アンジオテンシンⅡ(血圧調節ホルモン)関連疾患の新たな治療戦略
―miR-125-5pによるアンジオテンシンII受容体活性化機構の発見―
琉球大学大学院医学研究科先進医療創成科学講座 山下暁朗教授、横浜市立大学附属病院腎臓・高血圧内科 廣田慧悟医師(横浜市立大学大学院医学研究科病態制御内科学博士課程4年)、循環器・腎臓・高血圧内科学 田村功一教授、涌井広道准教授らの研究グループは、高血圧の発症に関与する経路の中で重要な役割をするレニン-アンジオテンシン系(RAS)に関する研究で、miRNA(*1)の1種であるmiR-125a-5p/miR-125b-5p(miR-125-5p)の阻害がAngiotensinⅡ(*2)(アンジオテンシンII :Ang II)受容体(AT1R)のシグナル伝達を抑制することを解明しました。この分子機構の一つが、miR-125-5pの直接標的である内因性 AT1R阻害因子(ATRAP)(*3)の発現誘導であることを明らかにしました。
このmiR-125-5p 阻害は、AngⅡ関連疾患に対する新たな治療戦略となると期待されます。
本研究成果は、「Journal of Biological Chemistry」に掲載されました。
このmiR-125-5p 阻害は、AngⅡ関連疾患に対する新たな治療戦略となると期待されます。
本研究成果は、「Journal of Biological Chemistry」に掲載されました。
研究の背景
高血圧は、世界中で最も一般的な合併症のひとつであり、2010年には世界の成人人口の31.1%(13億9,000万人)が高血圧であることが報告されています。高血圧は多くの臓器に影響を及ぼし、心血管疾患を含むさまざまな健康問題を引き起こします。レニン-アンジオテンシン系(RAS)は高血圧の発症に関与する経路の中で、重要な役割を果たしています。特に、アンジオテンシンII(Ang II)-Ang IIタイプ1受容体(AT1R)シグナル伝達経路は、動脈収縮、尿細管ナトリウム再吸収、鉱質コルチコイドであるアルドステロンの放出 、インスリン抵抗性の誘導に直接影響します。また、局所におけるAng II-AT1Rシグナル伝達経路の活性化は、高血圧、酸化ストレスに関連する腎疾患、線維化状態の発症に寄与しています。そのため、RAS阻害薬は、その降圧作用や臓器保護作用により、重要な薬剤として広く利用されています 。しかし、RASの過剰な阻害は、低血圧、高カリウム血症、腎障害などの有害事象と関連するなど課題もあり、これらを解決した新たな治療法の確立が望まれています。
図1 miR-125阻害がアンジオテンシンIIシグナル伝達を抑制することを発見
左:通常のアンジオテンシンIIシグナル伝達
アンジオテンシンIIによるAT1R活性化は、miR-125を抑制することでATRAP mRNA発現を誘導。
一方で、プロテアソームを活性化することでATRAPタンパク質を分解する。
結果として、アンジオテンシンIIシグナル伝達により、高血圧因子(ENaC)や
線維化因子(TGF)の発現が上昇する
右:miR-125阻害はアンジオテンシンIIシグナル伝達を抑制
事前にmiR-125を阻害しておくと、ATRAPタンパク質が高い状態となり、
アンジオテンシンによるAT1Rの過剰活性化を抑制する。
これにより、プロテアソーム活性化や高血圧因子(ENaC)や線維化因子(TGF)の
発現上昇が起きなくなる
研究の成果
本研究では、ATRAP発現を直接制御する因子としてmiRNA(*1)に着目し、ヒトとマウスで共通に働くmiR-125a-5p/miR-125b-5p (miR-125-5p)を同定しました(図1)。
(1)miR-125-5pを阻害によるAT1Rシグナル活性化の抑制
miR-125-5pの阻害剤を用いた解析により、定常状態のマウス遠位尿細管細胞株(mDCT)において、miR-125-5p阻害がATRAP mRNAとタンパク質の蓄積を誘導することを明らかにしました。さらに、miR-125-5p阻害により、ATRAPを蓄積させることでAng IIによるAT1Rシグナル活性化を抑制できることを発見しました(図1右)。
(2)Ang IIを刺激によるATRAP タンパク質の低下
これらの発見と平行し、mDCT細胞において、Ang II刺激によりATRAP mRNAが増加する一方で、ATRAPタンパク質が低下することを明らかにしました。さらに、Ang II刺激によりmiR-125a-5pとmiR-125b-5pの発現が共に低下することを見いだし、Ang II刺激によるATRAP mRNAの増加がmiR-125-5pの発現低下によるものであることを明らかにしました。一方、ATRAPタンパク質の低下は、Ang II刺激により活性化されたプロテアソームによるものであることも解明しました(図1左)。
