【横浜市立大学】ケタミンがうつ症状を改善する仕組みを解明

横浜市立大学

-ヒト脳内AMPA受容体の変化を可視化-

 横浜市立大学大学院医学研究科生理学の高橋琢哉教授、中島和希講師らの研究グループは、慶應義塾大学らとの共同研究により、脳の機能を主要に担うAMPA受容体*1を標識する陽電子断層撮影 (Positron Emission Tomography: PET)*2用トレーサー ([¹¹C]K-2)を用いて、治療抵抗性うつ病 (Treatment resistant depression: TRD)の患者におけるケタミン*3治療の抗うつ効果が、ヒト脳内AMPA受容体の動態変化によって媒介されていることを明らかにしました。
 本研究では、TRD患者におけるケタミン治療前後のAMPA受容体分布をPETにより縦断的に撮像し、治療前TRD患者のAMPA受容体分布異常や、ケタミン投与によるうつ症状の改善と特定の脳領域におけるAMPA受容体密度の変化が有意に相関することを見出しました。さらに、TRD患者において変化していたAMPA受容体分布の一部が、ケタミン投与後に正常化する方向へ変化することも示されました。本研究の成果は、動物実験で提唱されていた分子メカニズムを実際にヒト脳内で初めて明らかにした知見であり、治療抵抗性うつ病およびケタミンの抗うつ効果の生物学的基盤の理解を深め、新たな治療法の開発や[¹¹C]K-2を用いた個別化医療への応用が期待されます。
 本研究成果は、「Molecular Psychiatry」誌に掲載されました(日本時間2026年3月5日午前10時公開)。

研究成果のポイント
  • 治療抵抗性うつ病患者のAMPA受容体分布異常をヒト脳で明らかにした
  • ケタミン投与による症状改善度とAMPA受容体密度変化が相関する脳領域を同定した
  •  [¹¹C]K-2 PET画像は治療効果を予測・評価するバイオマーカーになり得る

研究背景
 うつ病は生涯有病率が高く、社会的・経済的影響も大きな疾患です。その中でも、約3割の患者は既存の抗うつ薬に十分な効果を示さず、「治療抵抗性うつ病(TRD)」と呼ばれており、病態解明や治療法開発が強く求められています。有望な治療法の一つとして、低用量のケタミン投与が、TRD患者に対して速効性の抗うつ効果を示すことが報告され、世界的に注目されています。しかし、その分子メカニズムは主に動物実験で示されてきたものであり、ヒトの脳内で実際にどのような変化が起きているのかは不明でした。
 AMPA受容体は、脳内で最も重要な興奮性神経伝達を担う受容体であり、認知や運動機能など様々な脳機能に深く関与しています。本研究グループはこれまでに、神経細胞膜表面のAMPA受容体をヒト生体脳で可視化できるPETトレーサー [¹¹C]K-2 を開発しました(Miyazaki et al., 2020, Arisawa et al., 2021)。うつ病、双極性障害、統合失調症、自閉症スペクトラム障害患者を対象に[¹¹C]K-2 PET画像を撮像し、各疾患のAMPA受容体分布異常を明らかにしました(Hatano et al., 2025)。本研究では、TRD患者のAMPA受容体分布を明らかにし、さらにケタミンの作用機序をヒト生体脳で検証しました。

研究内容
 本研究では、治療抵抗性うつ病患者34名を対象に、ケタミンまたはプラセボを投与する前後で、AMPA受容体を標識するPETトレーサー [¹¹C]K-2 を用いた撮像を実施しました。得られた画像から、ケタミン治療前のTRD患者においてAMPA受容体密度とうつ症状の重症度(MADRSスコア)が相関を示す脳領域、および健常者とTRD患者間のAMPA受容体分布の違いを検討しました。また、ケタミン治療前後の治療改善度とAMPA受容体密度変化に相関を示す脳領域を検討しました。
 その結果、TRD患者では前頭葉、頭頂葉、後頭葉、小脳などの広範な大脳皮質領域において、うつ症状が重いほどAMPA受容体密度が低下していることが明らかになりました。また、健常者と比較すると、TRD患者では広範囲の大脳皮質領域においてAMPA受容体密度が高値を示し、島皮質後部、基底核、小脳などで低値を示すAMPA受容体分布異常が認められました。
 さらに重要なことに、ケタミン治療後にうつ症状が改善した患者ほど、頭頂葉、後頭葉、帯状回などでAMPA受容体密度が増加していました。一方、報酬や意欲の制御に関与する外側手綱核や淡蒼球などでは、AMPA受容体密度の低下が症状改善と相関していました。これらの変化領域の一部は、TRD患者でみられるAMPA受容体分布異常を示す領域と重複していたことから(図1,2)、ケタミン投与により、異常なAMPA受容体分布の一部が「正常化」する方向に変化することが示されました。
 
図1 TRD患者におけるAMPA受容体密度が低い領域(左、青)、ケタミン投与後のうつ症状の改善度とAMPA受容体密度変化の正の相関領域(右、オレンジ)および両者の重複領域(下、緑及び白円)
 
図2 TRD患者におけるAMPA受容体密度が高い領域(左、オレンジ)、ケタミン投与後のうつ症状の改善度とAMPA受容体密度変化の負の相関領域(右、青)および両者の重複領域(下、緑及び白円)

 また、治療前のAMPA受容体分布が、ケタミンの治療反応性を予測することも明らかになり(図3)、[¹¹C]K-2が治療反応性バイオマーカーとして機能する可能性が示されました。
 
