【弘前大学】糖尿病性神経障害の新規発症機序の解明について~未だ根治的治療法がない糖尿病性神経障害の新規治療法の確立に期待~ 弘前大学 2022年12月09日 20:05 弘前大学(青森県弘前市)大学院医学研究科 分子病態病理学講座(遲野井 祥 助教、水上 浩哉 教授)を中心とする国内多機関共同研究グループは、モデルマウスとライブイメージング技術を用いて糖尿病性神経障害における新規発症、進展機序を解明しました。本研究成果は、未だ根治的治療法がない糖尿病性神経障害に対して、マクロファージのRAGEを抑制することによる新規治療法の確立につながることが期待されています。 この研究成果は、2022年12月9日付で米国の科学誌「JCI insight」誌に掲載されました。 【本研究のポイント】 ・弘前大学大学院医学研究科分子病態病理学講座(遲野井 祥 助教、水上 浩哉 教授)を中心とする国内多機関共同研究グループは、モデルマウスとライブイメージング技術を用いて糖尿病性神経障害における新規発症、進展機序を解明しました。 ・脂肪組織におけるインスリン抵抗性(注1)は糖尿病の原因のひとつです。インスリン抵抗性は全身のさまざまな臓器でおきますが、糖尿病性神経障害における末梢神経のインスリン抵抗性の意義は今まで不明でした。 本研究において糖尿病性神経障害では終末糖化産物(注2)の受容体(注3)であるRAGE(注4)の活性化により炎症細胞であるマクロファージ(注5)が催炎症性性質(M1)に分化して末梢神経でインスリン抵抗性を引き起こし、その結果、神経細胞の神経突起における末梢から細胞体への物質輸送が抑制され、糖尿病性神経障害が発症、進展することが解明されました。 ・糖尿病性神経障害は糖尿病合併症の中でも最も頻度が高く、早期に発症し、最悪の場合、足の切断が必要になります。 本研究成果は、未だ根治的治療法がない糖尿病性神経障害に対して、マクロファージのRAGEを抑制することによる新規治療法の確立につながることが期待され、糖尿病患者のQOLや予後の改善や医療経済負担の削減につながります。 【本件の概要】 本邦において総国民の1/6に相当する国民が2型糖尿病(注6)またはその疑いであり、医療経済的に大きな問題となっています。2型糖尿病ではその合併症が問題となり、患者の予後に直結します。糖尿病性神経障害は糖尿病合併症の一つであり、糖尿病患者で最も早期から発症し、最も頻度が高いことが知られています。その症状に足の痛み、痺れなどがあり、適切に治療しないと感覚の鈍麻、潰瘍(注7)の形成などがおき、最悪足の切断となります。しかしながら、多くの患者がいるにもかかわらず根治的治療法は未だ確立されていません。そこで治療標的となる新規病態の解明が精力的に行われています。 インスリン抵抗性とは2型糖尿病の脂肪組織などで血糖降下ホルモンであるインスリンの効果が減少し、血糖が上昇する状態です。糖尿病性神経障害でも末梢神経でインスリン抵抗性がおこることが知られていましたが、その意義は不明でした。弘前大学大学院医学研究科分子病態病理学講座(遲野井 祥 助教、水上 浩哉 教授)を中心とする国内多機関共同研究グループは、早期の糖尿病性神経障害マウスモデルにおいて、1.炎症性細胞の一種であるマクロファージが催炎症性性質(M1)を獲得してサイトカイン(注8)などを神経に放出し、神経のインスリン抵抗性を引き起こすこと、2.マクロファージの催炎症性性質への分化は、RAGEという細胞表面の受容体が活性化すること、3. その結果、末梢神経における末梢側から中枢側への栄養因子などの物質輸送機能が低下し、神経機能が低下すること、4.RAGE遺伝子欠損マウスでは糖尿病にしても神経周囲のマクロファージは抗炎症性マクロファージ(M2)になり、神経の物質輸送機能が低下せず、神経障害を発症しないことを見出しました(図1)。 さらに、この末梢神経における物質輸送機能の低下の発見にあたり、生きたままの培養感覚神経細胞を動画で観察するライブイメージングという新しい技術が用いられました。