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昭和医科大学(東京都品川区/学長:上條由美)の藤原泰央講師(富士山麓自然・生物研究所)、千葉大学の綿野泰行教授(大学院理学研究院)、兵庫県立人と自然の博物館の村上哲明館長らによる共同研究チームは、百人一首にも詠まれるシダ植物で、日本全土でよく見られるノキシノブ類の未記載種を兵庫県で発見しました。遺伝解析と形態比較の結果、この植物が種間交雑で生まれた日本固有の新種であることを明らかにし、和名「タジマノキシノブ」(学名:Lepisorus tajimaensis T.Fujiw.)と命名しました。
【研究の背景】
ウラボシ科ノキシノブ属(Lepisorus)は東アジアから東南アジアにかけて広く分布する着生のシダ植物で、世界に90種ほど存在することが知られています。このグループは形態的特徴に乏しく、正確に種を特定するには微小な形質の観察が必要なため、種の認識が非常に難しいシダの一つです。
ノキシノブ属の中でノキシノブは日本全土で最もよく見られるシダ植物の一つであり、百人一首100番「百敷(ももしき)や古き軒端(のきば)のしのぶにもなほあまりある昔なりけり」で詠まれる「しのぶ」もノキシノブを指すと言われています。このようにノキシノブは普通種であり、長い間認識されてきたにも関わらず、形態や倍数性*¹に大きな変異があり、分類が困難な倍数性複合体*²であることが知られていました。Fujiwara et al. (2018)の研究により、ノキシノブ倍数性複合体には狭義のノキシノブに加え、ノキシノブとツクシノキシノブの交雑によって生じたフジノキシノブ、ノキシノブとナガオノキシノブの交雑によって生じたクロノキシノブ、さらにクロノキシノブとツクシノキシノブの交雑によって生じたミカワノキシノブが含まれることが明らかになっています。
こうした中、植物研究家であり、本研究の共同著者でもある岡武利氏と丸岡道行氏は、2020年に兵庫県での植物調査中、形態的に既知種と異なるノキシノブ属の未知種を発見しました。昭和医科大学の藤原講師は、本種が未記載種である可能性が高いと判断し、その実体を明らかにするために、現地調査と遺伝解析を実施しました。
【研究の成果】
本研究において、染色体観察とフローサイトメトリー*³による倍数性解析を実施したところ、未知種が2n=152の6倍体であることを明らかにし、近縁種を含めた葉緑体遺伝子と核遺伝子の系統解析の結果、未知種はウロコノキシノブとクロノキシノブの交雑によって生じたことを示しました。
さらに形態比較によって、未知種は、ウロコノキシノブとは、根茎鱗片が広披針形*⁴であり、周縁3-4列の細胞が透明であること、葉の鱗片が明褐色であること、胞子嚢群が辺縁寄りであることにより区別され、クロノキシノブとは、根茎鱗片が広披針形であること、葉が披針形から広披針形であること、葉の背軸面全体に鱗片があること、胞子嚢群が大きいことにより区別されることが判明しました。
以上の結果から、兵庫県で発見された未知のノキシノブは学名のついていない未記載種であることが判明し、発見地である兵庫県北部の古名「但馬」にちなんで、タジマノキシノブ(学名:Lepisorus tajimaensis T.Fujiw.)と命名しました。
【研究の展開】
地球上で植物の調査・研究が最も進んでいる地域の一つである日本において、新たに未記載のシダ植物が発見されたことは、日本の高い生物多様性の把握のために、さらなる継続的な研究の必要性を改めて示すものです。また、タジマノキシノブの交雑に関与したウロコノキシノブは環境省が指定する特定第一種国内希少野生動植物種の一つで、日本では長野県南部の限られた地域にのみ分布しており、タジマノキシノブが発見された兵庫県北部とは地理的に大きく隔たりがあります。ウロコノキシノブとクロノキシノブがいつ・どこで交雑し、タジマノキシノブが誕生したのかを詳しく調べることで、日本列島における植物の分布変遷および多様性形成過程について深い理解が得られると考えられます。
タジマノキシノブは兵庫県北部、京都府北部および福井県のみで分布が確認されており、その自生地の多くが天然の岩場や人工の石垣など、今後の環境変化や人間の活動により消滅リスクが高い場所となっています。したがって、今後はタジマノキシノブの分布調査や自生地の保護を積極的に進めていく必要があります。
本研究は、JSPS科研費22K15178の助成を受けたものです。
【用語解説】
*1 倍数性
ある生物の細胞が生存に必要な最低限の染色体(ゲノム)のセットを何セットもつかを示す概念。ヒトを含む一般的な生物は染色体のセットを2セットもつ「2倍体」ですが、3セットもつ場合を「3倍体」、4セットもつ場合を「4倍体」と呼称します。
*2 倍数性複合体
2倍体、4倍体、6倍体のような倍数性の異なる複数のグループから構成されているにもかかわらず、形態的に極めて類似し、1つの種とされる(されていた)植物群。
*3 フローサイトメトリー
細胞の核を蛍光染色し、レーザーで1細胞ずつ蛍光の強さを測る装置と方法。蛍光の強さから、DNA量を推定することで、倍数性を区別することができます。
*4 披針形
植物の形状を表す用語で、細長く、先のほうがとがっていて、基部のほうがやや広い形を指します。
【論文情報】
・掲載誌: Acta Phytotaxonomica et Geobotanica
・論文名: Lepisorus tajimaensis sp. nov. (Polypodiaceae), a New Allohexaploid Species in the Lepisorus thunbergianus Polyploid Species Complex.
・著者名: Tao Fujiwara, Michiyuki Maruoka, Taketoshi Oka, Katsuhiro Yoneoka, Eri Ogiso-Tanaka, Atsushi Ebihara, Noriaki Murakami and Yasuyuki Watano
・掲載日: 2025年11月14日
・DOI: 10.18942/apg.202514
▼本件に関する問い合わせ先
【研究に関すること】
・昭和医科大学 富士山麓自然・生物研究所 講師 藤原 泰央(ふじわら たお)
TEL: 0555-24-1186
E-mail: tfujiw@cas.showa-u.ac.jp
・千葉大学大学院理学研究院 教授 綿野 泰行(わたの やすゆき)
TEL: 043-290-2819
E-mail: watano@faculty.chiba-u.jp
・兵庫県立人と自然の博物館 館長 村上 哲明(むらかみ のりあき)
TEL: 079-559-2001
E-mail: murakami@hitohaku.jp
・兵庫県立人と自然の博物館 研究員 鈴木 武(すずき たけし)
TEL: 079-559-2001
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【取材・報道に関すること】
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・国立大学法人 千葉大学 広報室
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・兵庫県立人と自然の博物館 生涯学習課 藤本 将宏(ふじもと まさひろ)
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