アスピリンによる小腸粘膜傷害に対するプロバイオティクスの治療効果を発見
本研究成果は、『Gut Microbes』に掲載されました。(6月9日オンライン)
研究成果のポイント
- アスピリンによる小腸粘膜傷害の動物モデルを用いて、PPIが増悪因子となっていること、その際に空腸でA. muciniphila が異常増殖していることを確認した。
- Bifidobacterium bifidum G9-1 は上記の腸内細菌叢の乱れを改善し、小腸粘膜傷害を予防する可能性が示された。
図. アスピリンによる小腸粘膜傷害では、PPIが増悪因子となり、Bifidobacterium bifidum G9-1 で改善した
研究の背景
アスピリンを含む非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)は、胃十二指腸潰瘍の原因としてよく知られています。近年小腸カプセル内視鏡検査の普及が進み、これまで観察が難しく暗黒の臓器といわれていた小腸を観察できるようになり、NSAIDは小腸粘膜にも傷害を生じることがわかってきました。マウスなどの動物モデルでは、アスピリン以外のNSAID による小腸粘膜傷害が知られていましたが、アスピリンでは小腸粘膜傷害を発生させられず、病態解明の妨げになっていました。そこで、マウスに高果糖食を継続して摂取させたところ、60%の個体で小腸粘膜傷害の形成に成功しました。
一方、胃十二指腸潰瘍予防としてアスピリンによく併用されるPPIが小腸粘膜傷害を増悪させる報告のあることから、アスピリン小腸粘膜傷害モデルを用いて、PPIを併用した際に小腸で起こっている現象と病態およびその治療法を解明することにしました。
研究の内容
アスピリン小腸粘膜傷害モデルにPPIを投与すると、特に空腸で小腸粘膜傷害の増悪が認められました。PPIは胃酸分泌を抑制して小腸管腔のpH を上昇させ、これにともない腸内細菌の構成に乱れの生じることが報告されているため、次世代シークエンサーで空腸の細菌叢を解析しました。すると、小腸には普段みられないA. muciniphila がよく検出され、PPI投与によって空腸の中でもA. muciniphila が生息しやすい状態になったのではないかと考えられました。
A. muciniphilaは腸の粘膜を覆って保護しているムチンを分解する細菌として知られており、これが粘膜傷害を増悪させる原因となっている細菌ではないかと疑われました。実際に、PPIにより小腸粘膜傷害が増悪した群(PPI+アスピリン)では、ムチン層は薄くなっていました。そこで高果糖食を摂取させたマウスにA. muciniphila を投与したところ、投与無しのコントロール群と比較して空腸のムチン層が明らかに薄くなっていました。アスピリンとPPIを投与したときも、ムチン層が薄くなっていたことから、PPI投与によるA. muciniphila の増殖が関与していると考えられました。これに対し腸内細菌叢の乱れを改善すると報告のあるBifidobacterium bifidum G9-1 を投与すると、A. muciniphila の増殖は抑制されて、ムチン層はコントロール群と同様に厚くなりました。
また、Bifidobacterium bifidum G9-1は制御性T細胞を増加させることも発見しました。制御性T細胞は、過剰な炎症を抑制する働きのあるリンパ球であり、この抗炎症作用が粘膜傷害増悪を抑制したことを示唆しています。
今後の展開
平成30年の厚生労働省の人口動態調査における日本人の死因は、心疾患が2位、脳血管疾患が4位となっています。心筋梗塞や脳梗塞の予防にはアスピリンが広く用いられ、その投薬による胃十二指腸潰瘍の予防を目的としてPPIがよく処方されています。しかしその効果がみられる一方で、胃や十二指腸、大腸の内視鏡検査では原因がわからない、小腸出血が原因と考えられる消化管出血が時折みられていました。この出血のためにアスピリンなど抗血小板剤を休薬すると、その期間は血栓症の発生リスクが上がってしまうため、小腸粘膜傷害の予防は喫緊の課題でした。
今回の研究で、普通食を摂取したマウスでは粘膜傷害が起こらなかったことから、高果糖食の多い西洋食など食生活の変化が小腸粘膜傷害のリスクである可能性が考えられます。食生活の変化は、腸内細菌叢の乱れを惹起しやすいためです。また、動物モデルでプロバイオティクスが粘膜傷害改善の鍵であることが明らかになりましたが、ヒトにおいても同様であるかどうかは今後の検討課題です。
用語説明
*1 プロトンポンプ阻害薬(PPI):胃酸を分泌する細胞に作用し、胃酸の分泌を強力に減らす薬のことです。胃潰瘍や十二指腸潰瘍、逆流性食道炎の治療や予防によく使われます。
*2 プロバイオティクス:腸内細菌のバランスを改善することによって、宿主の健康に好影響を与える生きた微生物と定義され、それを含む製品を含みます。摂取により、腸の機能を改善するだけでなく、全身に有益な効果をもたらすことが期待されています。
掲載論文
The protective effect of Bifidobacterium bifidum G9-1 against mucus degradation by Akkermansia muciniphila following small intestine injury caused by a proton pump inhibitor and aspirin
Tsutomu Yoshihara, Yosuke Oikawa, Takayuki Kato, Takaomi Kessoku, Takashi Kobayashi, Shingo Kato,
Noboru Misawa, Keiichi Ashikari, Akiko Fuyuki, Hidenori Ohkubo, Takuma Higurashi, Yoko Tateishi,
Yoshiki Tanaka, Shunji Nakajima, Hiroshi Ohno, Koichiro Wada & Atsushi Nakajima
Gut Microbes, 09 Jun 2020 DOI: 10.1080/19490976.2020.1758290
※本研究は、ビオフェルミン製薬株式会社との共同研究により実施されました。
~ビオフェルミン製薬について~
大正6年創業以来「乳酸菌のくすりで、おなかの健康を守り、すべての人が健やかに暮らせる社会に貢献する」を理念としております。数千種の細菌からなる腸内フローラに早くから着目し、そこで果たす乳酸菌の効果を追求することで、おなかの健康を支えてまいりました。幅広い領域で未知の可能性を探求し、乳酸菌の新たな価値を創造し、提供してまいります。
【 会社概要】
会社名: ビオフェルミン製薬株式会社
設立: 1917年(大正6年)2月12日
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