地方自治体の予算編成プロセスでのナッジ介入効果を発見
*1」を含むメッセージが予算編成担当者の査定に影響することを実験的に明らかにしました。単年度予算を採用する地方自治体においては、単年度で成果が見込まれる事業が優先され、成果が出るまで時間がかかる事業が後回しにされる傾向があります。成果指標やエビデンスなどの要求側から示される情報にナッジを踏まえたメッセージを追加することが、未来志向の予算編成を促進するのに有効である可能性が示唆されました。本研究成果は、Public Budgeting and Finance誌に掲載されました(7月3日オンライン)。
研究背景
地方自治体の公共予算や財政に関する既存研究では、地方自治体の予算編成担当者が非常に厳しい財政制約のもと、エビデンスや成果情報にどのように注意を払うのかについて、予算決定プロセスに焦点を当てた研究が蓄積されてきました。しかし、既存研究では、予算編成担当者による予算査定の分析と意思決定に焦点をおいておらず、気候変動の緩和のように、多額の事業費が生じるものの、長期的には有益な社会的成果をもたらすプロジェクトへの予算化は見送る傾向にあることが指摘されていました。したがって、必要なエビデンスや成果情報が存在する場合であっても、当該政策の将来の影響には十分に注意が払われていない可能性が指摘されていました。
研究内容
本研究では、全国の地方自治体の予算編成担当者に対して、低炭素化に向けた事業の予算編成に関する独自のシナリオを設けて、4つのタイプの質問紙をランダムに送付しました。回答者は、(A)ベースライン情報(将来の成果情報を含む)、(B)損失フレーム・ナッジのメッセージを加えた追加情報、(C)社会比較・ナッジのメッセージを加えた追加情報、(D)ベースラインの成果情報なしの4つのグループのいずれかに無作為に割り当てられた後、仮想の環境政策プログラムの予算を評価してもらいました (図1)。
図1 実験デザインのイメージ
横浜市立大学 国際商学部・大学院データサイエンス研究科 黒木 淳教授、大阪大学感染症総合教育研究拠点 行動経済学ユニット 佐々木 周作特任准教授(常勤)の研究グループは、地方自治体の予算編成プロセスにおいて、行動経済学の「ナッジ研究成果のポイント
- 地方自治体の予算編成担当者は長期的に有益な社会的成果をもたらすプロジェクトであっても、当年度の財政への影響を重視するあまり予算化を見送る傾向がある。
- 損失フレーム・ナッジ*2は、過小評価されがちな事業の将来の成果を効果的に強調できることが分かった。
- 社会比較・ナッジ*3も同様に未来志向の予算編成を促進できる可能性が示唆された。
- 本研究は、ナッジに基づくメッセージが、個々の市民だけでなく、組織行動の変容の促進にも有効である可能性を提示している。
地方自治体の公共予算や財政に関する既存研究では、地方自治体の予算編成担当者が非常に厳しい財政制約のもと、エビデンスや成果情報にどのように注意を払うのかについて、予算決定プロセスに焦点を当てた研究が蓄積されてきました。しかし、既存研究では、予算編成担当者による予算査定の分析と意思決定に焦点をおいておらず、気候変動の緩和のように、多額の事業費が生じるものの、長期的には有益な社会的成果をもたらすプロジェクトへの予算化は見送る傾向にあることが指摘されていました。したがって、必要なエビデンスや成果情報が存在する場合であっても、当該政策の将来の影響には十分に注意が払われていない可能性が指摘されていました。
研究内容
本研究では、全国の地方自治体の予算編成担当者に対して、低炭素化に向けた事業の予算編成に関する独自のシナリオを設けて、4つのタイプの質問紙をランダムに送付しました。回答者は、(A)ベースライン情報(将来の成果情報を含む)、(B)損失フレーム・ナッジのメッセージを加えた追加情報、(C)社会比較・ナッジのメッセージを加えた追加情報、(D)ベースラインの成果情報なしの4つのグループのいずれかに無作為に割り当てられた後、仮想の環境政策プログラムの予算を評価してもらいました (図1)。
図1 実験デザインのイメージ
その結果、無作為に割り当てられた2つのナッジに基づくメッセージのグループ(B・C)の予算担当者は、ナッジなしのベースライン・グループ(A)の予算担当者よりも、将来の結果について統計的に有意に高い査定でした。一方、ベースライン・グループ(A)の査定額は、何も情報を与えないグループ(D)と統計的に有意な差はありませんでしたが、ベースライン・グループのように成果情報を出すだけでは過小評価される可能性が懸念されました(図2)。
