熱や力によって分裂して色が変わるホモキラル二量体の合成に成功 ~キラルセルフソーティングを用いた新しい材料設計に期待~ 北里大学



北里大学理学部の瀧本和誉助教、弓削秀隆教授、愛媛大学大学院理工学研究科の佐藤久子元教授(現在、理学部研究員(プロジェクトリーダー))、物質・材料研究機構(NIMS)ナノアーキテクトニクス材料研究センターの石原伸輔主幹研究員、ラブタヤン主任研究員らの研究グループは、熱や力によって分裂して色が変わるホモキラル二量体の合成に成功しました。




 右手と左手のように鏡像が重なりあわない構造(キラリティ)を持つ分子をキラル分子と呼びます。キラル分子が自他のキラル構造を選別しながら自発的に集合する現象(キラルセルフソーティング)は、生命の起源にも関係があると言われており、その理解と応用は広い関心を集めています。キラルセルフソーティングは、高分子や無数の分子から成る巨視的な集合体において強く発現することが知られていますが、数個の分子から成る小さな集合体において十分なキラル選別性が生じることは稀でした。そのため、外部刺激によってスイッチングが可能な小さな分子集合体の設計において、キラルセルフソーティングを取り入れることは見過ごされていました。
 本研究では、プロペラ構造を有するキラルなイリジウム金属錯体に適切な長さのアルキル鎖を導入すると、アルキル鎖間の適度な立体反発によって二量体と単量体のあいだで可逆性が生じることを見出すとともに、二量体がほぼ完全なホモキラル選別性(同種のキラル構造によるキラルセルフソーティング)を有することを詳細な解析に基づいて証明しました。溶液中での平衡において、室温では配位不飽和な単量体(5配位)が主成分ですが、低温では配位飽和なホモキラル二量体(6配位)が形成されて色が変化しました(サーモクロミズム現象)。更に、ホモキラル二量体の結晶は準安定状態にあり、力学的な刺激によって単量体へと分裂し、配位構造が変化して色が変わること(メカノクロミズム現象)も明らかとしました。
 本成果は、キラルセルフソーティングの理解に重要な知見を与えるとともに、小さな集合体におけるキラルセルフソーティングが刺激応答性材料の設計(例:分子触媒、化学センサ、光電子デバイス)に応用できる可能性を示しました。
 この研究成果は、2023年11月9日付で、アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。


■研究成果のポイント

・キラル金属錯体にアルキル鎖を導入することで、二量体(配位飽和)と単量体(配位不飽和)の可逆性が発生
・二量体が、ほぼ完全なホモキラル選別性を有することを定量的に証明
・熱や力による刺激でホモキラル二量体が分裂して、色が変わることを発見



■研究の背景
 右手と左手のように鏡像が重なりあわない構造(キラリティ)を持つ分子をキラル分子と呼びます。キラルセルフソーティングとは、キラル分子が自己と他者のキラリティを選別するとともに、同じキラリティ(ホモ = homo)または反対のキラリティ(ヘテロ = hetero)の分子同士で自発的に結合して、分子集合体を形成する現象です。この現象は自然界におけるホモキラリティ(注1)の起源との関連が示唆されています。キラルセルフソーティングは、高分子や無数の分子から成る巨視的な集合体において強く発現することが知られていますが、数個の分子から成る小さな集合体において十分なキラル選別性が生じることは稀でした。そのため、外部刺激によってスイッチングが可能な小さな分子集合体の設計において、キラルセルフソーティングを取り入れることは長年見過ごされていました。



