【横浜市立大学】慢性炎症の原因となるタンパク質を新たに特定
ぜんそくなどの慢性炎症性疾患の新たな治療法開発に期待
千葉大学大学院医学研究院 木内政宏助教と平原潔教授、横浜市立大学大学院医学研究科 呼吸器病学 柳生洋行助教らの研究グループは、「組織常在性記憶CD4⁺T細胞(CD4⁺TRM細胞)」注1)が肺や腸などの組織に長期間とどまるメカニズムと、炎症性サイトカインの持続的な産生は、遺伝子の働きを調節するタンパク質である転写因子Hepatic Leukemia Factor(HLF)注2)によって制御されていることを新たに特定しました(図)。今回の成果は、ぜんそくや関節リウマチなどの疾患に見られる慢性炎症の発症の仕組みを分子レベルで解明したものであり、HLFを標的とした新しい治療法の開発につながる可能性が期待されます。
本研究成果は2025年12月11日(米国東部標準時間)に国際科学誌Scienceに公開されました。
■研究の背景
私たちの体の中には、一度侵入したウイルスや細菌を覚えて、再感染時に素早くかつ強力に反応する「記憶T細胞」という免疫細胞があります。この細胞は感染時に体を守る番人のような役割を持つ一方、長く体内にとどまることで花粉症やぜんそく、潰瘍性大腸炎、関節リウマチといったアレルギーや自己免疫疾患などの慢性炎症性疾患を悪化させる主な原因となることが知られています。
特に「組織常在性記憶CD4⁺T細胞(CD4⁺TRM細胞)」は、ウイルスをはじめとする病原性微生物による感染後の肺や腸などの臓器に長期間存在し、再感染時には迅速な免疫反応に寄与する一方、CD4⁺TRM細胞は臓器にとどまることで慢性炎症を引き起こし、難治性アレルギー疾患などを悪化させる原因になっていることもあります。しかし、これまでCD4⁺TRM細胞に関する知見は少なく、その分化と機能の制御メカニズムは未解明でした。
そこで本研究グループは、「CD4⁺TRM細胞がどのようなメカニズムで制御されているのか?」という謎の解明に取り組みました。
■研究のポイント
- 慢性炎症組織に浸潤するCD4⁺TRM細胞の中でも炎症性サイトカインを高産生する炎症性CD4⁺TRM細胞特異的にHLFが発現していることを発見した。
- HLF欠損マウスではCD4⁺TRM細胞数が著しく減少し、その結果、炎症および線維化が抑制された。
- HLFは、CD4⁺TRM細胞の組織への定着に関わる因子(CD69など)と、組織からの移動に関わる因子(S1PR1など)を直接制御し、組織常在性を制御していた(図上)。
- ヒトの様々な慢性炎症性疾患において、病変組織にHLF陽性CD4⁺TRM細胞の浸潤が確認された。
■今後の展望
本研究によって、HLFが慢性炎症を悪化させる要因となるCD4⁺TRM細胞分化と炎症亢進に関わるタンパク質であることが明らかになりました。この発見により、ぜんそくや自己免疫疾患といった難治性炎症の病態を理解し、新たな治療法開発の可能性が拡がります。今後は、HLFがどのような炎症シグナルで誘導されるのかをさらに明らかにし、臨床応用や創薬に役立てたいと考えています。
■用語解説
注1)組織常在性記憶CD4⁺T細胞(CD4⁺TRM細胞): 慢性的な感染や炎症により、皮膚、肺、腸などの組織に誘導され、長期間組織内に定着するCD4⁺T細胞。病原体の再感染時に迅速かつ局所的な免疫応答を担っているが、炎症を慢性化させる一因となる。
注2)Hepatic Leukemia Factor(HLF): 特定の遺伝子の発現を制御するタンパク質を転写因子と呼ぶ。転写因子の一種であるHLFは、肝臓の細胞が正常に機能するのに重要な役割を担っている。また、従来は造血幹細胞でHLFの発現が知られていたが、本研究により組織常在性記憶CD4⁺T細胞の形成と炎症促進にも関わるタンパク質であることが明らかとなった。
■研究プロジェクトについて
本研究は、以下の支援を受けて実施しました。
日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費):基盤研究(S)(課題番号:JP19H05650)、基盤研究(B)(課題番号:JP20H03685、JP23H02916)、若手研究(課題番号:JP19K16683、JP22K15485)、学術変革領域研究(B)(課題番号:JP21H05120、JP21H05121)
日本医療研究開発機構(AMED):免疫アレルギー疾患実用化研究事業「IL-33活性化の新規制御機構解明による難治性アレルギー性気道炎症の治療法開発」、「好酸球性アレルギー炎症において組織線維化を引き起こす線維化誘導-病原性ヘルパーT細胞を標的とした新規線維化治療法開発」、「新型コロナウイルス感染症で血管炎を誘導する新たな病的免疫細胞集団の同定と病態形成機構の解明」、「生体内における病原性Th2細胞誘導機構解明による難治性アレルギー性疾患の治療法開発」、革新的先端研究開発支援事業「気道組織における病的リモデリング(線維化)機構の解明と病態制御治療戦略の基盤構築」、「外部環境刺激による組織炎症記憶形成機構の解明と難治性アレルギー性疾患の病態制御治療戦略の基盤構築」、「ヒト肝臓免疫応答の解明と新たな治療ターゲットの開発」、「三次リンパ組織を標的とした腎臓病治療法および診断法の開発」、ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業「千葉シナジーキャンパス(千葉大学 未来粘膜ワクチン研究開発シナジー拠点)」、「ヒト免疫に関する京都大学サポート機関」、肝炎等克服実用化研究事業「新規肝臓免疫オルガノイドモデルの開発と本モデルを用いたHBs抗体誘導によるCHB functional cure達成方法の確立」
科学技術振興機構(JST):創発的研究支援事業「肺における組織炎症記憶の4 次元制御機構の統合的解明」(課題番号:JPMJFR200R)
■論文情報
タイトル:Hepatic leukemia factor directs tissue residency of proinflammatory memory CD4⁺ T cells.
著者:Masahiro Kiuchi, Masahiro Nemoto, Hiroyuki Yagyu, Ami Aoki, Chiaki Iwamura, Hikaru Sugimoto, Yuki Masuo, Hajime Morita, Shuhe Ma, Yukiko Okuno, Takahisa Hishiya, Kaori Tsuji, Atsushi Sasaki, Kota Kokubo, Kanae Ohishi, Rie Shinmi, Yuri Sonobe, Tomohisa Iinuma, Syuji Yonekura, Tomomasa Yokomizo, Norio Komatsu, Atsushi Onodera, Shinya Okumura, Takashi Ito, Etsuro Hatano, Tatsuaki Tsuruyama, Yosuke Kurashima, Naoko Mato, Takuji Suzuki, Motoko Yagi Kimura, Shinichiro Motohashi, Eiryo Kawakami, Hideki Ueno, Damon J Tumes, Toyoyuki Hanazawa, Toshinori Nakayama, Kiyoshi Hirahara
雑誌名:Science
DOI:https://doi.org/10.1126/science.adp0714
