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近畿大学薬学部(大阪府東大阪市)創薬科学科 分子医療・ゲノム創薬学研究室 教授の杉浦麗子、助教の佐藤亮介らの研究グループは、細胞増殖シグナルの一つ「ERK MAP キナーゼシグナル」が過剰に活性化しているがん細胞について、細胞の増殖を阻害する新化合物を発見した。この化合物は、皮膚がんの一種であるメラノーマ細胞(悪性黒色腫)の増殖を強力に抑制し、さらにがん化した細胞を標的として作用するため、副作用の少ない抗がん剤の開発につながることが期待される。
本件に関する論文が、平成29年(2017年)5月9日(火)、日本分子生物学会が発行する生命科学系国際誌「Genes to Cells」に掲載された。
【本件のポイント】
●独自の創薬手法で、がん細胞の増殖シグナルを調節する化合物「ACA-28」を発見
●この化合物は正常細胞には影響が少なく、メラノーマ細胞の増殖を強力に抑制する
●特定のがん細胞を標的とするため、副作用の少ない抗がん剤の開発が期待できる
【本件の概要】
本研究では、ヒトと類似したシグナル伝達分子を有する分裂酵母を用いて、がん細胞の増殖に関わるシグナルの一つ「MAP キナーゼ」を調節する化合物の探索システムを開発。このシステムで取得した新化合物「ACA-28」(図1)が、ヒトのメラノーマ細胞の増殖を抑制し、さらにはアポトーシス(細胞死の一種)を誘導することを発見しました。さらに「ACA-28」は、ヒトの正常な色素細胞(メラニン産生細胞)に対しては影響が少なく、がん細胞に対して特に強力に効果を発揮する化合物であることから、がん細胞を標的として副作用を少なくする、新たながん治療薬の開発につながることが期待される。
なお、本件は、杉浦がプロジェクト・リーダーを務める、文部科学省「戦略的研究基盤形成支援事業~革新的がん治療法開発をめざした統合的ゲノム研究に関する医薬連携基盤形成~」およびAMED(日本医療研究開発機構)の支援による研究成果である。
【掲載誌】
雑誌名: 「Genes to Cells」日本分子生物学会が発行する生命科学系国際誌
(インパクトファクター:2.481 2015)
論文名: Identification of ACA-28, a 1’-acetoxychavicol acetate analogue compound, as a novel modulator of ERK MAPK signaling, which preferentially kills human melanoma cells(優先的にヒトメラノーマ細胞を殺す「ERK MAPK 新規調節剤」として 1’-acetoxychavicol acetate 類縁体であるACA-28を同定した)
著 者: Ryosuke Satoh, Kanako Hagihara, Kazuki Matsuura, Yoshiaki Manse, Ayako Kita, Tatsuki Kunoh, Takashi Masuko, Mariko Moriyama, Hiroyuki Moriyama, Genzoh Tanabe, Osamu Muraoka, and Reiko Sugiura
【研究の背景】
日本における死因のトップは悪性新生物(がん)によるものである。特に、皮膚がんの一種であるメラノーマ(悪性黒色腫)は予後が悪く、早期に転移を起こしやすいという特徴がある。そのため、近年、メラノーマに対する新たな治療薬の開発が推進されてきた。しかし、これらの抗がん剤の長期連用によって、「がん細胞の抗がん剤抵抗性獲得」や「重篤な副作用の出現」が問題となっている。そこで、メラノーマに特異的に作用し、副作用の少ない抗がん剤の開発が求められている。
【研究の詳細】
杉浦らの研究チームは、抗がん剤開発における魅力的なターゲットとして、がん細胞の増殖に関与するシグナル伝達分子の一つ「ERK MAP キナーゼ」に着目。MAP キナーゼの活性を調節する化合物開発をめざし、ヒトと類似したシグナル伝達分子を有する分裂酵母を用いた、独自の創薬探索手法を確立した。このシステムを駆使して取得したのが、MAP キナーゼシグナルを調節する化合物「ACA-28」である。
本研究では、特定のメラノーマ細胞(悪性黒色腫)においてERK MAP キナーゼが異常に活性化していることに着目し、ACA-28がこれらのメラノーマ細胞に対して特異的に細胞増殖を抑制することを明らかにした(図2)。また、これらの細胞増殖抑制効果の一因は、アポトーシスの誘導によるものであることが分かった。
また、重要なことに、正常細胞のERK MAP キナーゼを人工的に活性化させることでがん化させた細胞においても、ACA-28は強力な細胞増殖抑制効果を発揮した。これらの結果から、ACA-28はメラノーマだけでなく、ERK MAP キナーゼが過剰に活性化しているような他のがん細胞種に対しても阻害効果を示す可能性が期待される。
【今後の展開】
本研究により、新規抗がん剤の候補化合物である「ACA-28」を発見した。ACA-28の臨床応用へ向けて、本化合物の抗がん作用発現のメカニズムや、がん細胞特異性獲得のメカニズムを詳細に突きとめる必要がある。
また、杉浦らが開発した画期的な「分裂酵母を用いた化合物探索システム」を駆使することで、副作用の少ない抗がん剤の候補化合物を取得できることが実証された。本システムにより、さらなる抗がん剤候補化合物の探索が可能であると考えられる。
【用語解説】
■メラノーマ……悪性黒色腫のこと。シミやホクロの色素成分である「メラニン」を産生する細胞であるメラノサイト(皮膚や粘膜などに存在)が「がん化」したもの。早期に転移し、悪性度、致死率が最も高いがんの一つ。
■MAP キナーゼ……タンパク質をリン酸化する酵素の一種。増殖因子や様々な刺激により活性化される。酵母やハエなどの下等生物からヒトまで進化的に広く存在している。
■ERK MAP キナーゼシグナル……ヒトのMAP キナーゼの一つであるERK MAP キナーゼの調節に関わる情報(シグナル)伝達経路。メラノーマなど、ある種のがんにおいてはERK MAP キナーゼシグナルが異常に活性化しており、がん化やがん細胞の増殖、転移と深く関わる。
■アポトーシス……プログラム細胞死の一つ。臨床で用いられている抗がん剤の中には、アポトーシスを引き起こすことでがん細胞を死滅させる効果を持つものが多く存在する。
【私立大学戦略的研究基盤形成支援事業について】
近畿大学は日本有数の総合大学であると同時に、最先端のがん治療・研究拠点である。近畿大学薬学部では、創薬科学科教授の杉浦麗子をリーダーとして、「革新的ながん治療法開発」をミッションとした医薬連携研究プロジェクトが進められている。薬学部発の基礎研究の成果を、医学部との連携を通じて臨床応用する「橋渡し研究(トランスレーショナル・リサーチ)」を推進し、研究成果が患者さんの治療へと繋がることをめざしている。
【関連リンク】
・薬学部創薬科学科 教授 杉浦 麗子(スギウラ レイコ)
http://www.kindai.ac.jp/meikan/752-sugiura-reiko.html
・薬学部創薬科学科 助教 佐藤 亮介(サトウ リヨウスケ)
http://www.kindai.ac.jp/meikan/1237-satoh-ryosuke.html
・関連URL:
http://www.phar.kindai.ac.jp/
▼本件に関する問い合わせ先
近畿大学 総務部広報室
TEL: 06-4307-3007
FAX: 06-6727-5288
【リリース発信元】 大学プレスセンター
http://www.u-presscenter.jp/