生産性の地域間格差の動向を解明
―日本産業における確率的収束モデル分析―
横浜市立大学国際商学部の大塚章弘准教授は、全要素生産性(TFP)*1の地域間格差を計測する方法を開発し、日本の産業における生産性の地域間格差の動向を分析しました。TFPの地域間格差の分析は、確率的収束モデル*2の手法をもとに産業別に実施され、分析の結果、製造業のTFPは各都道府県それぞれの固有の水準に収束しつつ、成長していることを確認しました。
本研究成果は、Springer Natureが発行するAsia-Pacific Journal of Regional Scienceに掲載されました。(2023年12月10日オンライン)
研究成果のポイント
・日本の産業における生産性の地域間格差の動向を分析した結果、製造業の生産性の地域間格差は地域固
有の水準に収束していることが明らかになった。
・モノづくり産業を中心とした近年の産業立地政策は効果的であった可能性が高い。
・サービス産業の生産性は成長しておらず、日本経済全体の生産性を高めていくためには効果的なサービ
ス産業の生産性向上策が必要であることが明らかとなった。
研究背景
国内の地域間格差は、国の経済成長とその持続的な発展を考えるうえで重要なテーマです。日本では、2000年以降、産業集積の形成と強化に関する様々な産業立地政策が実施されました。例えば、経済産業省の「産業クラスター計画」や文部科学省の「知的クラスター創成事業」といった政策は、地方自治体が地元の企業や大学、研究機関と連携することで、産業のイノベーション能力を高めることを目指しました。こうした政策は、経営資源が乏しい地方であっても、産学官のネットワーク形成によって地域固有の技術に基づいた新技術や新製品の開発が可能になることが期待されました。
政策実施から約20年が経過した現在、各地域の生産性はどのようになったのか、生産性の動向とその地域間格差を検証するべきタイミングを迎えています。2000年代に発表された地域間格差に関する研究は、米国においてGarofalo and Yamarik (2002)、ドイツにおいてKeller (2000)、日本ではFukao and Yue (2000)などがあります。しかし、それらの研究は全て、経済全体の成長パフォーマンスに焦点を当てたものであり、個別産業の視点は分析モデル構築の難しさ等の理由から研究対象外となっていました。そのため、地域間格差の具体的要因を解明するためには、産業別データを活用した地域間格差評価のための分析モデル構築が望まれていました。
諸外国では、フランスにおいて競争的な産業クラスターに立地している企業の生産性は、産業クラスターに立地していない企業と比較して、相対的に高かったことを示した研究事例があります。もしも日本の産業立地政策が、政策当局が想定したような効果を発揮したならば、地方産業の生産性は上昇したはずであり、結果として、多くの地方が先進地域にキャッチアップした可能性があります。本研究は、統計的手法をもとにその可能性を評価したものです。
研究内容
本研究では、2000年を出発点として、データが入手可能な最新年である2018年までの時間軸において、TFPの地域間格差収束の有無を産業別に検証しています。この研究の特徴は次の2点です。第一は、都道府県別産業別にTFPを計測することで、現時点での各産業の技術水準を定量評価している点です。第二は、生産性の地域間格差収束を産業別の視点から検証している点です。
まず、本研究では、地域間格差収束を検証するための確率的収束モデルを構築しました。そのモデルをもとに分析した結果、加工組立型製造業のTFP成長が著しく、TFPが地域間格差収束を伴いながら成長している可能性が示唆されました。そこで、地域間格差収束の有無を統計的に検証したところ、製造業を中心とするモノづくり産業では、TFPの地域間格差が収束している証拠を得ることができました(図1)。
図1 47都道府県の製造業のTFP動向について
今後の展望
本研究の結果は、日本の産業立地政策のあり方に関して重要な示唆を提供します。日本では人口の首都圏への移動が著しく、国土構造は東京一極集中型です。地方から東京への人口移動の傾向は、コロナ禍を経た現在においても継続しています。空間経済学*3の理論によれば、こうした一極集中型の国土構造が形成されると集積の経済が強化され、生産性の地域間格差が拡大することになります。しかし、本研究では、製造業において地域間格差が拡大していることを示す証拠は得られませんでした。むしろ、TFPが地域固有の水準に収束していることを示す証拠が得られています。このことは、産業クラスター政策のような産業立地政策により、地方に立地する製造業のイノベーション能力が強化され、地方経済が大都市地域にキャッチアップできる可能性を示唆します。
その一方、日本の主要な産業であるサービス産業の生産性は、製造業を大きく下回っており、地域間格差は収束していないことが確認できました。サービス産業が日本全体のTFP成長をけん引していないことを示した本研究の結果は、サービス産業ではイノベーション能力の向上が依然として十分ではないことを意味しています。この点はサービス産業に関する多くの研究結果と一致しています。そのため、今後、日本経済全体の生産性を持続的に高めるには、政府はサービス産業のTFPを上昇させる施策を実施する必要があります。
研究費
