公益目的事業比率基準が公益法人の費用配分行動に及ぼす影響について解明
*1(以下、公益法人)に対する公益目的事業比率*2基準の存在と公益法人のガバナンスの状態が、公益法人の費用配分行動に与える影響について解明しました。
研究成果のポイント
本研究の発見事項に基づけば、日本にある9,640の公益法人(2021年12月1日現在)について、非営利組織の本来のミッションや目的に沿う活動に懸念が生じた場合には、費用に関する規制がひとつの有効な方策であると考えられます。また、本研究の結果は、公益法人以外の非営利組織においても公益活動の増進に資する費用に注目する必要性を示唆しています。
本研究成果はThe International Journal of Accountingに掲載されました。(2023年2月20日)https://doi.org/10.1142/S1094406023500075
研究背景
2008年度の公益法人制度改革から約10年が経過し、制度改革後、日本の公益法人は、「公益目的事業を行うことを主たる目的とするものであること」(認定法)という目的から、公益法人の活動全体における公益目的事業比率を「50%以上」とする基準が設けられました。旧民法では主務官庁から許可を得ることで、公益性と税制上の優遇措置を合わせて法人格に付与されていましたが、制度改革後は法人格と公益認定*5が切り離されることになりました。
認定法及び指針では、公益事業の費用が総費用の50%を下回った場合、公益認定を取り消す可能性があることを示しています。また、公益認定の取消は公益目的事業に用いる財産を消失させる可能性があり、重いペナルティが課されることになります。この背景には、非営利組織の活動に対して国民が持つ不信感について、公益認定を受ける非営利組織(公益法人)の主な活動が公益目的であることを国民に示し、理解を得ることが必要だったと考えられます。このような公益目的に対する活動を重視し、費用配分に閾値を設けた基準で規制を設けていることは、日本の非営利組織では公益法人特有であり、国際的にみても日本特有の制度のひとつとなっています。企業において何らかの閾値が設けられることで費用配分が変わることはすでに多くの研究で指摘されていますが、非営利組織に対して設けられた閾値が起因となって費用配分が変わるかどうかに焦点をおく研究はいまだ少ないこと、また日本の経験が諸外国の非営利組織制度設計に役立つのではないかと考えたことが、本研究の着想となりました。
研究内容
12,027サンプル・年度(4,763の公益法人から抽出)のパネルデータを用いて重回帰分析を行った結果、公益目的事業比率が50%に抵触し、認定が取り消される恐れがある公益法人ほど、収益事業から公益目的事業に費用配分を行うことが明らかになりました。一方で、約11%の法人が公益目的事業よりも収益事業に優先して費用配分することも観察されました。さらに、もし公益認定が取り消された場合、公益目的事業のための資産を喪失する可能性があるため、公益法人の理事会の規模が大きいほど、このような恐れから公益目的事業への費用配分が促されることを示しました。
今後の展開
本研究の成果に基づけば、公益目的事業に対する活動に対応する費用が適切に可視化されることで、非営利組織においてミッションや受益者の便益に直結する公益目的事業に対する行動が変化する可能性が考えられます。学校法人、医療法人、社会福祉法人などのすべての非営利組織において公益目的事業比率50%以上のような基準を設けることは困難であるように思われますが、本研究成果は、非営利組織の理事会が、エビデンスに基づくミッションや受益者の便益に関する説明責任を果たす上で、容易なフレームワーク構築に寄与することが期待できます。
研究費
本研究は、横浜市立大学第5期戦略的研究推進事業「研究開発プロジェクト」(学長裁量事業)及び、科学研究費補助金(基盤B:研究番号21H00762)の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:Tax-related Incentives and Expense Allocation in Nonprofit Organizations: Evidence from Japan.
著者:Kuroki, M. and Natsuyoshi, H.
掲載雑誌:The International Journal of Accounting.
DOI:https://doi.org/10.1142/S1094406023500075
用語説明
*1 公益社団・財団法人(公益法人):公益の増進を図ることを目的として法人の設立理念に則って活動する民間の法人(内閣府 2019)。公益法人は、「公益目的事業を行うことを主たる目的とするものであること」とし、公益目的事業は、「学術・技芸・慈善その他の公益に関する別表各号に掲げる種類の事業であって、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するものをいう」(認定法第二条第四号)として、23事業が定められている。
*2 公益目的事業比率:公益法人において、費用がどの程度公益目的事業に費やされたかを判断する比率。次の算式で示され、公益法人は、毎事業年度における公益目的事業比率が50%以上になる必要がある(認定法第十五条)。
公益目的事業比率=公益実施費用額÷(公益実施費用額+収益等実施費用額+管理運営費用額)
*3 収益事業:公益法人は、公益目的事業に加えて、所得確保を目的とした収益事業を行うことが認められており、34の業種に定義される(法人税法施行令第五条)。
*4 理事会:公益法人を経営する機関の1つである。最高意思決定機関である社員総会/評議員会に選任され、業務執行の決定や理事の業務執行の監督といった権限を持つ。
*5 公益認定:公益法人となるためには、認定法に定める公益認定基準を満たす必要がある。行政庁が審査を行い、基準を満たす場合には公益認定を行う。公益認定を受けると、寄附金に対する税額控除といった、公益法人としての税制優遇を受けることが可能となる。
参考文献
内閣府. 2019. 『民間が支える社会を目指して~「民による公益」を担う公益法人~』.
