重症熱傷の救命に必要な自家培養表皮の使用実態を調査 患者の約3割で保険の上限を超えて使われていたことを明らかに
本研究成果は、国際学術ジャーナル「Regenerative Therapy」に2025年7月18日付で掲載されました。
論文URL : https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352320425001592
<研究成果のポイント>
- 重症熱傷患者の約3割が、救命のために保険適用上限(50枚)を超える自家培養表皮JACE®による治療を受けている実態を明らかにしました。
- 保険適用上限を超えて使用されたJACE®(総使用枚数の約2割)は、製造販売元からの人道的な無償提供で賄われている現状を客観的データで示しました。
- 保険適用枚数の上限を見直すことが、医療倫理の観点や医療の継続性の観点からも、患者の救命にとって重要であることを示唆しました。
<背 景>
自家培養表皮「JACE®」は、日本で最初に再生医療として薬事承認を受けた製品で、患者自身の皮膚細胞を培養して作製され、皮膚のドナーが不足する広範囲の重症熱傷治療における標準治療として用いられています。2009年から保険適用されていますが、1治療あたり原則40枚、医学的に必要な場合でも50枚という上限が定められています。しかし、臨床現場では、熱傷範囲が極めて広い患者などを救命するために、50枚を超えてJACE®が必要となるケースが少なくありません。その場合、上限を超えた分は製造販売元であるジャパン・ティッシュエンジニアリング社が人道的見地から無償で提供しており、企業の経済的負担や社会的なコンプライアンスの観点から課題となっていました。そこで本研究では、JACE®が保険適用上限を超えて使用される実態を明らかにすることを目的としました。
<研究手法・研究成果>
本研究は、2023年6月から2024年2月にかけてJACE®の使用実態調査を行いました。調査期間中にJACE®による治療を受けた重症熱傷患者43名を対象に、担当医師への聞き取り調査を実施しました。
その結果、43名のうち13名(30.2%)の患者が、保険適用の上限である50枚を超える移植を受けていました(H群)。50枚以下の移植であった患者群(L群、30名)と比較すると、H群は平均年齢が若く(53.2歳 vs 63.1歳)、平均熱傷面積が広い(55.9% vs 37.0%)傾向にありました。特に、熱傷面積が体表の70%以上に及ぶ患者は全員がH群に含まれており、重篤な患者ほど多くのJACE®を必要とすることが示されました。
H群の13名に対しては、保険適用の上限を超える合計434枚のJACE®が無償で提供されており、これは調査期間中に提供された全枚数(2,101枚)の20.7%に相当しました。担当医師への聞き取りから、これらのJACE®はいずれも熱傷創の閉鎖と救命に貢献したと判断されていました。
図:51枚以上のJACE®を使用した患者(H群)における年齢(横軸)、熱傷面積(縦軸)、使用枚数(円の大きさ)の関係。若年で広範囲の熱傷患者や、高齢でも比較的小範囲の熱傷患者の救命に貢献していることがわかる。
なお、本研究は経済産業省の支援事業、およびJST-RISTEX『科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラム』の一環として、実施されました。
<今後の展開>
本研究により、重症熱傷の救命現場において、自家培養表皮JACE®が保険適用の上限を超えて必要とされている実態が初めて客観的データで示されました。この結果は、現行の保険償還制度における再生医療等製品の薬価算定のあり方を見直す必要性を示す重要な科学的根拠となります。これまで治療法がなかった疾病の治療や大規模災害や事故の発生に備え、救命に不可欠な再生医療等製品の安定供給体制を維持するためにも、臨床現場の実態に即した制度へと改善していくための議論の活性化が期待されます。
<用語解説>
<文献情報>
- 論文タイトル
- 著者
- 所属
2 株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング
- 掲載誌
- DOI