【名古屋大学】緑内障インプラント(マイクロシャント)の術後管理に新知見 ~マイクロシャント露出時は油性眼軟膏の使用を避けるべき~

名古屋大学

【本研究のポイント】 ・油性眼科用軟膏による緑内障注1)インプラント注2)(マイクロシャント注3))膨潤注4)の初報告。 ・臨床・実験の両面からマイクロシャントの膨潤を実証。 ・術後、マイクロシャントが露出している時は、油性眼軟膏の使用を避けることを推奨。 【研究概要】  名古屋大学医学部附属病院の冨田 遼 助教、井岡 大河 病院助教、名古屋大学大学院医学系研究科の結城 賢弥 准教授らの医学系研究グループと、名古屋大学大学院工学研究科の梶田 貴都 研究員、野呂 篤史 講師(未来社会創造機構マテリアルイノベーション研究所および脱炭素社会創造センター兼務)らの工学系研究グループは、共同研究により、眼科において広く使用されるワセリン注5)を基剤注6)とする軟膏が、緑内障手術用インプラント「プリザーフロ® マイクロシャント 緑内障ドレナージシステム」(以下、マイクロシャント)と接触すると、マイクロシャントが膨潤しその形状や硬さが変化することを、臨床例と実験室での評価の双方から初めて明らかにしました。  マイクロシャントは、生体適合性注7)と柔軟性に優れたスチレン系熱可塑性エラストマー注8)の一種である SIBS注9) を素材とする緑内障治療用のろ過インプラントであり、眼圧注10)を下げる目的で世界60カ国以上において使用されています。  今回、本共同研究グループは、ワセリンを基剤とした眼軟膏への曝露後、マイクロシャントが膨潤することを臨床的および実験的証拠から確認しました。この結果から、マイクロシャントを挿入する手術後に結膜注11)からマイクロシャントが露出している場合、ワセリンなどの油性基剤を用いた眼軟膏の使用は避けるのが望ましいと考えられます。  本研究成果は、1854 年創刊でドイツ眼科学会およびイタリア硝子体網膜外科学会の公式ジャーナルである、眼科学分野の国際的学術誌『Graefe's Archive for Clinical and Experimental Ophthalmology』 に2026年 1月 13 日付で掲載され、オープンアクセス論文として公開されました。 【研究背景と内容】  緑内障は、視野が徐々に失われていく病気で、日本では成人の失明(中途失明)原因の第1位となっています(図1)。国内調査では、40歳以上の約5%が緑内障を有すると報告されています。視野障害の進行を抑えるために、眼圧を下げる治療が行われます。基本的にはまず点眼薬による治療から始められますが、十分な効果が得られない場合は手術治療が行われます。  この緑内障手術において、近年世界的に普及しているのが「プリザーフロ® マイクロシャント 緑内障ドレナージシステム」(以下、マイクロシャント)を用いた手術です。マイクロシャントは長さ8.5mm、内径70µm(1µmは1 mmの1000分の1)の微細なチューブ状のインプラントで、これを眼の中に挿入し、眼の中に満たされた水(房水)の排出路を形成させます(図2)。従来の手術と比べて術後の合併症が少なく、追加処置が少なくて済む可能性が報告されており、現在では世界60カ国以上で使用されるなど、緑内障外科治療の有効な選択肢として広く用いられています。  マイクロシャントの素材には、心臓冠動脈に挿入するステント注12)などにも用いられる「SIBS」という特殊なポリマー注13)が採用されています。SIBSは生体適合性が高く、柔軟性に富み、術後の炎症や癒着(瘢痕化(はんこんか)注14))が起こりにくいという特長を持っています。一方で、SIBSには油となじみやすい化学的な特性があります。そのため、製造元が公開している「使用説明書」の警告欄において「マイクロシャントは、ワセリンを基剤とした軟膏や製剤に直接触れさせてはならない」などと明記されています。しかし、こうした注意事項は十分に周知されておらず、臨床現場では必ずしも徹底されていません。 【成果の意義】  本研究では、マイクロシャントを挿入する手術後に、本来マイクロシャントを覆っている結膜が裂けてマイクロシャントが眼の表面に露出した状態において、角膜保護や感染対策として眼科診療で日常的に使用される油性眼軟膏(ワセリンを基剤とした眼軟膏)を使用した場合、マイクロシャントと軟膏が直接接触し、軟膏成分が素材内部に浸透してマイクロシャントが膨潤し、形状や硬さが変化してしまうことが分かりました(図3)。 さらに、術後にマイクロシャントが結膜から露出した状態で眼軟膏を使用した複数の臨床例では、摘出されたマイクロシャントは膨潤しており、正常のものと比較して明らかに太く、手術器具でつかんだ際にヒレ状の部分がちぎれてしまうなど、素材そのものが脆くなっているケースも確認されました。一方で、マイクロシャントの露出と眼軟膏の使用の両方がなかった再手術例では、このような変化はみられませんでした。  この現象を検証するため、実験室において未使用のマイクロシャントを眼軟膏に浸漬させる実験を行いました。その結果、臨床例と同様の膨潤が再現されました。