図3 ケタミン治療前のTRD患者のAMPA受容体PET画像とケタミン投与後のうつ症状の改善度との正(オレンジ)・負(青)の相関領域

今後の展開
 本研究により、ケタミンの抗うつ効果がヒト脳内AMPA受容体の動態変化によって媒介されていることが分子レベルで示されました。今後は、この知見を基に、新規抗うつ薬の開発や、[¹¹C]K-2を用いた個別化医療(どの患者にケタミンが効くかを事前に予測する医療)への応用が期待されます。

研究費
 本研究は、文部科学省「イノベーションシステム整備事業 先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム」(No. 42890001)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム・臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患の克服(融合脳)「AMPA受容体標識PETプローブを用いた精神神経疾患横断的新規診断治療法の開発(研究代表者:高橋琢哉)」、脳神経科学統合プログラム(脳統合)「AMPA受容体PETイメージングに基づいた認知症病態回路の解明(研究代表者:高橋琢哉)」、脳と心の研究推進プログラム・革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(革新脳)「脳血管障害とパーキンソン病における脳神経障害とその機能回復に関わるトランスレータブル脳・行動指標の開発」、「神経変性疾患のタンパク凝集・伝播病態と回路障害の分子イメージング研究」、革新的先端研究開発支援事業ソロタイプ(PRIME)「性差・個人差の機構解明と予測技術の創出」領域「更年期の個人差に基づく脳内AMPA受容体動態の評価と更年期障害診断支援技術の構築(研究代表者:波多野真依)」、JSPS科研費(20H00549, JP20H05922, 23K10432, 19H03587, 20K20603, 22H03001, 22K15793, , 21K07508)、武田科学財団助成金、慶應義塾次世代研究プロジェクト推進プログラム、公益財団法人先進医薬研究振興財団、公益財団法人臨床薬理研究振興財団の支援を受けて実施されました。

論文情報
タイトル:The dynamics of AMPA receptors underlies the efficacy of ketamine in treatment resistant patients with depression
著者:Waki Nakajima, Mai Hatano, Yohei Ohtani, Hideaki Tani, Taisuke Yatomi, Shohei Tsuchimoto, Yu Fujimoto, Tsuyoshi Eiro, Sadamitsu Ichijo, Kotaro Nakano, Tetsu Arisawa, Yuuki Takada, Kimito Kimura, Hiroki Abe, Akane Sano, Kie Nomoto-Takahashi, Kengo Yonezawa, Sota Tomiyama, Nobuhiro Nagai, Keisuke Kusudo, Shiori Honda, Sotaro Moriyama, Shinichiro Nakajima, Takashige Yamada, Yu Iwabuchi, Masahiro Jinzaki, Kimio Yoshimura, Shariful A. Syed, Sakiko Tsugawa, Hiroyuki Uchida, and Takuya Takahashi
掲載雑誌:Molecular Psychiatry
DOI:https://doi.org/10.1038/s41380-026-03510-w

共同研究者
慶應義塾大学 医学部 精神・神経科学教室 内田裕之 教授 他
 





用語説明
*1 AMPA(α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionic acid)受容体:脳内の情報処理の中心的な役割を担う神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体の一つ。AMPA受容体はシナプス膜上にイオンチャネルを形成しており、グルタミン酸がAMPA受容体に結合すると、細胞内に陽イオンが流入し、次の神経細胞に情報が伝えられる。シナプス膜上のAMPA受容体の数が増えると神経細胞の応答(シナプス応答)はさらに増強する。このようなシナプス応答の変化は、記憶や学習をはじめとした脳内の情報処理の中心的なメカニズムであることが知られている。

*2 陽電子断層撮影(Positron Emission Tomography :PET):放射性物質で標識した化合物(トレーサー)を静脈内投与し、その分布を画像化することで、生体内の分子の動きを可視化する画像診断技術。

*3 ケタミン:麻酔薬として薬事承認されている薬剤。欧米を中心として、多くの研究において治療抵抗性うつ病患者に対する低用量のケタミンの有効性が示されている(ただし、規制上抗うつ薬としての承認は受けていない)。本邦においては、慶應義塾大学が治療抵抗性うつ病患者を対象とし、特定臨床研究として実施したプラセボ対照二重盲検無作為化比較試験においてケタミンの抗うつ効果が示された(Ohtani et al., Psychiatry Clin Neurosci 2024)。本研究はこの試験に基づいて実施された画像研究。

参考文献
Miyazaki T, Nakajima W, Hatano M, Shibata Y, Kuroki Y, Arisawa T et al. Visualization of AMPA receptors in living human brain with positron emission tomography. Nat Med 2020.
https://doi.org/10.1038/s41591-019-0723-9

Arisawa T, Miyazaki T, Ota W, Sano A, Suyama K, Takada Y et al. [¹¹C]K-2 image with positron emission tomography represents cell surface AMPA receptors. Neurosci Res 2021
https://doi.org/10.1016/j.neures.2021.05.009

Hatano M, Nakajima W, Tani H, Uchida H, Miyazaki T, Arisawa T et al. Characterization of patients with major psychiatric disorders with AMPA receptor positron emission tomography. Mol Psychiatry 2025.
https://doi.org/10.1038/s41380-024-02785-1

Ohtani Y, Tani H, Nomoto-Takahashi K, Yatomi T, Yonezawa K, Tomiyama S et al. Efficacy and safety of intravenous ketamine treatment in Japanese patients with treatment-resistant depression: A double-blind, randomized, placebo-controlled trial. Psychiatry Clin Neurosci 2024.
https://doi.org/10.1111/pcn.13734

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