ボルネオ熱帯多雨林の一斉開花現象を世界で初めて衛星観測により広範囲にとらえた!
- 高頻度高解像度衛星PlanetScope(※1)で観測された分光データの解析により、東南アジア湿潤熱帯域特有の開花現象「一斉開花(※2)」を世界で初めて広範囲にとらえた。
- また現地の地上観測データに基づく検証を行い、今回の分光データが一斉開花現象の空間的な特徴をほぼ個体レベルでとらえていたことを明らかにした。
- 本研究成果は、他の熱帯域における開花季節観測への応用や熱帯多雨林の機能の理解の深化、樹種判別の高精度化、種間の開花季節の同調性のメカニズムの理解の深化などを促進することが期待される。
※1 PlanetScope:米国Planet Labs社が運用している高頻度高解像度マルチスペクトル光学センサーを
搭載した人工衛星。1月16日現在、180機以上の衛星により、全球上のあらゆる地点を3-4mの空間
分解能を持ってほぼ毎日観測している(https://www.planet.com/products/planet-imagery/)。
マルチスペクトル光学センサーは、赤・緑・青の可視光と近赤外の波長を計測するため、人間の視覚
と同様なRGB(赤・緑・青)合成画像や、植生指数(例えば有名なものとして、赤の可視光と近赤外
の波長から計算される正規化植生指数:NDVI)を得られる。
※2 一斉開花:森林内の様々な分類群の樹木が同調して開花する現象で、その開花間隔は1〜10年と不
規則になっている。ボルネオなど東南アジア湿潤熱帯域のみでみられる。
2.概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という)は、米国ハワ
イ大学マノア校、宮崎大学、チューリッヒ大学、横浜市立大学、マレーシア国サラワク森林局、高知大学との国際共同研究チームで、光学センサーが搭載された高頻度高解像度衛星PlanetScope (以下、「PlanetScope衛星」という)により観測された分光データを用いて、東南アジア熱帯域特有の開花現象「一斉開花」を広域的にとらえることに世界で初めて成功しました。
一斉開花現象を含む熱帯域の植物季節は、光合成や蒸発散を介した気候システムや生物多様性の理解を深めるために重要な観測項目のひとつです。しかしながら、既存の衛星観測では、センサーの精度や観測頻度が不十分であったため、これまで一斉開花現象は、観測タワーやクレーンにおける目視観測やタイムラプスカメラを用いた定点撮影により限定的にとらえられてきました。このため、種ごとの開花季節の特徴や種間の同調性についての空間分布の動態を広域的に評価することができませんでした。
本研究では、現地における長期的な地上観測データを用いた検証に基づいて、PlanetScope衛星により観測された分光データは、ボルネオのランビルヒルズ国立公園内(マレーシア国サラワク州、※3)で2019年に広域的に生じた一斉開花現象の空間分布の特徴をほぼ個体レベルでとらえたことを明らかにしました。この成果は、既存研究において不十分であった熱帯多雨林を対象とした植物季節観測の高精度化、光合成や蒸発散など植生機能の理解の深化、さらには樹種判別の高精度化や開花季節の同調性のメカニズムの理解の深化を促進することが期待されます。
本成果は「Ecological Research」誌に2月8日付け(日本時間)で掲載される予定です。
タイトル:Utility of Commercial High Resolution Satellite Imagery for Monitoring General Flowering in Sarawak, Borneo
著者:Tomoaki Miura1,2,*, Yuji Tokumoto3,4,5,*, Shin Nagai2, Kentaro K, Shimizu4,5, Runi anak Sylvester Punnga6 and Tomoaki Ichie7
所属:
1: ハワイ大学マノア校, 2: 海洋研究開発機構, 3: 宮崎大学, 4: チューリッヒ大学, 5: 横浜市立大学,
6: サラワク森林局, 7: 高知大学
*: 本論文において同等の貢献をしました。
DOI: https://doi.org/10.1111/1440-1703.12382
【用語解説】
※3(ランビルヒルズ国立公園):マレーシア国サラワク州の北部に位置する国立公園であり、約
7,000haの面積がある。主に低地フタバガキ混交林に覆われており、フタバガキ科などの樹木が
