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北里大学理学部化学科の上田将史助教、國分未来(大学院理学研究科 修士課程2年)、真崎康博教授は、植物性芳香族ラクトン化合物であるクマリン(注1)をプロペラ状に縮合した三脚巴(注2)状分子の合成に成功し、特異な湾曲構造を有する新たな蛍光色素を開発しました。
本研究では、一般的に蛍光色素分子の自由回転を抑制することによって生じる凝集誘起発光(AIE)(注3)という現象を、分子反転の抑制によっても発現することを見出しました。本分子系におけるAIE強度は希釈溶液と比べて5〜100倍程度上昇することが明らかとなっており、凝集体の形成に伴い、より強い蛍光発光を示す有機色素の開発に成功しました。今後、有機ELディスプレイやバイオイメージングなどへの応用が期待されます。
■研究成果のポイント
・植物由来のクマリンを有する蛍光色素分子の合成に成功
・分子内立体反発に由来する湾曲型プロペラ構造を解明
・凝集体の形成により、発光強度が5〜100倍上昇する色素を開発
■研究の背景
近年、多環式芳香族炭化水素類(PAHs)(注4)の合成や物理的性質が注目されており、有機発光ダイオードや有機電界効果トランジスタなどの有機機能性材料への応用が期待されています。一方で、クマリンはシナモンやトンカ豆などの植物に含まれる芳香族ラクトン化合物ですが、化学修飾を施すことで強い蛍光発光を示すことが知られています。このクマリンとPAHsを組み合わせた新しい骨格を有する有機色素類は従来のクマリン類よりも優れた発光特性を示すことから注目されており、新たな発光色素分子として、その開発が期待されています。
■研究内容と成果
蛍光色素分子として知られるクマリンを三脚巴状に縮合させた発色団の合成に成功し、特異な湾曲構造を有する蛍光色素を開発しました。本研究の合成は銅粉末を用いた分子内ウルマン(Ullmann)反応を適用することで達成しました(図1a)。反応点が三箇所あるにも関わらず、比較的良好な収率で得ることに成功しました。また、単結晶X線結晶構造解析から、これらの分子構造は三回回転軸を有する対称性の高い分子であり、分子内の立体反発によってねじれ、その結果生じる右巻きと左巻きの2種類の構造が結晶内で二量体を形成していることが明らかになりました(図1b)。理論的な計算から、これらの構造体間の反転に要するエネルギーは低いと見積もられ、溶液中では容易に分子反転を引き起こすことが判明しました。希釈溶液中では微弱な発光を示しますが、その溶液に水を加えていくと凝集体を形成し、発光強度が含水率に依存して5〜100倍まで上昇することを見出しました(図1c)。これは凝集体の形成により分子反転などの運動が抑制され、分子のコンフォメーションが固定されたためだと考えられます。このように分子反転を抑制することで凝集誘起発光を発現する分子の報告例は少なく、価値ある発見になりました。また、置換基の導入によるクマリン骨格の機能化に関する検討も行っており、溶媒の極性によって発光色調を変化させることにも成功しました(図1d)。
湾曲型分子が凝集誘起発光を発現すること、本分子に適切な化学修飾を施すことで、三脚巴状分子骨格に基づく多彩な発光色の調整が可能であることの2点が今回の成果として評価されました。また、その概要を表現したイラストが表紙に選定されました。
■今後の展開
本研究で開発した有機色素は溶液中でも発光し、凝集状態でさらに強く発光することから、液体から凝集体まで、様々な用途に対応できる蛍光発光色素だと考えられます。加えて、異なる置換基の導入も可能であることから、可視光領域における種々の発光色調の調整や医療分野で注目されている浸透の高い近赤外・赤外領域の色素レーザーの開発も期待できます。また、分子反転を化学修飾によって抑制し、右巻きと左巻き構造を分離できれば、旋光性を発現することから、有機偏光板の構成成分としても展開でき、新たな分子性材料の開発に繋がります。
■用語解説
注1:クマリン(Coumarin)
2H-chrome-2-oneとも呼ばれる。トンカ豆などの植物中に含まれる芳香族ラクトン化合物の一種。抗酸化作用や抗菌作用を有する誘導体が報告されており、薬剤分子として用いられることもある。7位に電子供与基を導入した誘導体は強い蛍光発光を示すことから、レーザー色素や蛍光化学センサー、色素増感型太陽電池の色素分子として利用されている。
注2:三脚巴(Triskelion)
西洋紋章の一つ。120度ずつ回転させると元の模様と重なる三回対称模様であり、三枚のプロペラの羽を風車状に組み合わせた模様のこと。ブルターニュ(フランス)やシチリア(イタリア)のシンボルとしても知られる。
注3:凝集誘起発光(Aggregation-Induced Emission)
溶液中ではほとんど発光を示さない有機色素溶液を、水中などに注入すると、ナノ集積体を形成し、数倍から数百倍高効率な発光を示すことがある。このような凝集体形成時に発光強度が上昇する現象を指す。一般的に溶液中における発光は分子の自由回転や振動によって失活してしまうが、凝集体中では分子のコンフォメーションが固体され、分子運動が抑制されることによって発光強度が上昇する。発光応答センサーや光電子デバイス、バイオイメージングなどへの応答が期待されている。
注4:多環式芳香族炭化水素類(Polycyclic Aromatic Hydrocarbons)
炭素と水素原子によって構成される芳香族環が二つ以上結合した化合物の総称であり、ベンゼン環が二つ縮合したナフタレンや三つ縮合したアントラセンなどが知られている。一般的には平面構造であるが、縮合様式によって湾曲した構造をとる場合もある。そのほとんどが発光分子であり、分子構造に起因した特有の光を放つ。
■論文情報
・掲載誌:ChemPhotoChem 電子版(欧州化学協会)
・論文名:Triskelion-Shaped π-Luminophores Bearing Coumarin: Syntheses, Structures, and Luminescence Properties
(クマリンを有する三脚巴状π共役系発色団の合成と構造、発光特性)
・著 者:上田将史(北里大学助教、責任著者)、國分未来(北里大学修士課程2年)、真崎康博(北里大学教授、責任著者)
・DOI:10.1002/cptc.202000049(本文)
10.1002/cptc.202000232(表紙)
本研究は北里大学学術奨励研究の助成によって実施されました。
■研究者の情報
○北里大学理学部 / 大学院理学研究科 助教 上田 将史(うえだ まさふみ)
・研究テーマ:カルコゲンを組み込んだ機能性有機化合物の合成
・専 門:構造有機化学、有機合成化学
○北里大学理学部 / 大学院理学研究科 教授 真崎 康博(まざき やすひろ)
・研究テーマ:π共役系有機分子を用いたクロミック材料の開発
・専 門:構造有機化学、有機合成化学
■問い合わせ先
≪研究に関すること≫
北里大学理学部
助教 上田将史
〒252-0373 神奈川県相模原市南区北里1-15-1
E-mail: msfmueda@kitasato-u.ac.jp
≪報道に関すること≫
学校法人北里研究所
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E-mail: kohoh@kitasato-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
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