歯周炎による炎症は老化を促進して各種臓器の障害を招く

学校法人藤田学園

~高齢者診療と歯科診療の連携による包括的な診療の重要性を示唆~

加瀬義高(藤田医科大/慶大/東大)、森川暁(慶大 口腔外科)、中川種昭(同)、石原和幸(東京歯大 微生物学)、小川純人(東大 老年病科)、岡野栄之(藤田医科大/慶大)らの共同研究グループは、歯周炎による炎症が老化を促進し、各臓器でフレイル※1が生じてしまうことを明らかにしました。
歯周炎は、歯周病が進行した状態を指し、これまで各臓器に悪影響を及ぼすことが報告されていました。しかし、認知機能の低下が口腔内の衛生維持を困難にし、結果として歯周炎を招くのか、あるいは口腔環境の悪化が直接的に認知機能の低下を引き起こすのかについては、明確に解明されていませんでした。また、歯周炎のような軽度の炎症が長期にわたる場合、どの臓器が優先的に影響を受けやすいのかも不明でした。
本研究では、歯周炎モデルマウスを用いて、認知機能の悪化、大腿骨の骨密度低下、遅筋※2特異的な筋力低下が生じることを明らかにしました。特に骨密度については、歯周炎が軽度で罹患期間が短くても低下が認められ、歯周炎を治療しただけでは回復せず、積極的な骨密度回復のための治療が必要であることが判明しました。
この研究により、歯周炎が各臓器のフレイルを招くエビデンスが得られ、特に高齢者診療においては歯科診療との緊密な連携が重要であることが明らかになりました。
本研究成果は、国際学術ジャーナル「Inflammation and Regeneration」(オンライン版2月3日10時[日本時間])で公開されます。
DOI:10.1186/s41232-025-00366-5  


<研究成果のポイント>
  • 歯周炎は炎症性老化(inflammaging)※3を促進させる。
  • これにより認知機能障害、大腿骨骨密度低下、下腿筋力低下のフレイルを招いていた。
  • 特に大腿骨は他の臓器より脆弱で、歯周炎が軽度で罹病期間が短くても骨密度が低下していた。
  • この骨密度の低下は歯周炎の治療を施しただけでは回復できず、積極的な加療が必要であることが示唆された。

<背 景>
フレイルとは、加齢や老化に伴い各臓器が脆弱化し、機能障害を引き起こす状態を指します。高齢者医療においては、このフレイルをどのように予防するかが重要な課題となっています。一方、歯周病は加齢とともに罹患率が増加する疾患であり、その進行形である歯周炎はさらなる健康リスクを伴います。近年では、高齢期において歯の本数を維持することの重要性が広く認識されていますが、たとえ歯を残せたとしても、歯周炎に罹患している場合には、さまざまな疾患の発症リスクを高める可能性が指摘されています。そのため、歯周病のない健全な歯を維持することの重要性が、改めて注目されています。
このような背景の中で、歯周炎に長期にわたって罹患した場合、脳や骨、筋肉といった臓器にどのような影響を及ぼすのかを厳密な実験条件下で検証した研究はこれまで存在しませんでした。臨床研究では、認知症と歯周炎の関連性に関する報告が数多くなされていますが、歯周炎単独でどの程度の期間罹患することで実際に障害が生じるのかは明らかではありませんでした。また、これまで臓器横断的な視点からの研究は行われておらず、どの臓器が歯周炎による影響を受けやすいのかについても十分に解明されていませんでした。


<研究手法・研究成果>
まず、軽症歯周炎および重症歯周炎をそれぞれ3カ月間または5カ月間罹患させるモデルマウスを構築しました。軽症モデルでは歯に糸を巻き付け、重症モデルではさらにヒトの歯周炎の主要な起因菌である Porphyromonas gingivalis (Pg菌) を塗布しました。
このモデルマウスの下腿の筋肉についてsingle cell RNA-seq※4で解析し、1細胞レベルで遺伝子発現解析を行ったところ、遅筋が特異的に障害されていることがわかりました。また、大腿骨は最も脆弱で骨密度が低下しており、遅筋の障害とあわせてフレイルの病態を呈していました。認知機能についても検証し、歯周炎により海馬※5のミクログリア※6の増加や成体神経新生※7の減少が生じ、空間学習が障害されることが明らかとなり、モデルマウスは身体的フレイルも合併している認知的フレイル(cognitive frailty)であることが判明しました。
最も脆弱であった大腿骨に関して、治療介入により回復できるかを検証しましたが、大腿骨の骨密度を回復することはできなかったことから、一度骨密度の低下を招くと歯周炎の治療に加えて積極的な骨への加療が必要であることが判明し、歯周炎、骨への早期介入が重要であることが示唆されました。
〈図〉 歯周炎による炎症性老化とその全身への影響(論文中の図を改変)
歯周炎により炎症性老化が進み、骨密度の低下、筋力低下、認知機能の低下をきたすことが明らかになった。特に骨は脆弱であった。


<今後の展開>
今回の研究結果を通じて口腔内環境が悪く、歯周炎に罹患することで不可逆的な骨密度の低下を招き、加えて認知機能、筋肉へも悪影響があることがわかりました。しかし、内科外来診療においては、対象疾患以外に口腔内の状態や骨密度の評価が行われることは少ないのが現状です。このため、高齢者診療と歯科診療の連携による包括的な診療の重要性が示唆されました。また歯周炎により筋疲労を招くことがわかったことから、アスリートにおいても噛み合わせだけでなく、歯周病ケアの重要性が示唆されました。


<用語解説>
※1)    フレイル:心身の機能が低下し、各臓器において虚弱な状態を指す。
※2)    遅筋:速筋とともに筋肉を構成する筋肉成分。持久力に優れている。 
※3)    炎症性老化:炎症(inflammation)と老化(aging)を組み合わせた用語で、慢性の炎症による老化で各種疾患の発症に関与する。
※4)    single cell RNA-seq:ひとつひとつの細胞レベルで全遺伝子の発現解析を行う方法。
※5)    海馬:脳内の記憶に関わる部位。
※6)    ミクログリア:脳内の免疫を担っている細胞。
※7)    成体神経新生:神経細胞(ニューロン)が新たに生まれる現象のこと。


<文献情報>
●論文タイトル
Multi-organ frailty is enhanced by periodontitis-induced inflammaging(歯周炎による炎症性老化により複数臓器のフレイルが促進される)

●著者
筆頭著者:加瀬義高、森川暁
研究責任者:中川種昭、岡野栄之

●DOI
10.1186/s41232-025-00366-5   

 

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