内蔵脂肪型肥満の発症・進展に関わる免疫細胞ATRAPを介した新規メカニズムを解明
横浜市立大学大学院医学研究科 病態制御内科学/医学部 循環器・腎臓・高血圧内科学の塚本俊一郎医師(大学院生)、鈴木徹医師、涌井広道准教授、田村功一主任教授らの研究グループは、同研究科 免疫学 田村智彦主任教授、奥田博史助教らとの共同研究により、内臓脂肪型肥満の発症・進展に関する免疫細胞を介した新規メカニズムを解明しました。
世界的に深刻な問題となっている肥満症の拡大において、免疫細胞ATRAPの発現制御は内臓脂肪型肥満の新たな治療標的となる可能性もあり、将来的な治療法の開発に繋がることが期待されます。
本研究成果は、「Metabolism, Clinical and Experimental」に掲載されました。(2023年10月13日オンライン先行公開)
研究成果のポイント
世界的に深刻な問題となっている肥満症の拡大において、免疫細胞ATRAPの発現制御は内臓脂肪型肥満の新たな治療標的となる可能性もあり、将来的な治療法の開発に繋がることが期待されます。
本研究成果は、「Metabolism, Clinical and Experimental」に掲載されました。(2023年10月13日オンライン先行公開)
研究成果のポイント
- 白血球中のATRAP発現の異常が内臓脂肪型肥満の発症・進展に関与する
- 骨髄ATRAP欠損マウスでは、体重や内臓脂肪重量の増加が抑制され、インスリン抵抗性が改善
- 免疫細胞ATRAPの発現制御は、内臓脂肪型肥満症に対する新規治療標的となり得る
図1 研究の概略図
骨髄ATRAP KOキメラマウスでの単球における遺伝子発現変化が、脂肪組織中のM2マクロファージを減少させ、最終的に内臓脂肪型肥満の軽減やインスリン抵抗性改善につながった。研究背景
肥満症の拡大は世界的に深刻な問題となっています。世界保健機構(WHO)によれば、1975年以来、肥満患者は約3倍に増加しています。肥満は糖尿病、高血圧、虚血性心疾患、慢性腎臓病、悪性腫瘍などの疾患リスクの増大と関連し、肥満者は非肥満者と比べて死亡リスクが2倍に増加するとされています。特に内臓脂肪型肥満には注意が必要であり、これは高血圧、糖尿病、虚血性心疾患などのリスクをさらに高めると報告されています。この内臓脂肪型肥満への対処が、世界的な健康課題となっています。
肥満症における問題の一環として、内臓脂肪の増加がありますが、これには多くの免疫細胞が関与すると考えられています。しかしながら、これらの免疫細胞と内臓脂肪との相互作用についてはまだ多くの部分が十分には解明されていません。
これまでに、当研究グループはアンジオテンシンII受容体(AT1受容体)結合タンパク:ATRAP*1についての研究を行ってきました。心臓、腎臓、脂肪組織などの各臓器におけるATRAPの発現異常が、高血圧や糖尿病、肥満症の発症や進行と関連することを報告してきました[1]。さらに最近の報告では、免疫細胞におけるATRAPの存在が、全身の炎症やマクロファージの極性に影響する可能性を示唆しています[2,3]。しかしながら、肥満の病態における免疫細胞ATRAPの具体的な機能はまだ解明されていませんでした。そこで、本研究では肥満の病態における免疫細胞ATRAPの病態生理学的な意義について検討を行いました。
研究内容
まず、野生型マウスに高脂肪食を与えて肥満にしたところ、肥満の初期段階で白血球中のATRAP発現が増加することがわかりました。そこで次に、骨髄移植によって骨髄のATRAPを欠損させたマウス(骨髄ATRAP-KOキメラマウス)を作成し、高脂肪食を与えたところ、骨髄野生型キメラマウスと比べて肥満が有意に抑制されていることがわかりました。さらに、骨髄ATRAP KOキメラマウスでは骨髄野生型キメラマウスと比べて、内臓脂肪の減少、インスリン抵抗性の改善、脂肪組織の代謝環境の改善を認めました。そこで、脂肪組織をさらに詳細に調べたところ、ATRAP KOキメラマウスの脂肪組織ではM2 (CD206+)マクロファージが減少しており、関連するTGF-β経路も抑制されていることがわかりました。脂肪組織におけるM2 (CD206+)マクロファージとTGF-β経路の増加は脂肪組織の拡大やインスリン抵抗性を悪化させることが別の研究でも報告されており[4]、これらの変化が骨髄ATRAP KOキメラマウスでの抗肥満効果に繋がっていたと考えられました。さらに骨髄ATRAP KOキメラマウスでの単球を調べたところ、M2 (CD206+)マクロファージ極性の抑制に関与する遺伝子発現変化を認めており、骨髄ATRAP KOキメラマウスでは、単球レベルでの遺伝子環境の変化が最終的に内臓脂肪の軽減などに寄与していると考えられました。
