悪性度の高い白血病のがん遺伝子発現制御機構を発見
- 悪性度の高い白血病の原因遺伝子であるMLL-AF4がRNA*1の段階で機能発現がコントロールされ、最終的にタンパク質の産生を妨げることを発見しました。
- RNA結合タンパク質による制御を受けない改変をすることで、骨髄性白血病*2を引き起こし、MLL-AF4による動物モデルを構築しました。
- 本研究の成果により悪性度が高い白血病の治療法を開発する可能性が示されました。
【概要】
公益財団法人庄内地域産業振興センター(理事長:皆川治、鶴岡市末広町)/国立がん研究センター・鶴岡連携研究拠点がんメタボロミクス研究室の研究グループ(横山明彦チームリーダー、奥田博史研究員(現横浜市立大学大学院医学研究科 免疫学))は、悪性度が高い白血病を引き起こすMLL-AF4という遺伝子からRNAが作られ、最終的にタンパク質が作られる過程を抑制するメカニズムを発見しました。この制御メカニズムがあるため、これまでにマウスなどでMLL-AF4によって白血病を引き起こす動物モデルを構築することが難しいと言われていましたが、MLL-AF4に細工を施し、抑制メカニズムに対応することで、骨髄性白血病を引き起こす動物モデルをマウスで構築することができました。このような動物モデルは今後創薬研究を行う上で非常に重要なツールとなります。
MLL-AF4のRNAはKHDRBSとIGF2BPというRNA結合タンパク質*3群に制御されます。つまり、これらのRNA結合タンパク質はMLL-AF4のRNAからMLL-AF4タンパク質が作られる過程を阻害します。このため、MLL-AF4を細胞に導入してもMLL-AF4タンパク質が発現しないため、骨髄性白血病を引き起こすことができませんでした。MLL-AF4は乳児のB細胞性のリンパ性白血病*4を引き起こす傾向を示しますが急性骨髄性の白血病を引き起こすことは少ないです。これは、乳児のB細胞系列においてこのRNA結合タンパク質による制御を受けないため、白血病を発症すると考えられます。何らかの薬剤を用いて、乳児のB細胞系列においてこれらのRNA結合タンパク質が働くようにすることで悪性度の高い白血病を治療することができる可能性が示されました。本研究はMLL-AF4がRNAの段階で特別な制御を受けていることを世界で初めて見出し、これまで困難であったMLL-AF4による動物モデルを構築することを可能にしました。
本研究は、横浜市立大学(学長:相原道子、神奈川県横浜市金沢区)と国立がん研究センター(理事長:中釜斉、東京都中央区)、東京大学との共同研究であり、2022年11月5日に国際学術誌「Nature Communications」に掲載されました。
【背景】
白血病は若年層で最も多く見られるがんであり、現行の治療法ではなかなか治癒をもたらすことが難しい予後不良のタイプがあります。染色体転座*5によって形成されるMLLとAF4遺伝子の融合遺伝子産物は非常に強い発がんドライバー*6として機能し、予後不良の白血病を乳児の段階から引き起こします(図1)。MLL-AF4を発現する白血病はあまり付加的な変異を伴わないため、MLL-AF4は単独でも白血病を引き起こすポテンシャルを持つ発がんドライバーであると考えられています。しかしながら、なぜかマウスを用いた病態モデルを作成することが非常に難しいため、創薬研究が思う様には進んできませんでした。
図1 MLL-AF4がRNAの段階で抑制制御を受けるメカニズム
【研究成果】我々はMLL-AF4が何らかの抑制性の制御を受けるために、マウスの造血細胞にこの遺伝子を導入しても白血病を引き起こさないのであろうという仮説を立て、MLL-AF4の遺伝子が転写され、タンパク質として発現する過程にどのような制御を受けるかを探索しました。
その結果、MLL-AF4はKHDRBSやIGF2BP2などのRNA結合タンパク質によってRNAの段階で抑制制御を受け、機能的なタンパク質として発現しないために、マウスにおける骨髄性白血病モデルを構築することができない事を見出しました(図1)。MLL-AF4に操作を加えてアミノ酸配列は変えずにRNA結合タンパク質による制御を受けなくした改変MLL-AF4はマウスの造血細胞をがん化し、生体内で白血病を引き起こしました。さらに抑制制御のメカニズムを解析した結果、MLL-AF4のRNAはリボソームで翻訳される時に、リボソーマルストーリング*7と呼ばれるメカニズムを介して翻訳が妨げられるという事を見出しました。この様な抑制制御はヒトのAF4遺伝子だけに起こり、マウスのAf4遺伝子には起こりません。また、AF4と構造の似たファミリー遺伝子AF5Q31にはこれらのRNA結合タンパク質が認識する遺伝子配列がないため、このような抑制制御を受けません。従ってヒトのMLL-AF4だけが特別にRNA結合タンパク質によるリボソーマルストーリング制御を受けており、ヒトに見られるMLL-AF4白血病細胞では何らかの理由でこの抑制制御メカニズムを回避されるため、発がんドライバーとして機能していると考えられます。MLL-AF4は他のMLL融合遺伝子とは異なり、急性骨髄性白血病よりも、乳児においてリンパ性白血病を引き起こす傾向が強いです。
