栄養塩が半減しても、海の生産力は一定水準を保っていた ~播磨灘の植物プランクトン生産量を3年半にわたり測定して実証~

 香川大学瀬戸内圏研究センター(併任)の中國正寿助教らは、2019年2月から2022年7月までの3年半、播磨灘において13C法※を用いて植物プランクトンの基礎生産量を現場で毎月測定しました。その結果、栄養塩の指標であるDIN(溶存態無機窒素:Dissolved Inorganic Nitrogen)濃度が過去約25年間で約半分に減少していたにもかかわらず、水柱全体で積算した基礎生産量は1990年代と同程度の水準を維持していることが分かりました。本研究は、沿岸域で進む貧栄養化の中でも、生態系の基盤となる生産力がどのように保たれているかを示す重要な知見です。
 本研究成果は、Cell誌を刊行するCell Press社の国際学術誌『Cell Reports Sustainability』に2026年5月26日付けでオンライン掲載されました。


【研究の背景】

 瀬戸内海は、1960~70年代の高度経済成長期に深刻な水質汚濁を経験し、大規模な赤潮が頻発しました。その後、1973年の環境保全法制定、1979年の総量規制制度導入により、総窒素と総リン負荷量は1970年代比でそれぞれ40%、60%にまで低下し、赤潮発生回数もピーク時の3分の1以下にまで減少しました。
 しかし近年、行き過ぎた水質改善による「貧栄養化」が新たな課題として浮上しています。カタクチイワシやイカナゴの漁獲量の減少、養殖ノリの色落ち被害など、豊かな漁場としての瀬戸内海の生産力低下が懸念されています。栄養塩の減少が生態系全体にどのような影響を及ぼしているかを把握するためには、食物連鎖の出発点である植物プランクトンの基礎生産量を直接測定することが不可欠ですが、最新の実測データは極めて限られていました。

【研究の内容と成果】

 研究グループは、播磨灘の定点(水深約35 m)において、2019年2月から2022年7月まで毎月、13C法※による基礎生産量の現場測定を実施しました。主な成果は以下の通りです。



1.年間基礎生産量は1平方メートルあたり約291グラム炭素(3年間の平均)

 基礎生産量とは、植物プランクトンが光合成によって二酸化炭素から有機物(炭素)を作り出す量のことで、海の食物連鎖を支える最も基本的な生産力の指標です。播磨灘の年間基礎生産量は、中栄養と富栄養の遷移域に相当する値であり、チェサピーク湾(アメリカ合衆国・中部大西洋岸)やタンパ湾(アメリカ合衆国・フロリダ州中西部) といった世界的に管理が進む沿岸域と同程度でした。また、光、水温、および栄養塩が生産力を支配する主要因子であり、これら3つの環境因子から基礎生産量を推定する経験式を構築しました。

2.栄養塩は半減しても、水柱積算の基礎生産量は変わらない

 1990年代と比較して、DIN濃度は約50%減少していましたが、水柱全体で積算した基礎生産量には大きな差がみられませんでした。一方で、透明度(セッキ水深)は有意に向上しており、光がより深い層まで届く環境へ変化していました。これに対応して、基礎生産の鉛直分布は、1990年代の表層集中型から、現在ではより深い層にも広がる型へと変化しており、「生産の垂直的な再配分」が起きていることが示されました。



図.海の深さに応じた光の届き方(左)と、1990年代と現在の植物プランクトンによる有機物生産速度の比較(右)。
1990年代(青三角)は海水の透明度が低く、光が深くまで届かなかったため、有機物の生産が海面付近に集中していた。一方、現在(橙丸)は透明度の改善により光がより深くまで届き、水深30 mにかけて広い範囲で生産が行われている。その結果、表層の生産速度は低下したにもかかわらず、海水全体で見た生産量はほぼ同じ水準を維持していると考えられる。

3.低栄養塩環境における植物プランクトン群集変化の可能性

 クロロフィルa当たりの基礎生産量(植物プランクトン量あたりの生産効率)は、高い基礎生産量かつ低栄養塩条件のときに増加する傾向がみられました。このことは、低栄養塩環境のもとで、植物プランクトン群集の構成や機能が変化し、結果として生産効率の維持または向上に寄与している可能性を示唆します。先行研究では、低栄養塩条件下で小型の植物プランクトンが相対的に有利になることが知られており、本研究海域でも同様の変化が起きている可能性があります。ただし、本研究では群集サイズ構造そのものを直接測定していないため、この点は今後の課題です。

【社会的意義と今後の展望】

 本研究の成果は、「表層のクロロフィルが減少しているにもかかわらず、生態系全体の生産力は安定している」という、沿岸域のモニタリングでしばしば観察されるパラドックスに対し、統一的なメカニズムを提示するものです。生産が「失われた」のではなく、「より深い層に移動した」という知見は、瀬戸内海に限らず、世界中の富栄養化対策が進む半閉鎖性海域や湾にも当てはまる可能性があります。
 今後は、透明度変化が底生微細藻類の増殖に与える影響や、植物プランクトンの群集サイズ構造の変化をより詳細に検証し、水産資源管理や沿岸環境保全のための科学的基盤を強化していくことが期待されます。

【論文情報】

掲載誌:Cell Reports Sustainability
論文タイトル:Sustained phytoplankton productivity despite declining dissolved inorganic nitrogen levels in Harima-Nada, eastern Seto Inland Sea, Japan
著者:中國正寿(香川大学)、山口一岩(香川大学)、木村一豊(香川大学)、流千里(香川大学)、一見和彦(香川大学)、新居俊浩(東京藝術大学)、多田邦尚(香川大学)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.crsus.2026.100732

【研究支援】

 本研究は、環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20205005、JPMEERF20255002)およびJ-PEAKS(地域中核・特色ある研究大学強化促進事業)の支援を受けて実施されました。

※13C法
海水のサンプルに、「炭素13」で目印をつけた炭酸水素ナトリウム(重曹に近い物質)を加え、一定時間光を当てます。植物プランクトンは光合成のときに、この目印付きの炭素を取り込みます。その取り込まれた量を質量分析計で測ることで、海で新たに作られた有機物の量=基礎生産量がわかります。

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お問い合わせ先
<研究に関する問い合わせ>
香川大学 農学部/瀬戸内圏研究センター
中國 正寿(なかくに まさとし)
E-mail: nakakuni.masatoshi@kagawa-u.ac.jp

<報道に関すること>
香川大学 研究協力課 瀬戸内圏研究センター担当
大森 有純(おおもり あすみ)
E-mail: kenkyust-h@kagawa-u.ac.jp

【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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組織名
香川大学
ホームページ
https://www.kagawa-u.ac.jp/
代表者
上田 夏生
資本金
0 万円
上場
非上場
所在地
〒760-8521 香川県高松市幸町1-1
連絡先
087-832-1000

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