今後の展開
本研究の結果は、内臓脂肪型肥満の発症・進展に免疫細胞ATRAPが重要な役割を果たしていることを明らかにしました。また、骨髄・免疫細胞中のATRAPの発現は、内臓脂肪型肥満のバイオマーカーやサロゲートマーカーとして応用できる可能性が期待されています。さらに、免疫細胞ATRAPの発現制御は内臓脂肪型肥満の新たな治療標的となる可能性もあり、将来的には新規の肥満症治療の開発につながることも期待されます。
研究費
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金、一般財団法人 横浜総合医学振興財団、日本腎臓病協会・日本ベーリンガーインゲルハイム共同研究事業、公益財団法人 上原記念生命科学財団、公益財団法人 ソルト・サイエンス研究財団医学研究プロジェクト助成、公益社団法人 日本透析医会、守谷奨学財団および横浜市立大学かもめプロジェクトなどの助成を受けて実施されました。
論文情報
タイトル: Angiotensin II type 1 receptor-associated protein in immune cells: a possible key factor in the pathogenesis of visceral obesity
著者: Shunichiro Tsukamoto, Toru Suzuki, Hiromichi Wakui, Tatsuki Uehara, Juri Ichikawa, Hiroshi Okuda, Kotaro Haruhara, Kengo Azushima, Eriko Abe, Shohei Tanaka, Shinya Taguchi, Keigo Hirota, Sho Kinguchi, Akio Yamashita, Tomohiko Tamura, Kouichi Tamura
掲載雑誌: Metabolism, Clinical and Experimental
DOI: https://doi.org/10.1016/j.metabol.2023.155706
用語説明
*1 ATRAP/Agtrap:
生活習慣病増悪因子結合受容体(1型アンジオテンシン受容体)に直接結合し、その機能を制御する低分子蛋白(AT1 receptor-associated protein; ATRAP)(参考文献 [1-3])
参考文献など
[1] Tamura K, et al. ATRAP, a receptor-interacting modulator of kidney physiology, as a novel player in blood pressure and beyond. Hypertens Res. 2022 Jan;45(1):32-39. doi: 10.1038/s41440-021-00776-1.
[2] Haruhara K, et al. Deficiency of the kidney tubular angiotensin II type1 receptor-associated protein ATRAP exacerbates streptozotocin-induced diabetic glomerular injury via reducing protective macrophage polarization. Kidney Int. 2022 May;101(5):912-928. doi: 10.1016/j.kint.2022.01.031.
[3] Haruhara K, et al. Angiotensin receptor-binding molecule in leukocytes in association with the systemic and leukocyte inflammatory profile. Atherosclerosis. 2018 Feb;269:236-244. doi: 10.1016/j.atherosclerosis.2018.01.013.
[4] Nawaz A, et ai. CD206+ M2-like macrophages regulate systemic glucose metabolism by inhibiting proliferation of adipocyte progenitors. Nat Commun. 2017 Aug 18;8(1):286. doi: 10.1038/s41467-017-00231-1.