生育している。一部の標高500m程度の地域にはケランガス林(熱帯ヒース林)という貧栄養の
土壌上に成立する樹高の低い植生が広がっている。
3.背景
東南アジアの湿潤熱帯域は、生物多様性が世界で最も高い地域であり、フタバガキ科(※4)などを代表とした様々な分類群の植物が生育しています。しかしながら、年間を通して気温や雨量の季節性が乏しいことから、植物が環境変動に対してどのように応答し、開花や展葉などの植物季節(※5)がいつ生じるのかについて、これまで十分な観測と理解が進んでいませんでした。このことは、植物が持つ光合成や蒸発散の機能を通して、全球上の炭素や水循環に対して大きな影響を与える熱帯域の気候システムの理解を深める上で、大きな障壁となっていました。
一方、森林内で優占するフタバガキ科やウルシ科など他の分類群の樹木は1〜10年に一度、一斉に開花することがよく知られており、この一斉開花現象は後の結実期を通じて、花粉媒介者のハチ類や甲虫類、果実・種子食の昆虫や哺乳類など、様々な生物の生活や人間の植物利用に対して大きな影響を及ぼしています。これは、いわゆる生態系サービス(※6)のひとつですが、気候変動や人間活動は、前述の植物の機能や生態系サービスに大きな影響を与えています。
このため、熱帯域のような地球環境に大きな影響を与える地域における、生物多様性の理解と気候変動との関係性は、『地球環境変動の「現在」を把握し、「将来」を予測する』というJAMSTECのミッションを達成するための重要な研究テーマのひとつになっています。
これまで一斉開花の調査では、林冠観測システム(観測タワーや林冠クレーンなど、※7)を用いた目視観測やタイムラプスカメラによる定点観測が行われてきました。しかしながら、これらの方法では対象となる範囲や個体数が限定され、一斉開花の空間的な規模や同調性などに関する調査を詳しく行うことができません。また、開花を引き起こす原因は短期的な降水量の減少(乾燥)と低温ストレスであることが知られていますが、そのような気象条件は不規則に生じるため、一斉開花がいつ起きるか、の予測は大変難しく、一斉開花現象を記録するためには地上観測を長期継続的に行うしか方法がありませんでした。
一方、広域を長期継続的に観測するには衛星観測が有効ですが、以前の衛星観測システムは低頻度(例えば同一地点を16日ごとに観測)もしくは低解像度(衛星データの1画素が250m×250mの空間分解能を持つ)であったため、湿潤域において顕著にみられる雲被覆の影響を強く受け、開花期前後における森林の状態の時間変化を正確に観測することができませんでした。これに対して、近年の高頻度・高解像度な衛星観測システムはこの問題点を克服しつつあるため、一斉開花現象の衛星観測に対する期待が高まるようになりました。
本研究では、一斉開花を含む熱帯樹木の植物季節を長期的に観測しているランビルヒルズ国立公園(図1)において、2019年に生じた一斉開花現象を対象に、林冠クレーン周辺の樹木の目視観測やタイムラプスカメラによる定点撮影に基づいた地上真値情報と、PlanetScope衛星により観測された分光データを照合させることにより、衛星観測データによる一斉開花現象の広域的な検出の可能性を調査しました。
図1 マレーシア国サラワク州に位置するランビルヒルズ国立公園の位置(左図)と公園内の様子(右図)。樹冠の上部にアクセス可能なクレーン(約90 m)がみられる(用語解説※7を参照)。クレーンに吊り下げたゴンドラの中から撮影した。撮影者:徳本雄史(2019年5月3日)
国境と州境のベクターデータは、Natural Earth(https://www.naturalearthdata.com/)を利用した。1990年代初頭から日本の研究者を含む国際研究チームにより生態学や水文学に関する研究が進められ、一斉開花や物質循環の研究のために、林冠観測システムのタワー(高さ約50m)とクレーン(高さ約90m)が設置されている。
国境と州境のベクターデータは、Natural Earth(https://www.naturalearthdata.com/)を利用した。1990年代初頭から日本の研究者を含む国際研究チームにより生態学や水文学に関する研究が進められ、一斉開花や物質循環の研究のために、林冠観測システムのタワー(高さ約50m)とクレーン(高さ約90m)が設置されている。
【用語解説】
※4(フタバガキ科):東南アジア熱帯林でよく見られる樹木で、森林の上層を構成する樹種群のうちの
一つ。樹高50m以上に成長し、材木などに用いられる。一部の種類の種子は油としても利用されて
