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【本研究のポイント】
・微生物の生合成機構注1)を理解・再設計し、「改造しやすい非天然型天然物」を作らせた後に必要部分のみを化学修飾する新手法「ケム・バイオハイブリッド合成注2)」を確立し、天然物創薬の新しい枠組みを提示した。
・本手法により、赤痢アメーバに高活性だが肝臓内で速やかに分解されてしまう天然物「オバリシン注3)」を「分解されにくく安全性の高い」化合物群へ改良した。
・最終的に得られた2種の化合物が、ハムスター赤痢アメーバ肝膿瘍モデルにおいて、皮下注射および経口投与の両方で高い治療効果を示し、病変を消失させた。
【研究概要】
名古屋大学大学院生命農学研究科の恒松 雄太 准教授らは、国立健康危機管理研究機構、静岡県立大学、東京大学、名古屋工業大学との共同研究により、微生物を利用した新しい創薬手法「ケム・バイオハイブリッド合成」を確立し、赤痢アメーバ症に対する有望な治療薬候補の創出に成功しました。
赤痢アメーバ症は、発展途上国を中心に多くの患者が報告されている原虫感染症であり、重症化すると命に関わることもあります。有効な治療薬はいくつか知られているものの、副作用や薬剤耐性といった課題が指摘されてきました。本研究グループは、赤痢アメーバに対して非常に高い活性を示す天然物「オバリシン」に着目しました。しかし、この化合物は体内で速やかに分解されてしまうため、薬として使うことが難しいという問題がありました。そこで研究グループは、微生物のオバリシン生合成機構を解明したうえで設計し直し、化学的に改変しやすい非天然型の天然物を微生物に大量に作らせるという新しいアプローチを採用しました。
さらに、得られた化合物に対して必要な部分だけを化学的に修飾することで、「よく効き、分解されにくく、安全性の高い」化合物の開発を進めました。その結果、YOK24およびNS-181という2種の化合物が、ハムスターへの皮下注射および経口投与の両方で高い治療効果を示し、病変を消失させることを確認しました。
本研究は、これまで「効くが薬にならない」とされてきた天然物を、治療薬として実際に使える形へと作り替える新しい創薬の考え方を示すものです。今回確立した手法は、赤痢アメーバ症にとどまらず、さまざまな感染症や難治性疾患に対する新薬開発へと応用できることが期待されます。
本研究成果は、2026年2月3日付米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版に掲載されました。
【研究背景と内容】
天然有機化合物(天然物注4))は微生物や植物が作り出す低分子有機化合物であり、抗生物質や抗がん剤など多くの医薬品開発の源となっています。一方で近年の天然物創薬では、「新しい有用化合物が見つかりにくい」「見つかっても薬としての性質が不十分で実用化に至らない」といった理由から、製薬企業が開発事業を断念する例も少なくありません。特に、構造が複雑な天然物ほど化学合成や改変が難しく、活性は高くても体内で分解されやすい、毒性が出るなどの課題を抱えることが多々見受けられます。こうした壁を越えるには、天然物の「薬効を示す」という強みを保ったまま、体内で安定に働き、副作用が少ない薬の形へと作り替える技術が求められています。
赤痢アメーバ症は、寄生性の赤痢アメーバ原虫Entamoeba histolyticaによって引き起こされる感染症であり、世界では年間約5000万人の患者が報告されています。腸に感染したアメーバが肝臓や脳へ広がると重症化し、命に関わることもあります。この赤痢アメーバの生存には、タンパク質の成熟化に関わる酵素メチオニンアミノペプチダーゼ2(MetAP2注5))が重要であり、治療標的として注目されてきました。MetAP2を阻害する化合物としてはカビの一種が生産する天然物「フマギリン注3)」が知られ、過去には抗赤痢アメーバ剤のみならず、抗がん薬や抗肥満薬として開発が試みられましたが、副作用などの問題から実用化には至りませんでした(図1.)。構造的に近縁なオバリシンも同じくMetAP2を標的とし、赤痢アメーバに対して特に高い効果を示しますが、これまで「効くことは分かっているのに、薬として成立しにくい」天然物の一つでした。
図1. 天然物フマギリンを用いた半合成法による過去の医薬品開発
