日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と、国立大学法人北海道国立大学機構北見工業大学(北海道北見市、学長:鈴木 聡一郎、以下「北見工大」)は、1本の通信用光ファイバを用いて、高速かつ良好な通信品質を維持したまま10 km以上先の無電源地点へ1W以上の電力を供給することに世界で初めて成功しました。本成果により、非電化エリアを含むあらゆる光通信の未踏エリアに高速光通信が提供可能になるほか、災害時に電源供給が失われた場合にも応急対応として光ファイバを用いた通信を確立できると期待されます。
今回の成果は、スコットランドで開催される光通信技術に関する世界最大の国際会議(49th European Conference on Optical Communications (ECOC))に採択され、現地時間の2023年10月4日に発表いたします。
1.研究背景
光通信技術と無線アクセス技術の進展・普及により、日常生活ではどこでも高速のデータ通信が利用できるようになりました。一方、電源供給が困難な地帯では、無線アクセスの基地局を確保することが難しく、光通信の送信器や受信器を駆動することが困難でした。また近年、大規模地震や台風などにより、広域かつ長時間にわたる停電が発生し、復旧までに時間を要する深刻な事態が頻発しています。災害発生時には、被災地域との連絡手段をいち早く確保することが重要となります。
このため、通信用と給電用の2種類の光信号を1本の光ファイバで伝搬し、無電源の遠隔地との光通信を実現する技術が検討されています。しかし、従来の技術では光ファイバの入力光強度限界*1により10 km以上離れた場所に、光通信装置の駆動に必要な電力を供給することは不可能でした。NTTはIOWN*2の大容量光伝送基盤を実現する要素技術の1つであるマルチコア光ファイバ(以下「MCF*3」)の研究開発を進めており、今回、MCFを使った光給電伝送について検討しました。
2.本研究の成果と詳細
本研究では現在一般的に使用されている通信用光ファイバと同じ直径の細さで4個の光の通り道(コア)を有するMCFを用い、世界最高の自己給電伝送能力を実現しました。
①マルチコア光ファイバ(MCF)
図1にMCFを用いた光給電伝送システムの概要を示します。今回使用したMCFは、既存の光ファイバと同じ細さで、かつ各コアが既存光ファイバと同等の伝送特性を有するため、通常の光通信(光給電を必要としない光通信)にも既存の伝送装置と組み合わせて使用することができます。また、各コアが独立して(コア間で光信号の混信を生ずることなく)使用できるため、任意のコアを給電用にも通信用にも、あるいはその双方に割り当てることができます。
本検討では光給電量を最大とするため、4コアに波長1550 nmの給電用の光源を入力しました。更に、4コアのうちの2コアを用い、各コアに波長1310 nmの上りおよび下り信号を割りあてることで双方向の光通信を実現しています。また、2コアの組合せを2セット設定することもでき、これにより2つの独立した通信システムを構成することが可能です。
図1:マルチコア光ファイバを用いた光給電システムの概要
②世界最高の自己給電伝送能力
光給電能力は伝送距離と供給電力の積で表すことができます。本検討では、MCFの適用で単位断面積当りの供給電力を最大化し、光給電効率の劣化要因となるシステム内の戻り光を抑制することで、MCFを14 km伝送後に約1 Wの電力を得ることができました。光給電能力は14 W×kmで、これは世界トップの性能指数です(図2左参照)。
さらに、本検討では自己給電による伝送速度10 Gbit/秒の双方向光通信も実証しました。10 Gbit/秒の伝送速度は、現在、一般ユーザ用にサービス提供している光通信の最高速の伝送速度です。本検討では、2コアで上り下りの1システムの構成について検討を行い、14 km伝送後で良好な伝送特性を確認しました。伝送速度と伝送距離の積を、自己光給電伝送における伝送性能の指標と考えると、本検討では140 Gbit/秒×kmの世界最高の伝送性能を実現することができました(図2右参照)。
図2:光ファイバを用いた自己給電光伝送の実験例における、
供給電力と伝送距離の関係(左)および伝送容量と伝送距離の関係(右)
3.各社の役割
NTT:MCFの最適化および光給電システムの構築と伝送特性評価
北見工大:作製したMCFの光給電能力の解明
4.今後の展望
今回の実験結果は、現在の光ファイバと同等の特性を有するマルチコア光ファイバを用いることで、通常の長距離高速光通信にも、光給電型の双方向光通信にも対応できることを示したものです。これにより、災害時・緊急時には、電源回復が困難なエリアに通信ビルから給電光を送出することで通信装置を遠隔駆動しネットワークのレジリエンスが向上できます。また、将来的には平時においても河川・山間部などの非電化エリアや、強電磁界や腐食などによる電化困難エリアなど、あらゆる場所で光通信を提供可能とすることができ、多様なIoT機器と連携したセンシングネットワークの実現にも貢献できると期待されます。光給電能力の更なる改善に向け、今後も産学連携による研究開発を推進していきます。
<参考・用語解説>
※1 光ファイバの入力光強度限界
光ファイバの出力光強度は入力側の光強度に比例して増減しますが、入力光がある光強度(閾値)を超えると、入力光が違う成分(波長)の光に変換される現象が生じ、出力側の光強度が増加せず飽和してしまいます。この閾値が光ファイバの入力光強度限界となり、入力光強度限界は、光ファイバの伝送距離が長くなるほど、また光ファイバ中の光信号を伝搬する領域(コア)が小さくなるほど低下してしまいます。このため、高速光伝送に適した小さなコアを有する通信用光ファイバでは、より遠方により高強度の光信号を送ることが困難でした。
※2 IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想
https://www.rd.ntt/iown/index.html
※3 マルチコア光ファイバ(MCF)の研究開発例
https://group.ntt/jp/newsrelease/2017/08/08/170808b.html