本研究の結果から、骨髄性白血病の発生母地(遺伝子変異が起こる場所)となる細胞ではMLL-AF4が強い抑制制御を受けるため、骨髄性白血病を引き起こす事が出来ないのであろうと予想されます。一方で、ヒトの細胞にはAF4遺伝子の働きを強く抑制する事ができる仕組みがすでに備わっているという事実は、治療薬の開発において重要な知見となります。今後、薬剤などを用いて、リンパ性白血病細胞においてもこの様な抑制制御を誘導する事ができれば、MLL-AF4の働きを選択的に阻害する優れた治療法の開発につながると期待されます。
【展望】
本研究の結果、世界で初めてレトロウイルス*8を用いて簡単にMLL-AF4白血病を発症させる動物モデルが構築されました。MLL-AF4はMLL転座白血病で最も高頻度に見られる融合遺伝子であり、このMLL-AF4によるマウス病態モデルは今後、創薬研究を進める上で役立つと期待されます。また、今回得られた結果はMLL-AF4のある白血病の発生母地に関する示唆を与えています。MLL-AF4の発生母地となる細胞ではRNA結合タンパク質による抑制制御が起こらないと考えられ、そのことが、MLL-AF4がリンパ性白血病を選択的に発症させる原因であろうと予想されます。また、RNA結合タンパク質による抑制制御が組織特異的に起こるのはRNA結合タンパク質の発現パターンの違いによると思われますが、薬剤によってRNA結合タンパク質の発現を調節することで、MLL-AF4を不活性化する新たな分子標的療法の開発につながる可能性があります。これらの知見は、今後MLL-AF4によって引き起こされる白血病発症のメカニズムを明らかにし、新たな治療薬を開発する研究を加速させると期待されます。
【発表論文】
雑誌名: Nature Communications
タイトル: RNA-Binding Proteins of KHDRBS and IGF2BP families control the Oncogenic Activity of MLL-AF4
著者: Okuda H, Miyamoto M, Takahashi S, Kawamura T Ichikawa J, Harada I, Tamura T and Yokoyama A
DOI: 10.1038/s41467-022-34558-1
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-022-34558-1
掲載日: 2022年11月5日
【用語解説】
*1 RNA:RNAとは核酸を構成する生体分子の一つであり、DNAから遺伝子の情報を抽出して、タンパク質の生産を仲介する。
*2 骨髄性白血病:骨髄中で作られる骨髄芽球は顆粒球などの白血球へと成熟する。骨髄性白血病は骨髄芽球になる前に遺伝子変異が起こり、細胞が無限に増殖することで引き起こされる白血病。
*3 RNA結合タンパク質:RNAと結合してRNAの働きを制御するタンパク質。
*4 リンパ性白血病:リンパ球になる前の細胞に遺伝子変異が起こり、細胞が無限に増殖することで引き起こされる白血病。
*5 染色体転座:染色体は放射線などの影響で分断されると細胞内の修復メカニズムによって再結合するが、間違って元の染色体と異なる染色体断片同士が結合することで、遺伝子が再配列された染色体が生み出される現象を染色体転座という。往々にして融合遺伝子が形成される。
*6 発がんドライバー:遺伝子の変異の内でがんの発症に関与する変異。
*7 リボソーマルストーリング(Ribosomal Stalling):タンパク質の産生をコントロールする制御メカニズム。タンパク質の配列情報を持つRNA(mRNA)はリボソームというタンパク質複合体と結合して順次アミノ酸の繋がりであるタンパク質を産生する(翻訳)。Ribosomal Stallingは進行中の翻訳過程を途中で停止させることでタンパク質の産生を抑制する。
*8 レトロウイルス: RNAウイルスの中で逆転写酵素を持つもの。生物実験において様々な人工遺伝子を細胞に導入するために遺伝子のベクター(乗り物)として用いられる。
【研究費】
がんメタボローム研究推進支援事業費補助金(山形県、鶴岡市)、横山明彦(代表)
AF10転座白血病における分子病態の解明及び新規治療法の開発、科学研究費助成事業 基盤研究(B)、横山明彦(代表)、R4-6年度、日本学術振興会
MLL白血病発症メカニズムの統一的理解、科学研究費助成事業 基盤研究(B)、横山明彦(代表)、 H31-R3年度、日本学術振興会
MLL-AF4白血病の分子標的薬創製を目指したAF4特異的な分解経路の解明 厚生労働省科学研究費補助金・創薬基盤推進研究事業、横山明彦(代表)、H23-24年度
がん遺伝子MLL-AF4のRNA結合因子による発がん抑制機構、科学研究費助成事業 基盤研究(C)、奥田博史(代表)、R2-R4年度、日本学術振興会
大日本住友製薬:共同研究費、横山明彦(代表)
本研究は、文部科学省「特色ある共同利用・共同研究拠点事業」として認定されている横浜市立大学先端医科学研究センター「マルチオミックスによる遺伝子発現制御の先端的医学共同研究拠点」の支援を得て行われました。
【国立がん研究センター・鶴岡連携研究拠点がんメタボロミクス研究室について】
国立がん研究センターのがんのメタボローム研究分野の研究拠点として、 山形県鶴岡市に2017年4月に設置。鶴岡連携研究拠点では、学校法人慶応義塾、慶應義塾大学先端生命科学研究所と連携して、メタボローム解析を活用した、がんの診断薬などの開発等に向けた研究を実施している。また企業との共同研究をより積極的に推進することにより、がんの分子基盤に基づいた新しい診断・治療法開発を進めている。