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京都大学・神奈川工科大学・国立遺伝学研究所の研究グループは、数学と生物実験の融合研究により、体内の細胞配列を決定する新たな要素として、卵殻内で細胞が存在しない「空き空間」の重要性を解明しました。
李聖林 京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)教授、山本一徳 神奈川工科大学助教、木村暁 国立遺伝学研究所教授らは、数学と生物実験の融合研究により、体内における細胞の配列を決定づける新たな要素として、卵殻内で細胞が存在しない「空き空間」(Extra-embryonic Space、以下ES) の重要性を明らかにしました。水墨画において「余白の美」が大切なように、細胞も「余白があるからこそ動きがある」のです。
細胞同士がどのような隣接関係にあるか、という細胞の配列は、ヒトを含む多細胞生物の初期発生において非常に重要です。隣り合う細胞同士の適切なコミュニケーションによって、その後どの組織や器官になるかという役割分担(細胞運命)が決定されるためです。この細胞の配列を正確に決定する機構には、細胞間の接着作用、細胞分裂の方向、そして卵殻など周囲の構造による幾何学的制約が知られています。こうした機構を明らかにすることは、上記の細胞運命決定プロセスの解明につながる、極めて重要な発生生物学上の課題です。従来の研究では、分子生物学的なアプローチから、細胞の接着と細胞分裂の方向については知見が蓄積されてきました。しかし、幾何学的な制約が果たす役割については、効果的な研究手法が乏しく、理解が進んでいませんでした。
本研究では、生物学的なモデルとして、単純かつ多様な細胞配列を見せる、線虫Caenorhabditis elegansの4細胞期胚を用いました。幾何学的な制約を柔軟に定義できるフェーズフィールド法を応用して、この線虫胚の卵殻と個々の細胞の形を詳細に記述できる数理モデル(Cell morphology model)を開発しました。この数理モデルでシミュレーションを行った結果、4細胞期線虫胚の4種類の細胞配列(ひし形・T字型・直線型・逆T字型)を全て再現することができました。さらに、卵殻内に存在する空洞、すなわち細胞の存在しない空き空間(ES)が、細胞配列の決定に極めて重要な影響を及ぼすことを発見しました。そこで、線虫胚を用いた生物学的実験において、ESの量を変化させたところ、上記4種類の細胞配列を再現することが出来ました。また、卵殻のイメージングデータから、楕円形やカプセル型など、実際の卵殻の形を数理モデルに組み込む手法を開発し、卵殻の微妙な形状の違いが、異なる配列を生み出すことも発見しました。以上の成果は、数学と生物実験を融合したアプローチによって初めて生み出された、全く新しい生命科学の知見といえます。
本研究で得られた「幾何学的制約が細胞配列の決定に重要である」というコンセプトは、他の発生時期、ヒトを含む他の生物種、卵殻以外の他の組織内の空間的制約にも適用できると考えられます。その際は、本研究で開発したCell morphology modelを駆使して生物実験との比較を行う研究戦略が有用です。本研究は、人工的な細胞分化の制御を目的とした幹細胞研究やオルガノイド研究に、幾何学的制約という視点を導入する理論的基盤ともなり得ます。本研究を応用することにより、幾何学的制約が細胞配列に果たす様々な役割が、次々と明らかにされていくことが期待されます。
▼本件に関する問い合わせ先
京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
リサーチ・アクセラレーション・ユニット(広報担当:清水智樹 特定講師)
Tel:075-753-9878 E-mail:ashbi-pr@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
神奈川工科大学 研究推進機構(担当:井藤)
Tel:046-291-3299 E-mail: ito.haruhisa@cco.kanagfawa-it.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/