お米(イネ胚乳)の生長を制御する遺伝子を同定 〜受粉無しでデンプンを蓄積〜
イネの胚乳は、花粉がめしべに受粉受精することでその生長を開始します。今回、遺伝子発現の制御機構の一つであるヒストン修飾*1に関わるポリコーム複合体*2の構成因子OsEMF2a遺伝子の機能をゲノム編集*3によって欠損させた変異体で、受精していない子房においても自律的に胚乳が発生して肥大し、デンプン合成過程まで進行することを発見しました(図1)。このことから、受精によって開始される一連の生長過程がOsEMF2aによって抑制されていることが考えられます。
イネの花粉は環境の影響を受けやすく、例えば気温が低い際には花粉が正常に形成されず冷害の主要因になることが知られています。本研究をさらに発展させることで、花粉を用いることなく充実した胚乳(お米)を作ることのできる品種を開発できれば、環境変化に左右されることのない安定したお米の生産が可能になると期待されます。
本研究は『The Plant Cell』に掲載されました。(11月24日オンライン)
emf2a変異体では花粉を受粉しない場合でも、受粉した通常イネと同様に胚乳が肥大し、デンプン粒が形成される。
研究成果のポイント
- 未受精での、デンプンの蓄積を伴う自律的な胚乳発生の誘導に成功した。
- ポリコーム複合体が、受精前・受精後の胚乳発生を制御することを明らかにした。
- ポリコーム複合体が多くのインプリント遺伝子の制御に関与することを明らかにした。
- 環境変化に左右されない、イネ品種の開発に貢献できる。
研究の背景
イネの胚乳(お米)は、我々の主食となるだけでなく、種子形成過程の胚発生や発芽時の実生への養分供給の機能を持った重要な器官です。そのため、古くから胚乳発生に関わる研究が進められていますが、その多くがコメの主成分であるデンプン合成が行われる成熟過程に着目したものでした(Zhou et al., Curr. Opin. Plant Biol, 2013)。一方で、登熟期以前の胚乳初期発生*4過程は胚乳細胞数を決定し,胚乳細胞が形成される重要な過程であるにも関わらず,その発生に関わる分子はほとんど明らかになっていませんでした。
アブラナ科のモデル植物であるシロイヌナズナにおいて、ヒストン修飾に関与するポリコーム複合体が胚乳初期発生を制御することが報告されていますが(Hehenberger et al., Development, 2012)、双子葉植物と単子葉植物では胚乳発生様式が大きく異なっており、単子葉植物におけるポリコーム複合体と胚乳発生との関係性は明らかにされていませんでした。
研究の内容
本研究グループでは、ゲノム編集技術を用いてイネのポリコーム複合体構成因子であるOsEMF2aの機能を欠損させ、その機能解析を実施しました。通常、受精していない子房はそのまま退化してしまいますが、emf2a変異体では花粉を受粉させていないにもかかわらず、肥大する子房が出現することを発見しました(図2)。また、組織学的な解析から、emf2a変異体で見られる肥大した子房では、通常の胚乳発生過程と同様の胚乳核の分裂や、胚乳細胞内で合成されるデンプンの蓄積が行われていることを明らかにしました(図2)。この結果から、OsEMF2aは、受精するまでの間、胚乳発生を進行しないように抑制する働きを持つことが示されました。
次に、受粉後の種子形成過程におけるOsEMF2aの機能についても調査を行いました。emf2a変異体の種子では、胚乳発生に遅延が生じており、正常な種子形成を行うことができておらず(図3)、OsEMF2aが受精後の胚乳発生の制御にも関与することを突き止めました。さらに、emf2a変異体における、次世代シークエンサー*5を用いたトランスクリプトーム解析(RNA-seq解析)および全ゲノムのヒストン修飾解析(ChIP-seq解析)を実施し、OsEMF2aに制御される多数の遺伝子を網羅的に同定することに成功しました。中でも、胚乳発生のおいて重要な働きを担っていると考えられるインプリント遺伝子*6のほとんどがOsEMF2aに制御されていることを明らかにすることができました。
これらの結果から、イネのポリコーム複合体の構成因子OsEMF2aが、受精前と受精後の両方の胚乳発生の制御に関与していることを示すとともに、その機能が被子植物で広く保存されていることを明らかにすることができました。加えて、emf2a変異体で見られた自律的な胚乳発生によってデンプン合成過程まで発生が進行する現象は、双子葉植物では見られない新しい発見でした。
emf2a変異体では通常のイネと同様に、胚乳初期発生に特徴的な現象である「胚乳核の分裂」と「デンプンの蓄積」が確認された。
emf2a変異体では通常のイネとは異なり、胚乳発生に遅延が生じ、胚乳の細胞化が起こっていないことから、OsEMF2aが受精後の胚乳発生の制御にも関与することを突き止めた。
