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日本大学生産工学部応用分子化学科の池下 雅広助手、津野 孝教授と、近畿大学理工学部応用化学科の今井 喜胤准教授らの研究グループは、強い円偏光りん光(CPP: Circularly Polarized Phosphorescence)※1 を示す液状化白金錯体※2 の開発に成功しました。CPPとは、分子が左回転または右回転の偏りを持つりん光※3 を発する現象であり、光暗号通信や三次元表示技術、セキュリティ分野などへの応用が期待されています。
本研究では、有機ELディスプレイの発光素子などとして注目されるりん光性白金錯体を用いて、無溶媒液体状態※4 でCPPを発現する世界初の材料の開発に成功しました。将来的には、セキュリティインクなどの次世代塗料材料の開発に繋がる可能性があります。本研究成果は、令和5年(2023年)3月13日(月)にドイツの国際学術誌ChemPhotoChemのオンライン版で公開されています。
【本件のポイント】
●世界初の円偏光りん光(CPP)を発する無溶媒液体材料を開発した。
●白金錯体にポリエチレングリコール鎖を導入することで、液状化に成功した。
●様々な材料に塗布可能であり、セキュリティインクなどへの応用が期待できる。
【本研究の背景】
有機発光材料は、我々の身近なスマートフォンやテレビなどに用いられている有機EL素子をはじめとして、暗い場所で明るく光る蛍光塗料や、細胞内のタンパク質の所在を探るバイオプローブなど、幅広い分野で活躍する材料です。中でも、キラルな構造※5 をもつ発光体は、右回転または左回転のどちらかに回転しながら振動する円偏光を発することが知られており、この現象を円偏光発光(CPL)と呼びます。高効率なCPLを示す材料は、三次元ディスプレイや光暗号通信などの次世代光学材料への応用が期待され、その中でも有力な素材の1つとして、円偏光りん光(CPP)を示すキラルな白金錯体が注目されています。しかしながらこれまでに報告されている白金錯体は、我々が普段生活している常温常圧下で固体状態であり、膜化してディスプレイを作成したり、成形加工する際に、高温・高真空下での処理や多量の有機溶媒に溶解させる必要があり、汎用性に課題がありました。そこで、加工性・成形性に優れた液体状態でも明るく光るCPP材料の開発が求められていました。
【本研究の内容と成果】
研究グループは、低融点化ユニットを導入した新たなキラル白金錯体の設計・合成を行い、液体状態でCPPを示す材料の開発に成功しました。さらに液体状態においては、有機溶媒に分散させた状態と比較してCPP強度が大幅に増強されることを明らかにしました。
本研究では、りん光を示す白金錯体の分子骨格に、低融点化ユニットとしてポリエチレングリコール(PEG)鎖を4つ導入した化合物を設計・合成しました(図1)。その結果、PEG鎖を持たない類似錯体が300℃以上の高い融点を示す一方で、PEG鎖を導入した本錯体では44℃と比較的温和な温度で融解することが判明しました。さらに、融解させたサンプルを室温まで冷却したところ、固化することなく過冷却液体※6 状態を形成し、黄色のりん光発光を示しました。続いて、合成した錯体のCPP特性を検討したところ、錯体を有機溶媒に分散させた溶液状態では弱いCPPしか示さなかったのに対して、過冷却液体状態では溶液状態と比較して約7倍もの強いCPPを示すことがわかりました。今回の研究は、CPPを示す液体材料の開発のための新たな分子設計指針を示すとともに、加工性・成形性に優れたより実用的な発光材料の開発に寄与すると考えられます。また、開発した新たな液体材料は、不揮発性かつ様々な形状の材料表面に塗布することが可能であり、折り曲げ可能なフレキシブル素子の開発に優位であると考えられます。
【掲載誌情報】
掲載誌:ChemPhotoChem(インパクトファクター:3.679/2020-2021)
論文名:Liquid Based Circularly Polarized Phosphorescence of a Chiral Schiff-base Platinum(II) Complex Bearing Polyethylene Glycol Chains
(ポリエチレングリコール鎖を有するキラルシッフ塩基Pt(II)錯体の液体状態における円偏光りん光特性)
著者 :池下 雅広1、織奥 広大1、北原 真穂2、松平 華奈2、今井 喜胤3、津野 孝1
所属 :1 日本大学生産工学部応用分子化学科、2 近畿大学大学院総合理工学研究科、3 近畿大学理工学部応用化学科
DOI :10.1002/cptc.202300010
【研究支援】
本研究は、JSPS科研費 研究活動スタート支援(課題番号 JP21K20541)、JSPS科研費 挑戦的研究(萌芽)(課題番号 JP21K18940)、JSPS科研費 基盤研究(C)(課題番号 JP21K05234)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「独創的原理に基づく革新的光科学技術の創成」(研究総括:河田聡)研究課題「円偏光発光材料の開発に向けた革新的基盤技術の創成」JPMJCR2001(研究代表者:赤木 和夫)、第35回(2019年度)マツダ研究助成(19-KK116)、2021年度 日揮・実吉奨学会研究助成金、令和4年度生産工学部若手研究者支援研究費の支援のもとに行われました。
【用語解説】
※1 円偏光りん光(CPP: Circularly Polarized Phosphorescence)
光は電磁波であり、振幅の方向がある規則に従うものを「偏光」と呼ぶ。偏光は、振幅の方向が一定の面内にある「直線偏光」と、振幅の方向が時間の経過で円を描く「円偏光」に分けられる。キラルな発光体を光で励起する際に、右回転または左回転の円偏光の割合が偏った発光を示すことがあり、これを円偏光発光(CPL)という。中でもりん光発光を示す材料が発するものは円偏光''りん光''(CPP)と呼ばれ、三次元有機ELデバイスなどへの応用が期待されている。
※2 白金錯体
白金と有機物が結合したものを白金錯体と呼ぶ。有機ELディスプレイの発光素子材料として応用が期待されており、一般的に高い発光特性をもつ。
※3 りん光
ルミネセンスの1つであり、物質を励起し、その励起が中止したのちに長い時間発光する現象をりん光と呼ぶ。蛍光が10-9秒程度の寿命であるのに対して、りん光は数秒に達することもある。
※4 無溶媒液体状態
他の物質を溶かす液体のことを溶媒と呼び、代表的なものは水やアルコールなどが挙げられる。有機発光材料のほとんどは室温で固体状態であるため、溶媒に溶解させた溶液状態として利用されることが多い。一方、今回開発したような低い融点を持つ物質は、溶媒を用いなくとも加熱によって液体となり、これを無溶媒液体状態と呼称する。
※5 キラルな構造
右手と左手のように鏡像の関係にあり、重ね合わすことのできないものをキラルという。キラルな分子とは、その鏡像がそれ自身と重なり合うことがない分子であり、通常鏡像体関係にある有機化合物は物理的性質や化学的性質は等しい一方で、偏光が関与する光学的性質は異なる。
※6 過冷却液体
液体が様々な要因により凝固点以下に冷却された状態でも固体化せず、液体の状態を保持する現象。
【関連リンク】
理工学部 応用化学科 准教授 今井 喜胤 (イマイ ヨシタネ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/362-imai-yoshitane.html
理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/
▼本件に関する問い合わせ先
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住所:〒577-8502 大阪府東大阪市小若江3-4-1
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【リリース発信元】 大学プレスセンター
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