顕微鏡による詳細な計測では、軟膏への接触からわずか24時間で外径は約1.44倍、マイクロシャントのヒレ部分の幅は約1.29倍にまで増加していることが確認されました。さらに化学分析では、浸漬24時間後において全体重量の約45%を軟膏成分が占めるまでに吸収されていることが判明し、軟膏中の油分が素材内部に取り込まれていることが膨潤したことの主な原因であることが明らかになりました。  本結果を踏まえると、マイクロシャントを挿入した眼においてマイクロシャントが結膜(眼の表面の膜)から露出している場合は、ワセリン基剤眼軟膏の使用は避けることが望ましいといえます。また、マイクロシャントで眼の中から結膜(眼の表面の膜)の下に排出された水が、結膜の一部に傷や裂け目があることで結膜外に漏れ出している場合にも、軟膏成分が結膜の下に入り込みマイクロシャントに到達するリスクがあるため、眼軟膏使用は控えることが推奨されます。今回の医学系グループと工学系グループでの共同研究の実施により、患者の症例と実験室での実験の両方においてマイクロシャントの膨潤が実証されたことは、術後トラブルを防ぐうえで重要な知見となります。 【用語説明】 注1) 緑内障: 眼の中の神経が薄くなり、見える範囲(視野)が徐々に欠けていく進行性の病気。日本の失明原因の第1位であり、40歳以上の約5%が罹患していると報告されている。 注2)インプラント: 人工の材料で作られ、体内に埋め込んで使用する医療器具。 注3)マイクロシャント: 正式名称はプリザーフロ® マイクロシャント 緑内障ドレナージシステム。眼圧を下げるために眼内に挿入する細いチューブ状の医療器具。眼の中の水(房水)を眼の外(結膜の下)へ流す通り道を作ることで眼圧を下げることができる。 注4)膨潤(ぼうじゅん): 物質が液体などを吸収して、体積が増加(膨らむ)する現象。 注5)ワセリン: 石油由来の成分(炭化水素類の混合物)を精製して得られる保湿剤。眼科用軟膏(眼軟膏)の基剤として広く使用されている。 注6)基剤: 薬の成分を混ぜ込むベースとなる成分。 注7) 生体適合性: 人工材料を体内に入れた際、拒絶反応や炎症などを起こしにくく、生体組織と調和して安全に機能する性質。 注8)スチレン系熱可塑性エラストマー: プラスチック成分であるポリスチレンとエラストマー成分(ゴム成分)を繋いだポリマー。加熱すると加工でき、冷えると弾性を示し、柔軟性と成形性を兼ね備えている。 注9)SIBS(スチレン-イソブチレン-スチレンブロック共重合体): マイクロシャントの素材となっている熱可塑性エラストマー。体内で劣化しにくく、心臓の冠動脈ステントにも使用されている。柔軟で生体になじみやすい反面、油になじみやすく、油分を取り込みやすい化学的性質を持つ。 注10)眼圧: 眼の中を満たしている水(房水)による圧力。 注11)結膜: 白目の表面を覆う薄い膜。 注12)ステント: 血管や気管などが狭くなったり詰まったりした際に、管の内側から入れて通り道を広げるための医療器具。 注13)ポリマー: 多くの小さな分子(モノマー)がつながってできるひも状の分子(高分子)。プラスチックやゴムなどの素材となる。 注14)瘢痕化(はんこんか): 傷が治る際に、元の正常な組織ではなく、硬い線維性の組織(コラーゲンなど)に置き換わること。 【論文情報】 雑誌名: Graefe's Archive for Clinical and Experimental Ophthalmology 論文タイトル: Petrolatum-based ointment application induces swelling of the PRESERFLO MicroShunt 著者: 冨田 遼(名古屋大学医学部附属病院 助教)、井岡 大河(名古屋大学医学部附属病院 病院助教)、梶田 貴都(名古屋大学大学院工学研究科 研究員)、清水 英幸(名古屋大学医学部附属病院 助教)、鈴村 文那(名古屋大学医学部附属病院 病院助教)、武内 潤(名古屋大学医学部附属病院 病院助教)、松野 剛之(名古屋大学大学院医学系研究科 大学院生)、稲見 英和(名古屋大学大学院医学系研究科 大学院生)、西口 康二(名古屋大学大学院医学系研究科 教授)、野呂篤史(名古屋大学大学院工学研究科及び未来社会創造機構 講師)、結城 賢弥(名古屋大学大学院医学系研究科 准教授)                  DOI: 10.1007/s00417-025-07075-2 URL: https://link.springer.com/article/10.1007/s00417-025-07075-2 ▼本件に関する問い合わせ先 名古屋大学総務部広報課 TEL:052-558-9735 FAX:052-788-6272 メール:nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp  【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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