きた。
※5(植物季節):どのタイミングで生物的イベントを起こすかという生物が持つ季節性。植生フェノロ
ジーとも言われる。国内ではサクラの開花や紅葉などが例として挙げられ、それらの期日の経年的
な変化は気候変動の指標になる。
※6(生態系サービス):生態系がもたらす人間の利益になる機能のこと。供給、調整、文化、支持基盤
の4つのサービスがある。
※7(林冠観測システム):森林の上層部である林冠にアクセスするための設備で、タワーやクレーンな
どがある。東南アジアの樹木は樹高が50m以上と非常に高いため、林冠での開花観測などの調査に
はこのような設備を使う必要がある。
4.成果
2019年4月から5月にかけてランビルヒルズ国立公園で一斉開花が生じ(図2)、その様子の変化は林冠クレーンからの目視観測と同クレーンに設置したタイムラプスカメラを用いて撮影した画像により記録されました(図3)。同時期のPlanetScope衛星により観測されたRGB(赤バンド・緑バンド・青バンド)合成画像を確認すると、クレーン周辺の森林調査区において緑色から白色に変わる地点が確認できました。白色に変化した地点と樹木個体の位置情報を照らし合わせると、それらが開花したフタバガキ科のリュウノウジュ(Dryobalanops属)やサラノキ(Shorea属)、ウルシ科(Swintonia属)、シナノキ科(Pentace属)の中で特に明るい花色を持つ樹種であることが分かりました。また同年6月には樹冠が赤色に変化したフタバガキ科の個体が見つかり、その様子もPlanetScope衛星により観測されたRGB合成画像で確認されました(図4)。
PlanetScope衛星により観測されたRGB合成画像から確認できた個体を対象に開花前後における分光データの特徴を詳しく調べると、可視赤バンドと近赤外バンドの割合から求められるsimple ratio vegetation index (SR)値が統計的に有意に上昇していることがわかりました(図5)。この事実は、白色や赤色などの明るい樹冠の色変化については、3-4mの空間解像度を持つ光学センサーを搭載した衛星により検出できることを示しました。
次に、2019年4月から6月の同公園全体を対象にPlanetScope衛星により観測されたRGB合成画像を確認すると、クレーン周辺の森林調査区と同様に樹冠が白色に変化している地点が広範囲でみられました(図6)。色の変化がみられた領域は、低地フタバガキ混交林が広がっている場所であり、上述のクレーン周辺の樹種が広域的に同調して開花したことが示唆されました。これは一斉開花現象を広域でとらえることに成功した世界で初めての成果となります。
図2 ランビルヒルズ国立公園において2019年に生じた一斉開花現象の様子。樹冠がクリーム色の個体は開花したことを示している(上段)。開花がみられたフタバガキ科の樹木の拡大図(下段左)。同個体の花やつぼみ、蜜を吸うために訪れた蜂がみられる(左上:下段右)。撮影者:徳本雄史(2019年5月3日)。
5.今後の展望
開花や展葉といった樹木の植物季節は、光合成や蒸発散など植生機能と密接に関係しています。今回の研究成果を踏まえ、今後、衛星観測データと植物季節の記録や生理生態学的な知見、シミュレーションモデルを組み合わせることにより、植生機能の時空間変動を推定することが可能になるなど熱帯生態系の評価の高精度化が期待されます。
また、本研究と同様に様々な樹種を対象とした植物季節に関する地上観測データを蓄積し、衛星観測データとの検証作業を行うことにより、衛星による熱帯多雨林の樹種判別の高精度化を促し、開花季節の同調性のメカニズムの理解を深化させることも期待されます。
こうしたことは、地球環境を理解する上で重要な要素である地球表層上の変動状況(陸生植生変動)に関するデータの充実を促進するだけではなく、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学−政策プラットフォーム)やAPBON(アジア太平洋生物多様性観測ネットワーク)、AOGEO(アジア・オセアニア地球観測に関する政府間会合)など地球環境研究に関する国際的な枠組みに対して、最新の科学的な知見に基づいた貢献が可能となります。
参考文献
Planet Team (2017). Planet Application Program Interface: In Space for Life on Earth. San Francisco, CA. https://api.planet.com.