【横浜市立大学】有毒キノコ スギヒラタケ由来レクチンの立体構造を解明 

横浜市立大学

スギヒラタケ中毒の原因に原子レベルで挑戦

 横浜市立大学大学院生命医科学研究科 ジェレミー・テイム教授、安達大輔さん(2024年度修士課程修了)、石本直偉士助教と、日本大学理工学部 鎌田健一助教(本学客員研究員)らの共同研究グループは、有毒キノコのスギヒラタケ(Pleurocybella porrigens)に含まれるレクチン*1PPLの立体構造を、X線結晶構造解析およびクライオ電子顕微鏡(cryo-EM)単粒子解析*2により解明しました。
 PPLはR型レクチン*3としては初めての六量体(D3対称)構造をとることが判明し、さらに糖鎖GalNAcを特に強く認識する仕組みを原子レベルで明らかにしました。これらの成果は、2004年に多数の死者を出したスギヒラタケ中毒(急性脳症)の原因となる毒性複合体(PPL-PC)の作用機序解明に向けた重要な知見となります。
 本研究成果は、国際誌「Glycobiology」に掲載されました(2025年12月4日オンライン公開)。

研究成果のポイント
  • PPLのX線結晶構造およびクライオ電子顕微鏡構造を決定
  • R型レクチンとして前例のない六量体リング状構造を発見
  • GalNAc認識部位を詳細に解析し、Trp35を中心とした特異的な相互作用を解明
 
図1 今回明らかになった毒キノコ スギヒラタケに含まれるレクチンPPLの立体構造。
各分子間の相互作用を拡大図で示す

研究背景
 レクチンは糖鎖と特異的に結合するタンパク質で、生体防御、感染、細胞間コミュニケーション、細胞増殖制御など、多様な生命現象を担う重要な分子です。なかでもR型レクチンは三つ葉(β-trefoil)構造を特徴とし、動物・植物・菌類など幅広い生物に存在します。しかし、その糖鎖認識の仕組みや、どのように機能化されるのかといった基本原理には、未解明な点が多く残されています。
 スギヒラタケ(Pleurocybella porrigens)は日本各地で食用とされてきたキノコですが、2004 年に急性脳症が多数報告され、現在は毒キノコとして扱われています。毒性メカニズムとして、レクチンPPLが糖タンパク質PCと複合体を形成して血液脳関門*4を破壊し、低分子化合物pleurocybellaziridineが脳内へ移行することで急性脳症を引き起こす可能性が示唆されてきました。しかし、PPL自体の立体構造や糖鎖認識の仕組みは明らかになっておらず、複合体形成の分子基盤も長年不明のままでした。

研究内容
 研究グループは、PPLの立体構造と糖鎖認識機構を原子レベルで明らかにするため、X線結晶構造解析およびクライオ電子顕微鏡単粒子解析を行いました。
 X線結晶構造解析では、GalNAc(N-acetylgalactosamine)と結合したPPLの複合体構造を2.0 Å分解能で決定しました。解析の結果、GalNAcの環構造は Trp35と強いスタッキング相互作用を形成し、さらにAsp20、Asn42、Ser24 など複数の残基との水素結合ネットワークにより高い特異性で認識されることが明らかになりました(図2)。一方、TF抗原や A型抗原のような長い糖鎖は、結合部位周辺の立体障害により結合が妨げられる可能性が示され、PPLが短い糖鎖を選択的に認識する分子基盤が構造的に裏づけられました。さらにクライオ電子顕微鏡単粒子による解析で、PPLはD3の対称性をもつリング状六量体を形成することが明らかとなり、得られた構造はX線結晶構造から構築したモデルと高い一致を示しました(図3a)。このような会合様式は、同じβ-trefoilフォールドを持つレクチンではこれまで報告されておらず、新しい複合体構造であることが判明しました。
 また、溶液中での会合状態についても、分析超遠心法および動的光散乱法の結果から、PPLは六量体に相当する単一の会合体として存在することが確認されました(図3b, c)。これらの結果を総合すると、PPLは溶液中でも安定に六量体を形成することが示され、その構造的特徴が糖鎖認識や毒性複合体形成の基盤となっている可能性が示唆されます。

今後の展開
 今回の研究により、PPLの六量体構造とGalNAc認識機構を原子レベルで明らかにすることができました。しかし、PPLのパートナー分子であり毒性複合体の形成に関与するとされる糖タンパク質PCについては、そのアミノ酸配列や立体構造が依然として不明です。今後は、PPLとPCがどのように相互作用し、血液脳関門を破壊する複合体を形成するのか、引き続き解析を進めていきます。
 さらに、今回明らかになったPPLの特異的な糖鎖認識様式や、R型レクチンとして新規な六量体リング構造は、レクチンの構造多様性や進化を理解するうえでも重要な知見を提供します。得られた構造情報は、人工レクチンの合理的設計や細胞表面糖鎖の検出技術など、糖鎖認識を制御する新たな分子ツールの開発にもつながることが期待されます。
 
図2 PPLと糖鎖GalNAcの結合様式。
六量体を形成するPPLは1分子に1つの糖鎖GalNAcの結合を確認した。Trp35をはじめ、複数の残基との相互作用が観測された
 
図3 PPLの溶液中での会合状態についての解析。
a. クライオ電子顕微鏡により得られた2次元像。六量体を形成していることがわかる。b. 遠心分析法による分子量の確認。86 kDaを示し、14 kDaほどのPPLが溶液中でも六量体であることがわかった。c. 動的光散乱法によるタンパク質サイズの確認。8-10 nmほどのサイズを示しており、明らかとなった構造と概ね一致していた

研究費
 本研究は、科学研究費補助金(23K06190、24K08716)、公益財団法人発酵研究所若手研究者助成(Y-2023-2-046)、J-GlycoNet課題設定(ネットワーク連携)共同研究(25B003)を受けて実施されました。

論文情報
タイトル:Crystal and Cryo-EM structure of PPL, a novel hexameric R-type lectin from the poisonous mushroom Pleurocybella porrigens
著者:Daisuke Adachi, Naito Ishimoto, Kenji Mizutani, Katsuya Takahashi, Reiji Kubota, Haruka Kawabata, Sam-Yong Park, Laurens Vandebroek, Arnout R D Voet, Masao Yamada, Yasuhiro Ozeki, Yuki Fujii, Hideaki Fujita, Jeremy R H Tame*, Kenichi Kamata* (cofirst *correspondence)
掲載雑誌:Glycobiology
DOI:https://doi.org/10.1093/glycob/cwaf082
 





用語説明
*1 レクチン:糖鎖に特異的に結合するタンパク質の総称。免疫応答や細胞間認識など、糖鎖を介した生体反応を制御する分子。

*2 クライオ電子顕微鏡単粒子解析 : クライオ電子顕微鏡と呼ばれる装置を用いて、約-180℃の低温環境下でタンパク質などの試料に電子線を照射して撮影し、得られた粒子像から三次元構造情報を再構成して、分子の立体構造を解析する手法。

*3 R型レクチン:三つ葉状のβ-trefoil構造をもつレクチンファミリーであり、微生物から哺乳類に至るまで多様な生物に存在する。

*4 血液脳関門:血液と脳の組織液の間での物質交換を制限する機構。血液中の有害物質が脳へ侵入するのを防ぎ、必要な栄養素だけを選択的に通過させる。

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