(3)miR-125-5pを阻害によるATRAPの発現低下の抑制
上述のことから、miR-125-5pの阻害により、事前に定常状態でのATRAPの蓄積を誘導しておくと、Ang II-AT1Rシグナルの活性化が抑えられるため、Ang II依存的なATRAPの発現低下が起きなくなることも明らかにしました。
本研究成果の意義と今後の展開
本研究によりmiR-125-5p 阻害剤がATRAP発現促進を介してAT1Rシグナル伝達を抑制可能であることを示しました。miRNAはその性質上、ATRAP以外のターゲットにも作用して、この結果をもたらした可能性も考えられます。実際に、miR-125bの阻害がマウス心虚血再灌流により生じるAT1Rシグナル依存的な心線維症を複数の標的mRNAの阻害を介し抑制することも報告されています(文献2)。
以上より、miR-125-5p 阻害剤は、AngⅡ関連疾患に対する新たな治療戦略となると期待されます。
用語解説
*1 miRNA : 20塩基ほどの小さな1本鎖RNAであり、標的遺伝子のmRNA 3‘側非翻訳領域に結合することでmRNAの不安定化や翻訳阻害をすることで標的遺伝子の転写後発現調節を担う。
*2 アンジオテンシンII:末梢血管収縮や副腎皮質からのアルドステロン分泌促進を行うことで血圧を上昇させる作用を持つ生理活性ペプチド。
*3 ATRAP: 1型アンジオテンシン受容体(AT1R)に直接結合し、その機能を制御する低分子タンパク質。Angiotensin II type-I receptor-associated protein の略語。
研究費
日本学術振興会科学研究費,AMED革新的医療技術創出拠点プロジェクト/橋渡し研究戦略的推進プログラム,横浜総合医学振興財団,上原記念生命科学財団,日本腎臓病協会・日本ベーリンガーインゲルハイム共同研究事業,日本透析医会,ソルト・サイエンス研究財団医学プロジェクト研究助成,横浜市立大学かもめプロジェクト, 国立研究開発法人科学技術振興機構(ムーンショットR&D)および守谷奨学財団などの研究助成を受けて行われました。
論文情報
(1) 論文タイトル:miR-125a-5p/miR-125b-5p contributes to pathological activation of Angiotensin II-AT1R in mouse distal convoluted tubule cells by the suppression of Atrap
(日本語:マウス遠位尿細管細胞において、miR-125a-5p/miR-125b-5pはAtrapの発現抑制を
介して、AngioteinsinII-AT1Rの過剰活性化に関与する)
(2) 雑誌名:Journal of Biological Chemistry
(3) 著者:Keigo Hirota, Akio Yamashita, Eriko Abe, Takahiro Yamaji, Kengo Azushima,
Shohei Tanaka, Shinya Taguchi, Shunichiro Tsukamoto, Hiromichi Wakui, Kouichi Tamura
(日本語:廣田慧悟、山下暁朗、安部えり子、山地孝拡、小豆島健護、田中翔平、田口慎也、
塚本俊一郎、涌井広道、田村功一)
(4) DOI番号:https://doi.org/10.1016/j.jbc.2023.105478
(5) URL https://www.jbc.org/article/S0021-9258(23)02506-1/fulltext
参考文献
(文献1)Tamura, K, et al. ATRAP, a receptor-interacting modulator of kidney physiology, as a novel player in blood pressure and beyond. Hypertens. Res. 45, 32-39 (2022).
(文献2)Nagpal, V et al. MiR-125b Is Critical for Fibroblast-to-Myofibroblast Transition and Cardiac Fibrosis." Circulation 133(3): 291-301 (2016).