■研究内容と成果
 プロペラ構造(図1)を有するキラルなイリジウム金属錯体(H-Ir)は二量体を形成することが報告されていますが、二量体が頑丈すぎるため、二量体と単量体のあいだを自在にスイッチングさせることは困難でした。本研究ではイリジウム金属錯体(H-Ir)に適切な長さのアルキル鎖(メチル(Me)基やn-ブチル(n Bu)基)を導入すると、アルキル鎖間の適度な立体反発によって二量体と単量体のあいだで可逆性が生じることを見出しました(図2)。一方で、嵩高いイソプロピル(i Pr)基では二量体が形成できず、常に単量体となりました。詳細な測定(紫外可視吸収スペクトル、核磁気共鳴スペクトル、単結晶X線構造解析など)を行ったところ、この二量体がほぼ完全なホモキラル選別性(同種のキラル構造によるキラルセルフソーティング)を有することが判明しました(図3a)。溶液平衡における二量体の形成しやすさは結合定数(K)にて評価されますが、ホモキラル二量体とヘテロキラル二量体の結合定数の比(Khomo/Khetero)は50以上と算出され(注2)、ほぼホモキラル二量体のみが存在していることになります(図3b)。なお、この値は小さな分子集合体からなる金属錯体としては世界最高レベルです。実際、核磁気共鳴スペクトルによる測定では、溶液中において単量体とホモキラル二量体の2種類しか観測されませんでした。
 溶液中での平衡において、室温では配位不飽和な単量体(5配位)が主成分ですが、低温では配位飽和なホモキラル二量体(6配位)が形成されて色が変化しました(サーモクロミズム現象)(図4左)。この色の変化を温度可変紫外可視吸収スペクトルで定量的に追跡したところ、等吸収点を有しており、2つの化学種のみ(単量体とホモキラル二量体)が関与する平衡反応であることも確認されました(図4右)。
 更に、ホモキラル二量体の結晶(黄色)は準安定状態にあり、スパチュラで押し潰すことで赤色に変わること(メカノクロミズム現象)も明らかとしました(図5左)。図5右に示すように、サーモクロミズム現象とメカノクロミズム現象における吸収スペクトルの変化は同様であり、熱や力による刺激でホモキラル二量体が分裂し、金属錯体の配位構造がスイッチング(飽和6配位→不飽和5配位)していることになります。



 ※図表は、添付PDFをご参照ください。

■今後の展開
 本成果は、適切な長さのアルキル鎖を導入したキラル金属錯体の二量体がほぼ完全なホモキラル選別性(キラルセルフソーティング)を示すとともに、熱や力などの外部刺激によって配位構造を変化させて、その物性をスイッチングできることを明らかとしました。可逆性と外部刺激応答性を有する二量体は、動的な1~3次元ナノ集合体を構築する際の接合部位として有用であり、これに右手体と左手体を自発的に選別するキラルセルフソーティングが組み込まれることで一層高度な自己組織化集合体を構築できる可能性があります。また、配位飽和状態と配位不飽和状態のスイッチングによって、反応物やゲスト分子の結合や脱離を自在に制御することができれば、高い不斉誘導能を有する分子触媒の開発や微量キラル分子を検出する化学センサ、キラル構造に由来した光学・スピン特性を持つ光電子デバイスの創出などにつながると期待されます。


■論文情報

掲載誌:Journal of the American Chemical Society
論文名:Thermo-/Mechano-Chromic Chiral Coordination Dimer: Formation of Switchable and Metastable Discrete Structure through Chiral Self-Sorting
著 者:Kazuyoshi Takimoto,* Takumi Shimada, Kazuhiko Nagura, Jonathan P. Hill, Takashi Nakanishi, Hidetaka Yuge, Shinsuke Ishihara,* Jan Labuta,* Hisako Sato*
DOI:10.1021/jacs.3c05866

・本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP17H03044, JP19K05508, JP20K21090, JP22H02033, JP19K05229, JP23K13766)、日本学術振興会 特別研究員奨励費(JP21J15602)および北里大学学術奨励研究(若手研究)の一環として行われました。



■用語解説
(注1)ホモキラリティ:自然界において、生体を構成するキラル分子の多くが片方のキラリティに偏っている現象(例:L-アミノ酸)でその起源は諸説ある。
(注2)一般的に、小さな集合体においてはKhomo/Khetero は10以下である。


■問い合わせ先

【研究に関すること】
 北里大学 理学部化学科 助教 瀧本和誉
 e-mai:takimoto.kazuyoshi@kitasato-u.ac.jp
【報道に関すること】
 学校法人北里研究所 総務部広報課
 TEL:03-5791-6422
 e-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp

【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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