図2 ナッジに基づくメッセージの有無による予算案の意思決定の比較成果情報のみ (A)、
損失フレーム・ナッジのメッセージがある場合(B)、社会比較・ナッジのメッセージがある場合 (C)、
成果情報なし (D) のそれぞれの群ごとの前年度予算額と査定額の比率を示す。
損失フレーム・ナッジのメッセージがある場合(B)、社会比較・ナッジのメッセージがある場合 (C)、
成果情報なし (D) のそれぞれの群ごとの前年度予算額と査定額の比率を示す。
今後の展開
本研究の発見事項は、予算編成の実務に導入が可能であると考えられます。単純な方法としては、予算編成のフォーマットで、損失フレームの表現や社会比較情報を必須とすることなどが挙げられます。また、市民が納税者として最適な政策選択を認識している一方で、地方自治体の認識が十分ではない状況にある場合、市民は、ナッジに基づくコミュニケーション技法を使用し、公務員や政治家に働きかけることができる可能性があります。
ただし、本研究は仮想のシナリオに基づく実験であり、実際の地方自治体の予算編成担当者は、予算要求当局等から相当量の情報にさらされている点に注意が必要です。今後の研究として、本研究で得られた知見が、教育、医療、福祉など他の政策分野に適用できるかどうか、また個々の担当者だけでなく、組織階層での意思決定にナッジがどのように作用するかについての検証が望まれます。
研究費
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究B(21H00762)、横浜市立大学 学長裁量事業戦略的研究推進事業費の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:Nudging public budget officers: A field-based survey experiment
著者: Makoto Kuroki, Shusaku Sasaki
掲載雑誌: Public Budgeting and Finance
DOI:https://doi.org/10.1111/pbaf.12345
用語説明
*1ナッジ: 選択肢を禁じたり、経済的インセンティブを大きく変えたりすることなく、予測可能な形で人々の行動変容を自発的に促す介入手法のこと。
*2損失フレーム・ナッジ:ナッジの種類の一つであり、「その行動をとらなければ損失が生じる」情報を含むメッセージのこと。
*3社会比較・ナッジ: ナッジの種類の一つであり、「他の人はこうしている」情報を含むメッセージのこと。
本研究の発見事項は、予算編成の実務に導入が可能であると考えられます。単純な方法としては、予算編成のフォーマットで、損失フレームの表現や社会比較情報を必須とすることなどが挙げられます。また、市民が納税者として最適な政策選択を認識している一方で、地方自治体の認識が十分ではない状況にある場合、市民は、ナッジに基づくコミュニケーション技法を使用し、公務員や政治家に働きかけることができる可能性があります。
ただし、本研究は仮想のシナリオに基づく実験であり、実際の地方自治体の予算編成担当者は、予算要求当局等から相当量の情報にさらされている点に注意が必要です。今後の研究として、本研究で得られた知見が、教育、医療、福祉など他の政策分野に適用できるかどうか、また個々の担当者だけでなく、組織階層での意思決定にナッジがどのように作用するかについての検証が望まれます。
研究費
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究B(21H00762)、横浜市立大学 学長裁量事業戦略的研究推進事業費の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:Nudging public budget officers: A field-based survey experiment
著者: Makoto Kuroki, Shusaku Sasaki
掲載雑誌: Public Budgeting and Finance
DOI:https://doi.org/10.1111/pbaf.12345
用語説明
*1ナッジ: 選択肢を禁じたり、経済的インセンティブを大きく変えたりすることなく、予測可能な形で人々の行動変容を自発的に促す介入手法のこと。
*2損失フレーム・ナッジ:ナッジの種類の一つであり、「その行動をとらなければ損失が生じる」情報を含むメッセージのこと。
*3社会比較・ナッジ: ナッジの種類の一つであり、「他の人はこうしている」情報を含むメッセージのこと。