高齢者の自覚症状と生活機能障害・死亡との因果関係が明らかに
~健康を維持するための手がかり~
藤田医科大学医学部認知症・高齢診療科の武地一教授と保健衛生学部リハビリテーション学科の都築晃講師らの研究チームは、愛知県豊明市の高齢者約1万5千人を対象にしたアンケートと、5年間にわたる要介護認定および死亡の記録を用いて、自覚症状とその後の健康状態との関係を解析しました。調査開始時点では要介護状態でなかった高齢者の症状が、将来の要介護認定や死亡にどう関わるかを明らかにしたこの研究は、高齢者が健康を維持するうえで必要な心構えを持つことや早期の医療的アプローチ向上に寄与することが期待されます。この研究成果は、英国老年医学会とオックスフォード大学出版が発行する国際学術誌『Age and Ageing』に掲載され、2025年6月5日にオンラインで公開されました。
URL:https://academic.oup.com/ageing/article/54/6/afaf152/8157344
<研究成果のポイント>
- 高齢者の自覚症状と、その後の生活機能障害※1もしくは死亡との因果関係を大規模かつ長期にわたる追跡調査の解析で明らかにしました。
- 自覚症状の数だけでなく、どのような症状が自立した生活の悪化と関連するかを示しています。
- 具体的には「息切れ、むくみ」(呼吸・循環器症状)が最も要介護認定・死亡と関連が強く、次いで「めまい、頭痛」(神経症状)、「排尿・排便障害」(排泄関連症状)、「むせ・飲み込みづらさ、食欲不振、不眠」(嚥下・睡眠関連症状)の順で関連していました。
<背 景>
世界有数の高齢社会を迎えた日本では、加齢に伴う症状が将来の健康にどう影響するかは重要な課題です。加齢によって様々な臓器が加齢性変化を起こしますが、各個人によって加齢の影響は一律ではありません。健康長寿を維持するためには、加齢によって生じる症状を適切に把握し、早めの対応を行うことが重要と考えられます。
これまでにも加齢に伴う健康課題として老年症候群※2、フレイル※3、多病(マルチモビディティ)※4などの概念が提唱され、研究と臨床実践が行われてきています。その中でも老年症候群は以前から、せん妄、褥瘡、転倒と骨折、尿失禁などが示されていました。しかし、その後、動悸、むくみ、便秘などの症状やポリファーマシーなどの多病と関連する現象も老年症候群に含められる場合もあり、焦点があいまいになっていることが懸念されていました。
本研究では「高齢者自覚症状(Subjective Geriatric Complaints: SGC)」という新たな視点から、高齢者に現れる早期の段階と考えられる症状に注目しました。今回の研究は、高齢者自覚症状(SGC)が、その後の生活機能障害や死亡のリスクになるのか、また、どのような症状が最もリスクになるのかを立証することを目的として実施しています。この関係が立証されれば、今まで以上に明確に、加齢に伴う健康課題にアプローチすることが可能となります。
<研究手法と結果>
2016年に豊明市で実施された調査で、その時点で要介護認定を受けていなかった65歳以上の住民10,199人を対象としました。質問は「あなたの日常生活に支障をきたす恐れのある症状は何ですか?」という内容で、13の自覚症状から該当するものを複数選んでもらいました。
その後、統計的に同じ傾向を示す6つの症状群(因子)に分類し、2022年1月までの5年間の要介護認定もしくは死亡との関係を分析しました。
その結果、次のような順で関連が強く示されました。
- 呼吸・循環器症状(息切れ、むくみ)
- 神経症状(めまい、頭痛)
- 排泄関連症状(排尿・排便障害)
- 嚥下・睡眠関連症状(むせ、食欲不振、不眠)
- 筋骨格系症状(腰痛、関節痛・しびれ)
- 視聴覚症状(視力・聴力低下)※統計的有意性は認められず
カプラン–マイヤー曲線:
横軸は5年間の経過年数、縦軸は生活機能障害(要介護認定)または死亡が発生せず生活している人の割合を示します。各線は自覚症状の有無および種類別のグループを示しており、症状の違いによって生活機能や生命への影響に差があることがわかります。
<今後の展開>
今回の研究対象者は、要介護認定を受ける前の高齢者であることや5年間の経過を追っていることから、「高齢者自覚症状」は早期の変化を捉えるものとして有用であることがわかりました。とりわけ老年症候群とひとくくりにしてしまうことで曖昧になりがちで、具体的・個別的な介入や分析が行いにくくなっていた点を「高齢者自覚症状」と定義して仕分けることにより、より効果的な対策を行う手がかりにもなりえます。
また、既に診断・治療を受けている人も含め、多くの高齢者が自覚症状を十分に医療者へ伝えきれていない可能性があり、症状が見過ごされている現状も示唆されました。今後は、こうした症状に対する早期対応が、介護予防や死亡リスクの低減につながる可能性があります。さらなる地域での実践や研究が期待されます。
<用語解説>
※1 生活機能障害:
買い物や金銭管理などの高次機能や、トイレ・歩行などの基本的な機能の低下。本研究では要支援・要介護認定を受けた場合を生活機能障害と定義。
※2 老年症候群:
せん妄、褥瘡、転倒、尿失禁など、加齢に伴い多因子で生じる複雑な病態。
※3 フレイル:
筋力や心身の機能が低下し、ストレス耐性が低くなった状態。自立と要介護の中間とされる。
※4 多病(マルチモビディティ):
2つ以上の慢性疾患が併存し、診療の中心疾患を特定しにくい状態。本研究では2つ以上の病気で治療中・後遺症がある場合と定義。
<文献情報>
●論文タイトル
Subjective geriatric complaints as predictors of disability and mortality in community-dwelling older adults: a 5-year cohort study
●著者
武地 一1、都築 晃2、芳野 弘1、奥村武則1、金田嘉清2
●所属
1. 藤田医科大学 医学部 認知症・高齢診療科
2. 藤田医科大学 保健衛生学部 リハビリテーション学科
●DOI
10.1093/ageing/afaf152