ヒストンテイルの動的構造変化を解明
本研究は、『iScience』に掲載されました。(10月23日オンライン)
研究成果のポイント
- これまで見えなかったヒストンシャペロンFACTによるヒストンテイルの動的構造変化を核磁気共鳴(NMR)で初めて解明
- FACTがクロマチンの基本構造であるヌクレオソーム中のDNAと一部置き換わることで、ヒストンH3テイルが動的にDNAから解放されることを発見
- 今後、この動的構造変化のクロマチン構造変化の中での関係性やその重要性、ヒストンテイルの挙動の詳細が明らかになると期待
研究の背景
これらヘテロクロマチンとユークロマチンの境界で、両方のクロマチン構造に関係し、その構造変化を誘導している蛋白質が、ヒストンシャペロン FACT(facilitates chromatin transcription)です。FACTはSSRP1とSPT16からなるヘテロダイマーを形成する蛋白質として、DNAからRNAが合成される際にクロマチンの基本構造であるヌクレオソーム(図1)を変形させてRNAポリメラーゼIIの通過を助けることが知られております。
我々は以前、クライオ電子顕微鏡を用いて、FACTとヌクレオソームの複合体の立体構造を解析することに世界ではじめて成功しました。これにより、FACTのリン酸化された酸性アミノ酸に富む領域(pAID)は、ヌクレオソームからDNAが部分的にはぎ取られて露出したヒストンの表面に結合し、まるでDNAのように振る舞って、ヌクレオソーム中のDNAの一部と置換されることが明らかとなりました(図2)。しかし、この構造解析では、ヌクレオソーム内部のヒストンのコア構造はほとんど変化しておらず、クロマチン構造変化の原因となるヌクレオソームから突き出ているヒストンテイルの構造はふらふらと動いているため、動的な構造の解析が難しい電子顕微鏡では可視化できず、FACTによってヒストンテイルの動的構造がどのように変化しているのかは不明でした。
研究の内容
一方、もう片方のシグナルは通常のヌクレオソームを高塩濃度(200 mM NaCl)の条件下で観察した場合のNMRシグナル(図3黄)とほぼ重なります。これは、このpAID sideに対応するH3テイルが、高塩濃度によってDNAとの相互作用が弱められた状態と同様に、DNAから解放されたより動的な構造を取っていることを示します。これらの結果と合致して、 pAID sideのH3テイルは、DNA sideやヌクレオソームのH3テイルに比べて、Gcn5というヒストンアセチル化酵素によるH3の14番目のリシン残基のアセチル化の速度が早くなることも見出しました(図4)。つまり、pAID sideのH3 Nテイルは動的にDNAやpAIDと相互作用しながら、より溶液中に露出しており、ヒストン修飾酵素などの影響を受けやすいのに対して、DNA sideや通常のヌクレオソームのH3テイルはヌクレオソームの二本のDNAに囲まれた構造スペースにその相互作用により拘束されていて、ヒストン修飾酵素のアクセスを強く阻害することがわかりました (図5)。
今後の展開
今回の研究は、ヒストンシャペロンFACTがヌクレオソーム中のDNAと一部置き換わることで、動的なヒストンH3テイルがDNAから解放されることを明らかにしました。FACT以外にもヌクレオソームのDNAの一部をヒストンから引き剥がすクロマチン結合因子は存在します。例えば、ヒストンバリアント、パイオニア転写因子、クロマチンリモデリング因子、RNAポリメラーゼIIなどです。これらの因子は全てクロマチン構造変化に関係する因子であり、FACTと同様にヒストンテイルの動的構造変化が引き起こされる可能性が高いです。本研究の解析に用いた手法を援用することにより、上記の因子によって引き起こされたクロマチン構造変化の中でヒストンテイルの動的構造変化がどのように関係し、重要なはたらきをしているのかを今後解明でき、ヒストンテイルの挙動の詳細が明らかになると期待しております。
用語説明
*1 ヒストン蛋白質:
核に存在する塩基性蛋白質。正に荷電した塩基性アミノ酸を豊富に含み、DNAの負に荷電したリン酸基と強く相互作用する。一般的にH1、H2A、H2B、H3、H4の5種類が存在し、真核生物の核内では、DNAが4種類のコアヒストン(H2A、H2B、H3、H4)から成るヒストン8量体に巻き付いて、ヌクレオソームを形成する(図1)。このDNAとヒストンの複合体であるヌクレオソームが連なった構造をクロマチンと呼ぶ。
*2 ヒストンテイル:
ヒストン蛋白質のコアの構造領域に含まれないN末端・C末端側の領域。ヒストンテイルはある固まった構造を取らないでふらふらと動的に動いており、アセチル化、メチル化、リン酸化、モノユビキチン化など様々な翻訳後修飾を受けていることが報告されている。これらの修飾はクロマチン構造を変化させ、エピジェネティックな遺伝子発現制御に関与する。
*3 NMR分光器:
強い磁場中で特定の原子核スピンの向きが揃えられた化合物や蛋白質などに対し、ラジオ波を照射して核磁気共鳴させた後、核スピンが元の安定な状態に戻る際に出す信号を観測して、原子の配置などを解析する装置。ふらふらと揺らいでいる蛋白質部位の原子レベルでの同定が可能である。
掲載論文
Partial replacement of nucleosomal DNA with human FACT induces dynamic exposure and acetylation of histone H3 N-terminal tails
Yasuo Tsunaka, Hideaki Ohtomo, Kosuke Morikawa, and Yoshifumi Nishimura
iScience October 23, 2020 doi:https://doi.org/10.1016/j.isci.2020.101641
※本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」、文部科学省「先端研究基盤共用促進事業(共用プラットフォーム形成支援プログラム) NMR共用プラットフォーム」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費基盤研究(C) JP18K06064の研究の一環で行われました。