本研究グループは、オバリシンの課題がどこにあるのかを検証し、体内投与後に肝臓の代謝酵素によって速やかに分解されることが、治療効果を制限する主要因であることを明らかにしました(毒性学・薬物代謝学研究者の志津怜太准教授との共同研究)。つまり、オバリシンは「効く」のに、体内で「維持できない」ために薬になりにくい──この「天然物創薬の典型的な壁」が、ここにありました。
そこで本研究では、発想を転換し、天然物ができあがった後に化学的改変を加える従来の半合成法注6)だけに頼るのではなく、微生物が天然物を作る仕組み(生合成機構)そのものを理解し、設計し直すという合成生物学注7)的アプローチを取りました。具体的には、組換え微生物に、後から化学的に改造しやすい「部分構造(二級水酸基)」をあらかじめ組み込んだ非天然型の天然物を作らせ、そこから必要な部分だけを化学的に書き換える新手法「ケム・バイオハイブリッド合成」を確立しました(図2.)。これにより、複雑天然物の効き目を損なわずに、薬として重要な性質(体内安定性や安全性)を狙って改善することが可能になりました。
図2 ケム・バイオハイブリッド合成による医薬品開発
この手法を用いて、研究グループは約30種類の改良版化合物を体系的に設計・合成し、赤痢アメーバに対する高い薬効を維持しながら、動物体内で分解されにくく、毒性が低い候補群を絞り込みました(有機合成化学者の住井裕司准教授との共同研究, 図3.)。さらに、その中から最適化した2種の化合物YOK24 (合成した学生Yuki Okuraより命名)およびNS-181について動物実験を行った結果、ハムスターの赤痢アメーバ肝膿瘍モデルにおいて、皮下注射および経口投与のいずれでも高い治療効果を示し、病変が消失することを確認しました(寄生虫学・生物医化学者の野崎智義教授、中野由美子博士との共同研究, 図4.)。
図 3 開発化合物YOK24は肝臓における薬物代謝反応に抵抗性を示す
図4 開発品YOK24, NS-181は皮下投与・経口投与いずれでも赤痢アメーバ治療効果を示す
本研究は、微生物の生合成能力と化学合成の自由度を組み合わせることで、「効くのに薬にならない」とされてきた天然物を、治療薬開発に適した形へと作り替えられることを示したものです。赤痢アメーバ症に対する治療薬候補の創出にとどまらず、複雑天然物を「創薬仕様に再設計する」ための汎用的な考え方と技術基盤として、今後さまざまな感染症や難治性疾患の創薬へ応用できることが期待されます。
【成果の意義】
本研究は、多分野連携を通じて赤痢アメーバ症に対して高い活性を示す一方で「体内で分解されやすく薬になりにくい」という天然物の弱点を克服し、治療薬候補の創出につなげた点に大きな意義があります。さらに、合成生物学による生合成経路改変と、狙った位置だけを化学的に修飾する手法を統合した「ケム・バイオハイブリッド合成」を確立したことで、これまで創薬が困難とされてきた複雑天然物を「治療薬として使える形」へと再設計するための汎用的な道筋を示しました。本手法による、他の感染症や難治性疾患を含む幅広い創薬への展開が期待されます。また今回、動物モデルにおいて皮下投与および経口投与の両方で有効性が確認されたことは、実用化に向けた重要な一歩であります。開発したMetAP2阻害剤は類似化合物が過去に抗がん剤や抗肥満薬として製薬会社で臨床開発された経緯があることから、赤痢アメーバのみならずこれら疾患治療への適応も期待されます。
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構・新興・再興感染症研究基盤創生事業(多分野融合研究領域)「複雑性創出型化学/生物ハイブリッド合成に基づく赤痢アメーバ治療薬創製(2020-2023)」「ケム・バイオハイブリッド合成を鍵技術とした多分野連携型赤痢アメーバ治療薬開発(2023-2026)」の支援のもとで行われたものです。
【関連する出願特許】
1. 出願人:国立大学法人東海国立大学機構,
発明者: 恒松雄太,
オバリシン型非天然物を産生する改変細胞,
出願日:2023年8月18日
出願番号: 2023-133681
2. 出願人: 国立大学法人東海国立大学機構, 国立大学法人東京大学, 静岡県公立大学法人, 国立大学法人名古屋工業大学