今後の展開
本研究では、これまで理解の進んでいなかったイネの初期胚乳を制御する複数の遺伝子を同定することができました。今回、同定した胚乳発生に関連した遺伝子の機能や制御を明らかにしていくことで、イネの胚乳の大きさを自由に改変する育種に利用できると考えています。
また、emf2a変異体では受精することなく一連の胚乳発生過程が進行し、自律的な胚乳を形成することを発見しました。この自律的な胚乳発生のメカニズムに関する研究を進めることで、受粉過程を行わずに充実した胚乳を形成するイネ品種が開発でき、気温などの環境変動に影響される花粉に依存しない、自律的なコメ生産の実現が期待されます。
※本研究は、文部科学省科研費 新学術領域研究「植物新種誕生の原理」、日本学術振興会(JSPS)若手研究B、科学技術振興機構(JST)ALCA「人為的アポミクシス誘導技術の開発による植物育種革命」などの支援を受けて、日本、アメリカの2カ国、計7研究機関の国際共同研究として遂行しました。
論文著者、ならびにタイトル
Mutation of the imprinted gene OsEMF2a induces autonomous endosperm development and delayed cellularization in rice.
Kaoru Tonosaki, Akemi Ono, Megumi Kunisada, Megumi Nishino, Hiroki Nagata, Shingo Sakamoto, Saku T. Kijima, Hiroyasu Furuumi, Ken-ichi Nonomura, Yutaka Sato, Masaru Ohme-Takagi, Masaki Endo, Luca Comai, Katsunori Hatakeyama, Taiji Kawakatsu, Tetsu Kinoshita.
The Plant Cell. DOI: 10.1093/plcell/koaa006
発表者
木下 哲(横浜市立大学 木原生物学研究所)
殿崎 薫(横浜市立大学 木原生物学研究所:当時、岩手大学 農学部)
小野 明美(横浜市立大学 木原生物学研究所)
国定 愛美(横浜市立大学 生命ナノシステム科学研究科:当時)
西野 愛(横浜市立大学 生命ナノシステム科学研究科)
永田 博基(横浜市立大学 生命ナノシステム科学研究科)
坂本 真吾(産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門)
貴嶋 紗久(産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門:当時)
古海 弘康(情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 技術課)
野々村 賢一(情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 植物細胞遺伝研究室)
佐藤 豊(情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 植物遺伝研究室)
高木 優(埼玉大学 大学院理工学研究科)
畠山 勝徳(岩手大学 農学部)
遠藤 真咲(農研機構 生物機能利用研究部門)
川勝 泰二(農研機構 生物機能利用研究部門)
用語説明
*1.ヒストン修飾
核内では、DNAはヒストンというタンパク質に巻きついた状態で折り畳まれている。ヒストンは、メチル化やアセチル化などの化学的な修飾を受けることが知られており、化学的な修飾の種類によって、遺伝子の発現を、抑制または促進することが知られている。
*2.ポリコーム複合体
遺伝子発現に抑制的に働くヒストン修飾を触媒しているタンパク質の複合体。様々な生命現象の制御に関わり、動物から植物まで幅広い生物種が共通して持つことが知られている。
*3.ゲノム編集
人工のDNA切断システムを利用して、標的遺伝子のDNA配列を高い精度で編集・改変する技術。本研究では、CRISPR/Cas9というゲノム編集手法を用いた。
*4.胚乳初期発生
胚乳では、受精後に核分裂のみを繰り返す過程があり多核体を形成する。その後、一斉に細胞質分裂をおこない1核1細胞にわかれ、細胞壁も形成される。この過程は細胞化と呼ばれる。
*5.次世代シークエンサー
数百万〜数億の膨大な数のDNA分子の塩基配列決定が可能な分析装置。従来のシークエンス技術では、ヒトゲノム解読に10年を要したが、次世代シークエンサーでは1日で完了する。
*6.インプリント遺伝子
両親から受け継いだ遺伝子のうち、父親由来または、母親由来のどちらかが優先的に発現し、他方は発現が抑制されている遺伝子。インプリント遺伝子に異常が起こると、植物では種子の発達異常、ヒトではPrader-Willi症候群などの疾患が生じる事が知られている。