本研究は、横浜市立大学第5期戦略的研究推進事業「研究開発プロジェクト」の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル: Regional convergence of total factor productivity in Japanese industries: evidence from the twenty‑first century industry data
著者: Akihiro Otsuka
掲載雑誌: Asia-Pacific Journal of Regional Science
DOI:https://doi.org/10.1007/s41685-023-00323-5
用語説明
*1 全要素生産性(Total Factor Productivity、 TFP):
生産性に関する指標であり、経済成長を産み出す「質的な要因」の一つとして位置付けられる。TFPは、量的な生産要因(労働力、資本投資など)以外の質的な要因(技術革新、効率改善など)による生産性の変化を示すため、経済成長や産業の比較、政策評価などに使用され、特定の経済領域や産業の生産性変化を理解するための重要な指標として活用される。
*2 確率的収束モデル(Stochastic Convergence Model):
異なる地域や地理的な領域間で経済的、社会的、人口統計的な変数が時間とともに収束するかどうかを説明するためのモデル。確率的収束モデルは、地域間の格差が時間とともに広がる(発散する)、収束する(縮小する)、あるいは一定の状態を保つ、といった動きを理解するために使用される。生産性だけでなく、地域間の所得格差や経済成長率、インフラの発展、教育水準、労働市場の条件など様々な要素に応用できるため、経済政策の評価や効果の予測、地域開発戦略の策定など、政策立案の支援に活用される。
*3 空間経済学:
経済学の一分野であり、特定の地域における産業集積や都市形成の要因といった経済の空間的な側面を理論的に分析する。
参考文献
本論文では、確率フロンティア分析(SFA)を活用してTFPのパフォーマンスを評価する方法を開発し、日本の地域間ネットワークの経済性を評価しました。TFPは都道府県別産業別に計測され、分析の結果、製造業のTFPは地域間格差の縮小を伴いながら上昇しており、高速交通網の整備に伴う集積の影の影響(ストロー効果)が顕在化していないことを確認しました。本研究は現在の高速交通インフラ整備の妥当性を評価し、地方創生の進化と国土形成の在り方の検討に貢献します。
詳しくはこちらをご覧ください。
https://www.yokohama-cu.ac.jp/res-portal/news/2023/20231213otuka.html
本研究成果は、Springer Natureが発行するAsia-Pacific Journal of Regional Scienceに掲載されました。(2023年12月10日オンライン)
研究成果のポイント
・日本の産業における生産性の地域間格差の動向を分析した結果、製造業の生産性の地域間格差は地域固
有の水準に収束していることが明らかになった。
・モノづくり産業を中心とした近年の産業立地政策は効果的であった可能性が高い。
・サービス産業の生産性は成長しておらず、日本経済全体の生産性を高めていくためには効果的なサービ
ス産業の生産性向上策が必要であることが明らかとなった。
研究背景
国内の地域間格差は、国の経済成長とその持続的な発展を考えるうえで重要なテーマです。日本では、2000年以降、産業集積の形成と強化に関する様々な産業立地政策が実施されました。例えば、経済産業省の「産業クラスター計画」や文部科学省の「知的クラスター創成事業」といった政策は、地方自治体が地元の企業や大学、研究機関と連携することで、産業のイノベーション能力を高めることを目指しました。こうした政策は、経営資源が乏しい地方であっても、産学官のネットワーク形成によって地域固有の技術に基づいた新技術や新製品の開発が可能になることが期待されました。
政策実施から約20年が経過した現在、各地域の生産性はどのようになったのか、生産性の動向とその地域間格差を検証するべきタイミングを迎えています。2000年代に発表された地域間格差に関する研究は、米国においてGarofalo and Yamarik (2002)、ドイツにおいてKeller (2000)、日本ではFukao and Yue (2000)などがあります。しかし、それらの研究は全て、経済全体の成長パフォーマンスに焦点を当てたものであり、個別産業の視点は分析モデル構築の難しさ等の理由から研究対象外となっていました。そのため、地域間格差の具体的要因を解明するためには、産業別データを活用した地域間格差評価のための分析モデル構築が望まれていました。
諸外国では、フランスにおいて競争的な産業クラスターに立地している企業の生産性は、産業クラスターに立地していない企業と比較して、相対的に高かったことを示した研究事例があります。もしも日本の産業立地政策が、政策当局が想定したような効果を発揮したならば、地方産業の生産性は上昇したはずであり、結果として、多くの地方が先進地域にキャッチアップした可能性があります。本研究は、統計的手法をもとにその可能性を評価したものです。
本研究では、2000年を出発点として、データが入手可能な最新年である2018年までの時間軸において、TFPの地域間格差収束の有無を産業別に検証しています。この研究の特徴は次の2点です。第一は、都道府県別産業別にTFPを計測することで、現時点での各産業の技術水準を定量評価している点です。第二は、生産性の地域間格差収束を産業別の視点から検証している点です。
