先天性心疾患の女性の出産に関する調査について死亡や合併症が発生していないことが明らかに

横浜市立大学

 横浜市立大学附属病院循環器内科 仁田 学医師(本学大学院データサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス専攻在籍)、同大学院データサイエンス研究科 金子 惇講師らの研究グループは、診断群分類(Diagnosis Procedure Combination: DPC)データベース*1を利用した解析により、2017年4月から2018年3月までの1年間に国内の急性期病院に入院し、出産した先天性心疾患の女性について、入院中の死亡例はなく、大きな心臓合併症も起きていない事を明らかにしました。出産を希望する先天性心疾患の女性が、専門医・専門病院による適切な妊娠カウンセリング、妊娠・周産期管理を受けて、安心して妊娠・出産に臨むことができる社会構築の一助となる研究結果といえます。今後の研究により、先天性心疾患のために妊娠・出産へ到達する事のできない女性の実態を明らかにすることで、そこに内在する課題が1つずつ解決されていく事が望まれます。
 本研究成果は、BMC Cardiovascular Disordersにオンライン掲載されました。(日本時間2021年8月28日)

研究成果のポイント
  • 入院患者ビッグデータを用いた解析により、2017年度に急性期病院で出産した先天性心疾患女性249例を同定し分析を行った。
  • そのうちの約100例は中等度から高度の複雑心奇形を有する女性であった。
  • 適切な患者選択*2と妊娠中から周産期にかけての管理により、入院中の死亡や心臓合併症の発生を回避することが可能であることが判明した。
研究背景
 医療の進歩に伴い、かつて救命することが困難であった、多くの先天性心疾患児
*3が助かるようになっています。現在では先天性心疾患児の9割以上が成人期に到達すると考えられています。こうした患者は成人先天性心疾患と呼ばれます。成人先天性心疾患の患者数は増加する一方で、専門医や専門医療機関が十分に整備されていないという問題を内在しています。さらに、成人期に到達した女性の場合、安全に妊娠・出産することが可能かどうかという問題に遭遇します。健常な女性であっても妊娠中の循環血液量の増加や、出産時の陣痛やいきみにより心臓への負荷が高まります。先天性心疾患を有する女性の場合には、健常女性と比べ心臓の予備能力が低下しているため、妊娠・出産に際しては、心不全*4や不整脈*5、血栓塞栓症を発症させる、あるいは増悪させる危険が高いといえます。これまで、国内ではいくつかの施設から先天性心疾患を有する女性の妊娠や出産に際しての有害事象について報告がなされてきました。しかし、それらはいずれも少数施設の少数例を対象としたものであり、国内全体を網羅するような調査はされていませんでした。そこで、我々は国内の急性期病院の大部分を網羅するデータベースを用いて、出産のために急性期病院に入院した先天性心疾患を有する女性の有害事象を調査しました。

研究内容 
 診断群分類(Diagnosis Procedure Combination: DPC)データベースを利用して2017年4月から2018年3月までの1年間に国内急性期病院に入院し出産した先天性心疾患を持つ女性を同定し、データを解析したところ、出産に際しての入院中に死亡例はなく、大きな心臓合併症(補助人工心肺*6や大動脈内バルーンポンプ*7を使用するような心不全・循環不全、電気的除細動やペースメーカ、静注抗不整脈薬を要する不整脈 )は起きていない事が明らかとなりました。対象となった先天性心疾患女性は249例で、先天性心疾患の複雑度が中等症〜重症に分類される女性が約40%を占めます(図1)。
 先天性心疾患の複雑度が高くなるに従い、大学病院で出産する女性の割合が高く、先天性心疾患の複雑度が重症に分類される女性の72%が大学病院で出産している事がデータの分析で判明しました(図2)。また、先天性心疾患の複雑度が高くなるに従い、入院日数が長期化する事も示されました(図3)。

今後の展開
 本研究は、国内専門病院により適切な患者選択がなされ、妊娠・周産期を通じて適切な管理が行われた事を示すものであり、先天性心疾患女性が妊娠を希望する場合には、妊娠前から専門医・専門施設へコンサルトすることの重要性が示唆されます。本研究で検討することができたのは、急性期病院へ入院した女性のみとなり、将来的には全ての先天性心疾患女性の妊娠・出産に関する実態を明らかにする分析を行いたいと考えています。
 さらに、本研究では出産まで辿り着く事の出来た女性のみを対象としており、心疾患のために妊娠を断念したり、中絶を余儀なくされたり、あるいは流産となった女性の実態については評価できておらず、今後の研究課題と考えています。
 なお、本研究は本学附属病院の現役医師が、本学のデータサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス専攻に入学し、データサイエンスを学ぶことで、医療現場の課題に対して、データからのアプローチとして解析を行ったことによる研究成果です。

論文情報
タイトル: Outcomes of women with congenital heart disease admitted to acute-care hospitals for delivery in Japan: a retrospective cohort study using nationwide Japanese diagnosis procedure combination database
著者: 仁田 学、清水 沙友里、金子 惇、伏見 清秀、植田 真一郎
掲載雑誌: BMC Cardiovascular Disorders
DOI: https://doi.org/10.1186/s12872-021-02222-z

[参考]
用語説明

*1診断群分類DPC(Diagnosis Procedure Combination)データベース:全国の急性期医療機関から収集された入院患者情報のデータベースで、年間700万を超える症例が登録され、診療報酬明細データとともに、診断や治療方法、入院期間、退院状況など、様々な情報が含まれる。
*2患者選択:妊娠・出産のリスクが高く、妊娠の禁忌に該当する女性に対しては避妊指導を行ったり、妊娠した場合には、その継続を断念して頂き、母体を危険に晒さないよう働きかけたりすること。
*3 先天性心疾患:胎児期に心臓の発達・形成での障害のために生じる心疾患。単純な心奇形から複雑心奇形まで多数の疾患が存在する。
*4 心不全:心臓の機能が低下することで、十分な血液量を全身に供給できない状態。症状として動悸、息切れ、呼吸困難、むくみ、疲れやすさなどがある。
*5 不整脈:心拍が正常でない状態。心拍数が異常に速くなる頻脈性不整脈と異常に遅くなる徐脈性不整脈とに大別される。
*6 補助人工心肺:心臓や肺の機能が高度に低下した場合に、全身への血液・酸素供給を肩代わりするために使用する機器。重症化したCovid-19患者に対して使用されることで世間に知られるようになったECMO(エクモ)に該当。
*7大動脈内バルーンポンプ:心臓に対する負担を軽減させる目的で心臓の動きに同期させて大動脈内で収縮・拡張させる風船。

参考文献
1.Shiina Y, Toyoda T, Kawasoe Y, Tateno S, Shirai T, Wakisaka Y, et al. Prevalence of adult patients with congenital heart disease in Japan. Int J Cardiol. 2011;146(1):13-6.
2.Nitta M, Ochiai R, Nakano S, Nakashima R, Matsumoto K, Sugano T, et al. Characteristics of patients with adult congenital heart disease treated by non-specialized doctors: The potential loss of follow-up. J Cardiol. 2021;77(1):17-22.
3.Robson SC, Hunter S, Boys RJ, Dunlop W. Serial study of factors influencing changes in cardiac output during human pregnancy. Am J Physiol. 1989;256(4 Pt 2):H1060-5.
4.Takatsuki S, Furutani Y, Inai K, Kobayashi T, Inuzuka R, Uyeda T, et al. Pregnancy and Delivery in Patients With Repaired Congenital Heart Disease ― A Retrospective Japanese Multicenter Study ―. Circulation Journal. 2020;84(12):2270-4.



 



 

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