ライブイメージングでは、物質輸送を経時的に動画で見ることができます。催炎症性M1マクロファージと神経細胞を一緒に培養することにより、神経細胞突起における末梢から細胞体への物質輸送機能の低下が確認されました(図2)。 ライブイメージング技術ではマクロファージのみならず、他の細胞種との共培養が可能なため、さまざまな疾患の病態解明も可能です。さらに、糖尿病治療薬などさまざまな薬物の神経細胞における輸送能力に対する効果を評価することなどにも応用できます。 本研究成果は神経組織ではなく、マクロファージのRAGEを制御することにより糖尿病性神経障害における神経組織インスリン抵抗性の解除、その発症、進展を阻止できることが見出されたことに大きな意義があります。今後、マクロファージのRAGEを阻害することを基にした糖尿病性神経障害に対する新規治療法確立が期待され、糖尿病患者のQOLや予後の改善、医療経済負担の削減につながります。 【研究プロジェクトについて】 本研究は文部科学省の科学研究費助成事業(18K16220)により行われました。 【用語解説】 (注1)インスリン抵抗性 2型糖尿病において生体で唯一の血糖降下ホルモンであるインスリンの効果が低下すること。脂肪組織や肝臓などでみられ、血糖上昇の大きな原因となる。 (注2)終末糖化産物 advanced glycation endproducts(AGEs)の日本語訳。ブドウ糖などがタンパク質と酵素の介在なしに結合してできる物質のこと。糖尿病では高血糖になるため、体内で終末糖化産物ができやすい。終末糖化産物はさまざまな組織に沈着して、正常組織を傷害することが知られている。 (注3)受容体 外界や体内からのホルモンや脂質などの何らかの刺激を受け取り、情報として利用できるように変換する仕組みを持った構造のこと。 (注4)RAGE Receptor for advanced glycation endproductsの略。終末糖化産物の受容体。終末糖化産物は組織に沈着するのみならず、細胞表面にあるRAGEに結合することにより、細胞の炎症をおこすシグナルを活性化させる。 (注5)マクロファージ 炎症にかかわる細胞の一種。マクロファージが活性化すると催炎症性形質(M1)、もしくは抗炎症性形質(M2)になる。そのバランスで炎症を制御し、さまざまな病態に関与する。 (注6)2型糖尿病 肥満、運動不足などの悪い生活習慣に関連して成人で発症する最も頻度が高い糖尿病のタイプ。 (注7)潰瘍 皮膚の一部が欠損して深い傷を作っている状態。 (注8)サイトカイン 細胞から分泌される低分子のタンパク質で生理活性物質の総称。細胞間の相互作用に関与し、受容体を介して周囲の細胞に影響を与える。 【論文情報】 ・論文名:RAGE activation in macrophage and development of experimental diabetic polyneuropathy ・著者: 遲野井祥*1,2、水上浩哉*1#、竹内祐貴*1,2、須川日加里*3、小笠原早織*1、高久静香*4、佐々木崇矩*1、工藤和洋*1、伊藤巧一*5、三五一憲*4、永井竜児*3、山本靖彦*6、大門眞*2、山本博*7、八木橋操六*1 *1 弘前大学大学院医学研究科分子病態病理学講座、*2 弘前大学大学院医学研究科内分泌代謝内科学講座、*3 東海大学農学部バイオサイエンス学科食品生体調節学研究室、*4 東京都医学総合研究所疾患制御研究分野糖尿病性神経障害プロジェクト、*5弘前大学大学院保健学研究科生体検査科学領域、*6金沢大学医薬保健研究域医学系血管分子生物学、*7公立小松大学 #責任著者 ・雑誌名:JCI insight ▼本件に関する問い合わせ先 弘前大学大学院医学研究科 総務グループ 住所:青森県弘前市在府町5 TEL:0172-39-5194 【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
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