【東京農業大学(共同研究)】コケ植物が環境に応じて隣同士の細胞間コミュニケーションを制御する新たな仕組みを発見

~環境悪化にともない、ストレスホルモン、アブシジン酸が細胞壁にあく多数の小さな孔の形成を抑制~

ポイント
  • 植物ホルモンABAが原形質連絡(PD)の形成を抑制し、密度を低下させることを初めて解明。
  • PD密度の制御に関与するABAシグナル経路の主要因子を同定。
  • 環境に応じた細胞間コミュニケーションの調節機構を明らかにし、育種への応用にも期待。
概要
北海道大学大学院理学研究院の神野智世博士研究員、楢本悟史准教授、藤田知道教授らの研究グループは、東京農業大学生命科学部の坂田洋一教授、埼玉大学大学院理工学研究科の竹澤大輔教授らとの共同研究により、コケ植物が環境に応じて細胞間コミュニケーションを調節する新たな仕組みを発見しました。
植物は「原形質連絡(Plasmodesmata, PD)」と呼ばれる細胞壁にある多数の微細な孔を通じて、細胞間で情報分子や栄養素をやり取りしています(下記図「原形質連絡の構造」)。このPDは直径わずか数十ナノメートルと極めて小さく、この構造を通じてRNAや代謝産物、イオンなどが通過することで細胞同士が協調し、個体全体としての成長や環境応答が維持されています。

本研究では、モデルコケ植物ヒメツリガネゴケを用いた解析により、植物ホルモン「アブシジン酸(Abscisic acid, ABA)」がPDの形成を抑制し、その密度を低下させることを世界で初めて明らかにしました。
 さらに、ABAの受容体(PYL*1)、リン酸化酵素(SnRK2*2)、脱リン酸化酵素(PP2C*3)といったABAシグナル伝達経路の主要因子に加えて、転写因子ABI5*4がPDの数の制御に、別の転写因子ABI3*5がPDの透過性(構造)に関与することも解明しました。

これらの成果から、植物はストレス環境下でPDの数と機能を柔軟に調整し、情報分子の細胞間におけるやり取り(細胞間コミュニケーション)を制限・再開することで成長のバランスを取っていることが示唆されます。これは、植物が進化の中で獲得した高度な環境適応戦略の一端を明らかにするものであり、今後、乾燥や塩害などの環境ストレスに強い作物の開発にもつながる重要な基礎知見となります。
本研究成果は、2025年5月7日(水)公開のScience Advances誌(米国科学振興協会(AAAS)の学術誌)に掲載されました。
原形質連絡の構造

【背景】
植物は細胞間を「原形質連絡(Plasmodesmata, PD)」と呼ばれる微細な孔で結び、情報分子や栄養をやり取りすることで、成長や環境応答を協調的に制御しています。PDは1879年に発見された非常に古い構造ですが、その形成メカニズムや数(密度)をどのように制御しているかは未解明のままでした。特に、植物が乾燥や塩害などのストレス環境下で、細胞間コミュニケーションをどのように調節しているのかは、大きな謎とされてきました。

【研究手法】
本研究では、モデルコケ植物ヒメツリガネゴケの原糸体を用いて、ABA処理により新たに形成される細胞壁(隔壁)におけるPD密度の変化を観察しました。さらに、遺伝子変異体を用いて、ABAシグナル伝達に関与する複数の因子、受容体(PYL)、リン酸化酵素(SnRK2)、脱リン酸化酵素(PP2C)及び転写因子ABI3・ABI5の関与について網羅的に調べました。

【研究成果】
ABA処理により、処理後に新たに形成される隔壁でPDの形成が抑制され、PD密度が低下することが明らかとなりました(図1)。これは、ABAがPDの形成そのものを制御していることを示しています。また、ABAシグナル伝達に関与する複数の因子に加え、PDの密度制御には転写因子ABI5、透過性制御にはABI3が関与することが判明しました(図2)。これにより、植物が環境ストレスの強弱に応じてPDの数と性質を調節し、細胞間の情報伝達を柔軟にコントロールしている可能性が示されました。この発見は、乾燥ストレスに強い作物の開発など、応用にもつながる重要な基礎知見です。

【今後への期待】
今回見出したABAによるPD形成の抑制機構は、PD形成に直接関与する因子の同定につながる重要な糸口となります。今後、この制御の“下流”で実際にPDの形成を担う分子を特定することで、植物の細胞間コミュニケーションの全貌に迫ることが期待されます。
また、植物が水中から陸上へと進化する過程で、環境ストレスへの適応手段として細胞間コミュニケーションの制御機構をどのように獲得してきたのかを探るうえでも、貴重な手がかりとなります。さらに本研究で得られた知見は、乾燥や高塩などの過酷な環境下でも生育可能な作物の開発にも貢献しうるものであり、今後の農業や環境応答技術への応用が期待されます。

【謝辞】
本研究は、笹川科学助成(2021-4043)、北海道大学博士人材フェローシップ、JSTさきがけ(JPMJPR22D6)、JSPS科研費(JP23K05800、JP19K06713、JP23K05821、JP20H04878、JP21K19247、JP21H02516)などの支援により実施されました。

論文情報
論文名 Abscisic acid signaling regulates primary plasmodesmata density for plant cell-to-cell Communication(アブシシン酸シグナルは、植物の細胞間コミュニケーションに関わる一次原形質連絡の密度を制御する)
著者名 神野智世1、藤崎 健2、四井いずみ2、大内基生3、シン プレルナ(Prerna Singh)4、楢本悟史1,5、竹澤大輔3*、坂田洋一2*、藤田知道1*(1北海道大学大学院理学研究院、2東京農業大学生命科学部、3埼玉大学大学院理工学研究科、4北海道大学大学院生命科学院、5科学技術振興機構さきがけ、*責任著者)
雑誌名 Science Advances(米国科学振興協会(AAAS)の学術誌)
DOI 10.1126/sciadv.adr8298
公表日 2025年5月7日(水)(オンライン公開)

【参考図】

図1. ヒメツリガネゴケ原糸体におけるABA処理前(上)と4日目(下)の隔壁の様子。色別の*は同じ細胞、青矢印は既存の隔壁、黄矢印はABA処理後に新たに形成された隔壁を示す。新たな隔壁ではPD密度が低下していた。



図2. ABAによるPDを介した細胞間コミュニケーションの制御機構。赤で示された部分が、今回新たに明らかになったPD密度の制御機構。
【用語解説】
*1 PYL … ABA受容体、PYRABACTIN RESISTANCE-LIKEの略称。
*2 SnRK2 … リン酸化酵素、SUCROSE NONFERMENTING 1-RELATED PROTEIN KINASE 2の略称。
*3 PP2C … 脱リン酸化酵素、type 2C protein phosphatase ABA-INSENSITIVE 1 (ABI1)の略称。
*4 ABI5 … 転写因子、ABA-INSENSITIVE 5の略称。
*5 ABI3 … 転写因子、ABA-INSENSITIVE 3の略称。




本件に関するお問合わせ先
東京農業大学 学長室 企画広報課
TEL: 03-5477-2650 / FAX: 03-5477-2804 / Email: info@nodai.ac.jp

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組織名
学校法人東京農業大学
ホームページ
https://www.nodai.ac.jp/hojin/
代表者
江口 文陽
資本金
0 万円
上場
非上場
所在地
〒156-8502 東京都世田谷区桜丘1丁目1-1
連絡先
03-5477-2300

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