自閉スペクトラム症における末梢血マクロファージのシナプス除去機能低下を解明

学校法人藤田学園

藤田医科大学(愛知県豊明市)精神神経科学講座/精神・神経病態解明センター変革融合精神医学部門の鳥塚通弘講師、牧之段学教授らは、同センター神経再生・創薬研究部門、奈良県立医科大学精神医学講座、住友ファーマ株式会社R&D本部創薬デジタルイノベーションユニットとの共同研究で、自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder; ASD)者の末梢血から得たマクロファージ※1のシナプス※2除去機能(貪食能)が低下していることを見出しました。さらに、この貪食能の低下が、CD209という分子の発現低下と相関していることを明らかにしました。この研究成果により、今後のASD病態のさらなる解明および新たな治療法開発につながることが期待されます。
本研究成果は、科学誌「Molecular Psychiatry」(2025年4月4日付オンライン版)に掲載されました。
論文URL:https://www.nature.com/articles/s41380-025-03002-3


<研究成果のポイント>
  • 健常者のiPS細胞由来神経細胞から抽出したシナプトソーム分画※3を用いて、ASD者の末梢血マクロファージは定型発達者の末梢血マクロファージに比べて貪食能が低いことを発見しました。
  • マクロファージの細胞表面に発現して貪食対象を認識するCD209という分子の遺伝子発現が、ASD者由来の末梢血マクロファージでは低下し、さらに、その発現量が貪食能の低下と相関していることも見出しました。
  • 本研究の成果は、ASDの病態解明や治療薬開発に向けた、新たな分子標的の提案につながるものです。


<背 景>
ASDは対人的相互関係の障害、コミュニケーションの障害、想像力の障害などで特徴づけられる神経発達症ですが、その病因、病態についてはまだはっきりとわかっていません。これまでのさまざまな研究からシナプス仮説が提唱され、ASD者の脳ではシナプスが過剰になっており、その原因として発達期に余分なシナプスを刈り取り貪食する働きを持つ脳内のミクログリア※4の機能異常が想定されています。しかし、脳内のミクログリアを直接的に観察することは、動物モデルでは可能でもヒトでは困難です。そこで研究グループは、ミクログリアと類縁の細胞で同様の機能をもつマクロファージに着目し、末梢血からマクロファージを得て、シナプス成分に対する貪食能を調べました。


<研究成果>
ヒトシナプスへの影響を確かめるべく、健常者株のヒトiPS細胞から興奮性神経細胞を分化誘導し、比重遠心勾配法によってシナプス蛋白質が濃縮されたシナプトソーム分画を抽出して、実験に用いました。通院中のASD者と年齢・性別をマッチさせた定型発達者の協力を得て、末梢血から細胞を分離し、マクロファージを培養しました。培養液中に、細胞が取り込むと蛍光を発する色素を付けたシナプトソームを添加し、90分間蛍光顕微鏡で観察したところ、ASD者のマクロファージの貪食能が、定型発達者に比べて有意に低いということがわかりました。
ミクログリアやマクロファージが異物や体内の不要な物質を貪食する際には、それを認識する受容体で察知していると考えられており、ミクログリアのシナプス貪食についても様々な受容体の関与が既にわかっています。そこで次のステップでは、研究グループが見つけたマクロファージの貪食能低下は、どの受容体の働きが悪いことによるものなのかを検証しました。候補となる受容体の遺伝子発現を定量的PCR法で調べてみると、CD209という分子の発現が貪食能と同じパターンで低下していることを見つけました。さらに、貪食能が高い定型発達者のマクロファージにおいてこの遺伝子の発現を人為的に低下させると、貪食能も低下することを確認しました。


<今後の展開>
今回、末梢血のマクロファージで明らかにした現象がASD者のミクログリアでも同様に認められるかについては、ヒトiPS細胞などを用いた実験が必要です。ミクログリアでもシナプトソームの貪食能低下とCD209の発現低下が同様に確認されれば、さらなる病態解明の手掛かりとなり、この分子をターゲットにした創薬の可能性が期待されます。


<用語解説>
※1 マクロファージ:
白血球の一種である単球が組織内に入り込み分化した免疫細胞で、全身の組織に広く分布している。体内に侵入した異物や死んだ細胞を食べたり、他の免疫細胞に情報を提示する働きを持つ。

※2 シナプス:
神経細胞同士が情報伝達する接続部で、グルタミン酸やドーパミンなど様々な物質を介して刺激を次の神経細胞に伝えている。

※3 シナプトソーム分画:
細胞を破砕して遠心分離すると重いものは下に、軽いものは上に集まるが、シナプスの部分は前後がくっついた状態や、前後が離れてもそれぞれが塊になることが多く、同じ重さの層に集積するため、シナプスを形成する蛋白質が密な分画を取り出すことができる。

※4 ミクログリア:
脳内のマクロファージ。胎児期の早い段階に脳の元になる組織に入ったマクロファージが定着・増殖して維持されている。不要なシナプスを刈り取ったり、神経細胞を栄養する因子を分泌する働きも持つ。

<研究資金>
本研究は、科研費(16K10191, 19K08025, 23K07018, 23H04173)、日本医療研究開発機構(AMED;21wm04250XXs0101, 21uk1024002h0002, 22bm0804023h0003)、AMED-PRIME(21gm6310015h0002)、AMED-CREST(22gm1510009h0001, 23gm1910004s0301)、大阪難病研究財団、武田科学振興財団の助成をうけたものです。

<文献情報>
●雑誌名
Molecular Psychiatry

●論文タイトル
Impaired synaptosome phagocytosis in macrophages of individuals with autism spectrum disorder

●著者
西佑記#,1, 鳥塚通弘#,*1,2,3, 高田涼平1, 石川充4,5, 石田理緒 1,2,3, 萱島善徳1, 山内崇平1, 奥村和生1, 竹田奨1,2,3, 山室和彦1,6, 池原実伸1, 法山勇樹1, 神川浩平1, 村山秀平7, 市川治7, 永田英孝7, 岡野栄之5,8, 岩田仲生2, 牧之段学*1,2,3  (# 筆頭著者, * 責任著者)

●所属
1 奈良県立医科大学 医学部 精神医学講座
2 藤田医科大学 医学部 精神神経科学講座
3 藤田医科大学 精神・神経病態解明センター 変革融合精神医学部門
4 慶應義塾大学 医学部 生理学教室
5 藤田医科大学 精神・神経病態解明センター 神経再生・創薬研究部門
6 奈良県立医科大学 健康管理センター
7 住友ファーマ株式会社R&D本部創薬デジタルイノベーションユニット
8 慶應義塾大学 再生医療リサーチセンター

●DOI
10.1038/s41380-025-03002-3

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