公益法人のガバナンスの更なる強化等に関する有識者会議. 2020. 『公益法人のガバナンスの更なる強化等のために(最終とりまとめ)』
横浜市立大学大学院国際マネジメント研究科の黒木 淳 准教授と同研究科の夏吉裕貴さん(博士後期課程3年)は、日本で初めて、公益社団・財団法人研究成果のポイント
- 公益目的事業比率の50%基準に抵触する恐れのある公益法人では、収益事業費用ではなく公益目的事業費用に多めに配分する可能性が高くなることを示しました。
- 約10.8%の公益法人が、課税所得を圧縮するために収益事業費用に対して公益目的事業費用から多めに配分している可能性を示しました。
- 公益目的事業比率の50%基準に抵触する恐れのある公益法人では、理事会の規模が大きいほど、公益目的事業費用への配分傾向が強くなることを示しました。
本研究の発見事項に基づけば、日本にある9,640の公益法人(2021年12月1日現在)について、非営利組織の本来のミッションや目的に沿う活動に懸念が生じた場合には、費用に関する規制がひとつの有効な方策であると考えられます。また、本研究の結果は、公益法人以外の非営利組織においても公益活動の増進に資する費用に注目する必要性を示唆しています。
本研究成果はThe International Journal of Accountingに掲載されました。(2023年2月20日)https://doi.org/10.1142/S1094406023500075
研究背景
2008年度の公益法人制度改革から約10年が経過し、制度改革後、日本の公益法人は、「公益目的事業を行うことを主たる目的とするものであること」(認定法)という目的から、公益法人の活動全体における公益目的事業比率を「50%以上」とする基準が設けられました。旧民法では主務官庁から許可を得ることで、公益性と税制上の優遇措置を合わせて法人格に付与されていましたが、制度改革後は法人格と公益認定*5が切り離されることになりました。
認定法及び指針では、公益事業の費用が総費用の50%を下回った場合、公益認定を取り消す可能性があることを示しています。また、公益認定の取消は公益目的事業に用いる財産を消失させる可能性があり、重いペナルティが課されることになります。この背景には、非営利組織の活動に対して国民が持つ不信感について、公益認定を受ける非営利組織(公益法人)の主な活動が公益目的であることを国民に示し、理解を得ることが必要だったと考えられます。このような公益目的に対する活動を重視し、費用配分に閾値を設けた基準で規制を設けていることは、日本の非営利組織では公益法人特有であり、国際的にみても日本特有の制度のひとつとなっています。企業において何らかの閾値が設けられることで費用配分が変わることはすでに多くの研究で指摘されていますが、非営利組織に対して設けられた閾値が起因となって費用配分が変わるかどうかに焦点をおく研究はいまだ少ないこと、また日本の経験が諸外国の非営利組織制度設計に役立つのではないかと考えたことが、本研究の着想となりました。
研究内容
12,027サンプル・年度(4,763の公益法人から抽出)のパネルデータを用いて重回帰分析を行った結果、公益目的事業比率が50%に抵触し、認定が取り消される恐れがある公益法人ほど、収益事業から公益目的事業に費用配分を行うことが明らかになりました。一方で、約11%の法人が公益目的事業よりも収益事業に優先して費用配分することも観察されました。さらに、もし公益認定が取り消された場合、公益目的事業のための資産を喪失する可能性があるため、公益法人の理事会の規模が大きいほど、このような恐れから公益目的事業への費用配分が促されることを示しました。
今後の展開
本研究の成果に基づけば、公益目的事業に対する活動に対応する費用が適切に可視化されることで、非営利組織においてミッションや受益者の便益に直結する公益目的事業に対する行動が変化する可能性が考えられます。学校法人、医療法人、社会福祉法人などのすべての非営利組織において公益目的事業比率50%以上のような基準を設けることは困難であるように思われますが、本研究成果は、非営利組織の理事会が、エビデンスに基づくミッションや受益者の便益に関する説明責任を果たす上で、容易なフレームワーク構築に寄与することが期待できます。
研究費
本研究は、横浜市立大学第5期戦略的研究推進事業「研究開発プロジェクト」(学長裁量事業)及び、科学研究費補助金(基盤B:研究番号21H00762)の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:Tax-related Incentives and Expense Allocation in Nonprofit Organizations: Evidence from Japan.
著者:Kuroki, M. and Natsuyoshi, H.
掲載雑誌:The International Journal of Accounting.
DOI:https://doi.org/10.1142/S1094406023500075
用語説明
*1 公益社団・財団法人(公益法人):公益の増進を図ることを目的として法人の設立理念に則って活動する民間の法人(内閣府 2019)。公益法人は、「公益目的事業を行うことを主たる目的とするものであること」とし、公益目的事業は、「学術・技芸・慈善その他の公益に関する別表各号に掲げる種類の事業であって、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するものをいう」(認定法第二条第四号)として、23事業が定められている。
*2 公益目的事業比率:公益法人において、費用がどの程度公益目的事業に費やされたかを判断する比率。次の算式で示され、公益法人は、毎事業年度における公益目的事業比率が50%以上になる必要がある(認定法第十五条)。
公益目的事業比率=公益実施費用額÷(公益実施費用額+収益等実施費用額+管理運営費用額)
*3 収益事業:公益法人は、公益目的事業に加えて、所得確保を目的とした収益事業を行うことが認められており、34の業種に定義される(法人税法施行令第五条)。
*4 理事会:公益法人を経営する機関の1つである。最高意思決定機関である社員総会/評議員会に選任され、業務執行の決定や理事の業務執行の監督といった権限を持つ。
*5 公益認定:公益法人となるためには、認定法に定める公益認定基準を満たす必要がある。行政庁が審査を行い、基準を満たす場合には公益認定を行う。公益認定を受けると、寄附金に対する税額控除といった、公益法人としての税制優遇を受けることが可能となる。
参考文献
内閣府. 2019. 『民間が支える社会を目指して~「民による公益」を担う公益法人~』.
公益法人のガバナンスの更なる強化等に関する有識者会議. 2020. 『公益法人のガバナンスの更なる強化等のために(最終とりまとめ)』