まず、本研究では、地域間格差収束を検証するための確率的収束モデルを構築しました。そのモデルをもとに分析した結果、加工組立型製造業のTFP成長が著しく、TFPが地域間格差収束を伴いながら成長している可能性が示唆されました。そこで、地域間格差収束の有無を統計的に検証したところ、製造業を中心とするモノづくり産業では、TFPの地域間格差が収束している証拠を得ることができました(図1)。
図1 47都道府県の製造業のTFP動向について
(注)横軸は2000年におけるTFPの水準、縦軸は2000-2018年のTFPの変化を表す。図では,2000年時点でTFP水準が低い地域のTFP成長が相対的に高いことを示している。特に東北地域においてTFP成長が高く,傾向に地域差があることが見て取れる。
本研究の結果は、日本の産業立地政策のあり方に関して重要な示唆を提供します。日本では人口の首都圏への移動が著しく、国土構造は東京一極集中型です。地方から東京への人口移動の傾向は、コロナ禍を経た現在においても継続しています。空間経済学*3の理論によれば、こうした一極集中型の国土構造が形成されると集積の経済が強化され、生産性の地域間格差が拡大することになります。しかし、本研究では、製造業において地域間格差が拡大していることを示す証拠は得られませんでした。むしろ、TFPが地域固有の水準に収束していることを示す証拠が得られています。このことは、産業クラスター政策のような産業立地政策により、地方に立地する製造業のイノベーション能力が強化され、地方経済が大都市地域にキャッチアップできる可能性を示唆します。
その一方、日本の主要な産業であるサービス産業の生産性は、製造業を大きく下回っており、地域間格差は収束していないことが確認できました。サービス産業が日本全体のTFP成長をけん引していないことを示した本研究の結果は、サービス産業ではイノベーション能力の向上が依然として十分ではないことを意味しています。この点はサービス産業に関する多くの研究結果と一致しています。そのため、今後、日本経済全体の生産性を持続的に高めるには、政府はサービス産業のTFPを上昇させる施策を実施する必要があります。
研究費
本研究は、横浜市立大学第5期戦略的研究推進事業「研究開発プロジェクト」の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル: Regional convergence of total factor productivity in Japanese industries: evidence from the twenty‑first century industry data
著者: Akihiro Otsuka
掲載雑誌: Asia-Pacific Journal of Regional Science
DOI:https://doi.org/10.1007/s41685-023-00323-5
用語説明
*1 全要素生産性(Total Factor Productivity、 TFP):
生産性に関する指標であり、経済成長を産み出す「質的な要因」の一つとして位置付けられる。TFPは、量的な生産要因(労働力、資本投資など)以外の質的な要因(技術革新、効率改善など)による生産性の変化を示すため、経済成長や産業の比較、政策評価などに使用され、特定の経済領域や産業の生産性変化を理解するための重要な指標として活用される。
*2 確率的収束モデル(Stochastic Convergence Model):
異なる地域や地理的な領域間で経済的、社会的、人口統計的な変数が時間とともに収束するかどうかを説明するためのモデル。確率的収束モデルは、地域間の格差が時間とともに広がる(発散する)、収束する(縮小する)、あるいは一定の状態を保つ、といった動きを理解するために使用される。生産性だけでなく、地域間の所得格差や経済成長率、インフラの発展、教育水準、労働市場の条件など様々な要素に応用できるため、経済政策の評価や効果の予測、地域開発戦略の策定など、政策立案の支援に活用される。
*3 空間経済学:
経済学の一分野であり、特定の地域における産業集積や都市形成の要因といった経済の空間的な側面を理論的に分析する。
参考文献
Akihiro Otsuka(2023)Impacts of enhancing regional network economies on regional productivity and productive efficiency in Japan: evaluation from stochastic frontier analysis. Asia-Pacific Journal of Regional Science
https://doi.org/10.1007/s41685-023-00321-7 (2023年11月23日オンライン)本論文では、確率フロンティア分析(SFA)を活用してTFPのパフォーマンスを評価する方法を開発し、日本の地域間ネットワークの経済性を評価しました。TFPは都道府県別産業別に計測され、分析の結果、製造業のTFPは地域間格差の縮小を伴いながら上昇しており、高速交通網の整備に伴う集積の影の影響(ストロー効果)が顕在化していないことを確認しました。本研究は現在の高速交通インフラ整備の妥当性を評価し、地方創生の進化と国土形成の在り方の検討に貢献します。
詳しくはこちらをご覧ください。
https://www.yokohama-cu.ac.jp/res-portal/news/2023/20231213otuka.html