世界初ICGを用いた腸管血流の蛍光観察が直腸がんの術後合併症を低下させることを確認
-Annals of Surgery誌に論文発表-
横浜市立大学附属市民総合医療センター 消化器病センター外科 渡邉 純准教授、札幌医科大学 医学部消化器・総合、乳腺・内分泌外科学講座 竹政 伊知朗教授らの研究グループは、腹腔鏡手術(ロボット支援手術も含む)を受ける直腸がん患者さんの術後合併症である縫合不全予防において、インドシアニングリーン(以下ICG)*1という薬剤を用いた蛍光観察による腸管血流評価の有効性を検証する前向きランダム化比較試験*2(EssentiAL試験)を実施しました。
その結果、主要評価項目である縫合不全発生率において、ICGを用いた蛍光観察による腸管血流評価群(図1)が蛍光観察を実施しない対象群(図2)と比較し、統計学的に有意に縫合不全発生率を低下させることを示しました。直腸がん患者さんを対象とした前向きの臨床試験によって、ICGを用いた蛍光観察による腸管血流評価が術後縫合不全発生率を低下させることを示したのは世界初です。本方法を用いることで、より多くの患者さんの直腸がん術後縫合不全を予防できることが期待されます。
本研究の成果は、2022年ヨーロッパ内視鏡外科学会(EAES:European Association for Endoscopic Surgery)学術集会(欧州時間2022年7月7日、発表者:竹政伊知朗)、日本消化器外科学会総会(日本時間2022年7月20日、発表者:渡邉 純)で報告され、科学雑誌「Annals of Surgery」(October 2023 - Volume 278 - Issue 4)に掲載されました。
研究成果のポイント
- 腹腔鏡手術(ロボット支援手術も含む)を受ける直腸がん患者さんに対する前向き臨床試験*3の結果、ICGを用いた蛍光観察による腸管血流評価を受けた患者さんにおいて、蛍光観察を実施しない患者さんと比較し、主要評価項目である術後縫合不全*4発生率を統計学的に有意に低下させることが明らかになった。
- 本試験の結果より、直腸がん術後縫合不全予防に対する標準治療として、ICGを用いた蛍光観察による腸管血流評価を施行することが推奨される可能性を示した。
図1:ICGを用いた蛍光観察による腸管血流評価
ICGを静脈注射し、特殊なカメラで観察することによって、
腸管の血流を蛍光として認識することが可能になる。
ICGを静脈注射し、特殊なカメラで観察することによって、
腸管の血流を蛍光として認識することが可能になる。
図2:蛍光観察を実施しない対象群
これまでは腸管の色調などから血流を評価していた。
これまでは腸管の色調などから血流を評価していた。
研究背景
大腸がんは日本人女性のがん死亡数の1位、男性でも2位であり、また罹患数は男女とも近年増加傾向にあり胃がんや肺がんを抜いて1位となっています。こうした中、直腸がん手術後の縫合不全という重篤な合併症への効果的な対策が求められています。直腸がん術後の縫合不全率は国内の報告をまとめたデータによると約13%と高率です。縫合不全が発症すると便汁が腹腔内に漏れ重症腹膜炎(感染症)を発症する場合があります。また、退院までの期間も縫合不全がない場合は10日前後といわれるところ、1カ月以上かかることが多く、いかに縫合不全を予防するかが、術後の患者さんの経過に大きく影響します。
研究内容
EssentiAL試験は、腹腔鏡手術(ロボット支援手術も含む)を受ける直腸がん患者さんの術後合併症である縫合不全予防において、ICGを用いた蛍光観察による腸管血流評価の有効性を検証する多施設共同第Ⅲ相ランダム化比較試験(jRCTs031180039)です。本研究では、研究者らが共同でコンセプトや試験計画を立案し、全国41施設の協力のもと実施されました。
主要評価項目は、縫合不全発生率とし、ICGを用いた蛍光観察による腸管血流評価の縫合不全発生率における優越性を検証するデザインとしました。対象の主な組み入れ規準は、年齢が20歳以上、ステージ0からIIIの根治的切除可能な肛門から12㎝以内の直腸がんと診断、腹腔鏡手術(またはロボット支援手術)を施行し腸管の吻合を予定している、全身状態が良好(ECOG PSが0または2)である、十分な臓器機能を有するなどとしました。