発明者: 恒松雄太, 野崎智義, 森美穂子, 中野由美子, 志津怜太, 柴田哲男, 住井裕司
抗赤痢アメーバ活性を有する化合物,
国内出願日:2023年8月18日, 出願番号: 2023-133682
PCT出願, 出願日:2024年08月16日, 出願番号: PCT/JP2024/029163
(本技術内容についてのJST新技術説明会のYouTube動画:
https://www.youtube.com/watch?v=j6js5Y8cvyI )
・MetAP2阻害剤をもとにした感染症、抗がん剤、抗肥満薬等の薬剤開発に関わる連携先企業を募集しています。
【用語説明】
注1)生合成機構(生合成経路):
微生物など生物が酵素を用いて段階的に天然物を作り出す仕組み。遺伝子レベルで制御されており、遺伝子改変することで天然物の構造を意図的に作り変えることができる。
注2)ケム・バイオハイブリッド合成:
微生物による生合成(バイオ)と、狙った部位のみを化学的に修飾する有機合成(ケム)を組み合わせた新しい物質創製手法。複雑な天然物の活性を保ちながら、医薬品として重要な性質を効率的に改良できる。
注3)オバリシン/フマギリン:
それぞれ別のカビが生産する天然物で、MetAP2を強力に阻害する作用をもつ。赤痢アメーバに高い効果を示す一方、体内で分解されやすいことや副作用の問題から、これまで実用化には至っていなかった。
注4)天然有機化合物(天然物)
微生物や植物などの生物が体内で作り出す低分子化合物。抗生物質や抗がん剤など、多くの医薬品の起点となってきたが、そのままでは体内安定性や安全性に課題がある場合もあり、改良が必要なケースがある。
注5)メチオニンアミノペプチダーゼ2(MetAP2)
リボソームで新生したタンパク質の開始メチオニン残基を除去する酵素であり、ある種のタンパク質の機能成熟化に重要な働きをする。ヒトにはアイソザイムMetAP1が存在し、類似な働きを行っている。そのため、ヒトにおいてはMetAP1とMetAP2の同時阻害が致死的(合成致死)となる一方、赤痢アメーバはMetAP2のみしか保有しないため、MetAP2阻害剤に対して高い感受性(薬効)を示す。
注6)半合成:
天然物を出発物質として、後から化学的修飾を加える医薬品開発手法。複雑な構造をもつ天然物では、改変可能な部位が限られるという課題があった。
注7)合成生物学:
生物の遺伝子や代謝経路を部品のように設計・組み換え、新しい機能や物質生産を実現する研究分野。本研究では、天然物を作る微生物の生合成経路を再設計するために用いられた。
【論文情報】
雑誌名: Journal of the American Chemical Society (米国化学会誌)
論文タイトル: Chem–Bio Hybrid Synthesis Enables Reengineering of Natural Product-Based Methionine Aminopeptidase 2 Inhibitors for Treating Amebiasis
著者: 大倉優輝(名古屋大学)、中野由美子(国立健康危機管理研究機構)、Andrii Balia(名古屋工業大学)、Nurul Syahmin Binti Suhaimi(名古屋工業大学)、安藤知佳(名古屋大学)、緒方南海子(静岡県立大学)、池田朋奈(名古屋大学)、佐藤拓海(静岡県立大学)、加納圭子(名古屋大学)、三城恵美(名古屋大学)、北将樹(名古屋大学)、三好規之(静岡県立大学)、渡辺賢二(静岡県立大学)、吉成浩一(静岡県立大学)、柴田哲男(名古屋工業大学)、森美穂子(東京農工大学)、小林正規(国立健康危機管理研究機構)、住井裕司(名古屋工業大学)、志津怜太(静岡県立大学)、野崎智義(東京大学)、恒松雄太(名古屋大学)
DOI: 10.1021/jacs.5c18554
URL:
https://doi.org/10.1021/jacs.5c18554
▼本件に関する問い合わせ先
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メール:nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
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