず、失明の主要な原因の一つである糖尿病性網膜症への応用も可能と考えられます。
 さらに本研究は、mRNAワクチンが感染症予防にとどまらず、慢性疾患の治療にも応用可能であることを示した点でも画期的です。たとえば糖尿病や高血圧症などの生活習慣病では、病態に関与する分子が明らかにされています。こうした分子を標的とするワクチンによって抗体を誘導することで、生活習慣病の治療が可能となると期待されます。
 一度の治療で長期的な効果が得られるという特長は、生活習慣病ワクチンにおいて特に重要であり、患者の負担を軽減する新たな治療の選択肢となる可能性があります。今回の研究は、生活習慣病に対するmRNAワクチン開発の端緒となると期待されます。

●今後の展開
 今回、マウスを用いた実験において治療効果が確認されましたが、実用化に向けては、大動物を用いた効果および安全性の検証が不可欠です。本戦略は、自己分子に対する免疫応答を誘導する治療であるため、この点を踏まえた、より詳細かつ慎重な安全性評価が重要となります。
 また、本研究の多くの実験では、PureCap法という独自技術を用いて調製した高純度mRNAを使用しました。これまでの研究により、PureCap法で調製したmRNAは、従来法によるmRNAと比べて、ワクチンにおいてより高い抗体産生誘導効果を示すとともに、ワクチン接種に伴う炎症反応を軽減できることが報告されています[1]。
 今後は、こうした独自技術を基盤として、加齢黄斑変性に対するmRNAワクチンの実用化に向けた研究開発をさらに進めていく予定です。

●付記
 本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ(LEAP)、科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)レジリエント健康長寿社会の実現を先導するグローバルエコシステム形成拠点の支援を受けて実施されました。

【参考文献】
[1] K. Kawaguchi, L.B.T. Nguyen, M. Kinoshita, N. Abe, M. Oba, H. Abe, K. Sudo, K. Inoue, S. Uchida, T. Sawa, Highly pure mRNA vaccine provides robust immunization against P. aeruginosa by minimizing type I interferon responses, Journal of Controlled Release 383, 113860, (2025)

【用語説明】
(1)メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン:病原体の一部をコードするメッセンジャーRNA(mRNA)を体内に投与し、細胞にそのタンパク質を作らせて免疫反応を誘導するワクチン。新型コロナウイルス感染症の予防で広く使われた。
(2)血管新生:新しい血管が既存の血管から形成される生物学的なプロセス。正常な発育や傷の治癒に重要である一方で、加齢黄斑変性やがんなどの病気では異常な血管新生が病態の進行に関与している。
(3)抗体医薬:特定の分子(抗原)を標的として作用する人工的に作られた抗体を用いた医薬品。がんや自己免疫疾患、眼科疾患など、さまざまな病気の治療に用いられている。

【論文情報】
掲載誌: Vaccine
論文タイトル:mRNA vaccination mitigates pathological retinochoroidal neovascularization in animal models
著者:Yasuo Yanagi, Hinako Ichikawa, Le Bui Thao Nguyen, Akimasa Hayashi, Naoko Abe, Hiroshi Abe, Satoshi Uchida
DOI:https://doi.org/10.1016/j.vaccine.2025.127451

【研究者プロフィール】
内田 智士(ウチダ サトシ) Satoshi UCHIDA
東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 先端ナノ医工学分野
研究分野:核酸医薬、薬物送達システム、遺伝子治療、生体材料






柳 靖雄(ヤナギ ヤスオ) Yasuo YANAGI
横浜市立大学大学院医学研究科 視覚再生外科学 客員教授
研究分野:眼科学、加齢黄斑変性



 

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