2018年12月から2021年2月の間に登録された850名の患者さんは1:1にICGを用いた蛍光観察による腸管血流評価群(ICG群)か、蛍光観察を実施しない対象群(対象群)に割り付けられました。850例のうち、有効性解析集団(ICG群/対象群)は422/417名でした。主要評価項目である縫合不全発生率は、ICG群で7.6%、対象群で11.8%、縫合不全発生に対するリスク比は0.645 (95%信頼区間:0.422-0.987、p=0.041)と、統計学的に有意にICG群で縫合不全発生率が低下することが示されました。また、再手術率もICG群で0.5%、対象群で2.4%(p=0.040)と、統計学的に有意にICG群で低率でした。安全性に関しては、ICG群においてICG投与による有害事象は認められませんでした。
今後の展開
本研究により、ICGを用いた蛍光観察による腸管血流評価を用いることで、より多くの患者さんの直腸がん術後縫合不全を予防できることが期待されます。縫合不全の予防は、重症感染症による入院期間の延長や人工肛門造設による生活の質の低下を防ぐことが期待できます。また、我が国から発信する世界初の明確なエビデンスによって、本方法が直腸がん術後縫合不全予防に対する標準治療となることが期待されます。
研究費等
本研究は、日本ストライカー株式会社の支援を受けて実施されました。また本研究にご協力いただきました患者さんとご家族に心より感謝申し上げます。
論文情報
タイトル:Blood Perfusion Assessment by Indocyanine Green Fluorescence Imaging for Minimally Invasive Rectal Cancer Surgery (EssentiAL trial) A Randomized Clinical Trial
著者 :Watanabe, Jun; Takemasa, Ichiro; Kotake, Masanori; Noura, Shingo; Kimura, Kei;
Suwa, Hirokazu; Tei, Mitsuyoshi; Takano, Yoshinao; Munakata, Koji; Matoba, Shuichiro; Yamagishi, Sigeru; Yasui, Masayoshi; Kato, Takeshi; Ishibe, Atsushi; Shiozawa, Manabu; Ishii, Yoshiyuki; Yabuno, Taichi; Nitta, Toshikatsu; Saito, Shuji; Saigusa, Yusuke; Watanabe, Masahiko; for the EssentiAL Trial Group
掲載雑誌:Annals of Surgery
DOI : https://doi.org/10.1097/SLA.0000000000005907
用語説明
*1 インドシアニングリーン(ICG):
肝機能検査(血漿消失率、血中停滞率及び肝血流量測定)にて用いられる薬剤で、近赤外線光に反応し蛍光発光する性質を利用し、血管及び組織の血流評価にも用いられている。
*2 ランダム化比較試験:
登録された患者さんをランダムに各治療群に割り付け、治療成績を比較する研究。
*3 前向き臨床試験:
患者さん協力のもと、新たにデータやサンプルを集め、実際に検証する研究。
*4 縫合不全:
直腸がんの重篤な術後合併症の一つ。腸管のつなぎ目(吻合部)がうまく治癒せず、開いてしまうこと。縫合不全が起こった場合には、腸液が漏れて周囲または腹部全体に腹膜炎を発症する。直腸がんのように肛門に近いところで吻合する手術では、他の場所に比べて縫合不全が起こりやすいと言われている。直腸がんの手術後に縫合不全を発症した場合、入院期間の延長、腹膜炎の症状がある場合には、再手術でおなかの中を洗浄し、人工肛門を作る。