神経回路形成因子LOTUSが記憶機能を制御する ~記憶障害の改善に期待~
研究成果のポイント
- 神経回路形成因子LOTUSが欠損するとシナプスが減少し、記憶機能が低下することが明らかになった。
- LOTUSのさらなる解明により健忘症や認知症の予防と改善に期待
研究の背景
高齢者の5人に1人は認知症を発症する可能性があると言われており、高齢化に伴う記憶障害は大きな社会問題となっています。加齢による記憶障害を引き起こす因子の一つとしてNogoという分子が知られています。Nogoは、その受容体であるNogo受容体-1(NgR1)に結合すると、記憶形成に重要な役割を担うシナプスを減少させ、記憶形成能力を低下させる因子として知られています。そして、NogoやNgR1は加齢に伴い発現量が増加し、記憶機能も低下することが報告されています。
本研究グループの竹居光太郎教授らは、嗅覚情報を伝える神経回路の形成に重要な分子として神経回路形成因子LOTUSを2011年に発見しました。LOTUSは強力なNgR1拮抗物質としてNogoの作用を抑制することで、NogoとNgR1の結合を介して起こる軸索伸長阻害を遮断し、神経回路形成や神経再生を促進することが明らかとなっていました。また、LOTUSは健常な成人の脳には豊富にありますが、加齢に伴い徐々に減少します。このため、その減少が一因となって記憶機能の低下が起きると想定されますが、シナプス形成や記憶機能にLOTUSがどう影響するかは明らかとなっていませんでした。そこで本研究グループの竹居光太郎教授と大学院生の西田遼平らは、LOTUS遺伝子欠損マウスを用いて、LOTUSがシナプス形成や記憶機能に与える影響について検討しました。
研究の内容
野生型マウスとLOTUS遺伝子欠損(LOTUS-KO)マウスの海馬培養神経細胞について、そのシナプス密度を解析した結果、野生型と比較してLOTUS-KOマウス由来の細胞ではシナプス密度が有意に減少していました(図上段)。このことはLOTUSがシナプス形成に重要な物質であることを示します。
上:各遺伝子型マウスの海馬初代培養細胞を用いたシナプス密度の計測
野生型と比較してLOTUS-KOマウス由来の海馬初代培養細胞はシナプス(矢印)密度が低い。
下: 各遺伝子型マウスの記憶機能の評価
野生型は1日目の調査時間より2日目の調査時間が減少しているが、LOTUS-KOマウスでは低下は見られなかった。
次に、マウスの記憶能力を測定する行動解析を行いました。記憶機能を解析したいマウス(テストマウス)を初対面のマウス(対面マウス)に会わせると、テストマウスは対面マウスに対して臭いを嗅ぐなどして「調査」をします。その調査時間を測定した24時間後に同じ対面マウスと会わせると、テストマウスがその対面マウスを覚えていると調査時間が短くなり、覚えていないと初回と同じような時間をかけて調査を行うことから、記憶しているかどうかが分かります。その結果、野生型マウスでは2日目の調査時間が短くなって対面マウスを覚えているのに対し、LOTUS-KOマウスは1日目と同じ時間をかけていました。このことはLOTUS-KOマウスは記憶機能が低下していることを示します。
以上から、LOTUSが欠損すると記憶形成に重要なシナプスが減少し、記憶機能も低下することが示され、LOTUSは記憶形成に重要な役割を担うことが明らかとなりました。
今後の展開
本研究によってLOTUSは記憶形成に対して重要な役割を担うことが判明し、加齢による記憶障害の改善する有力な候補分子であると思われます。しかし、逆にLOTUSが過剰にあると記憶機能が亢進するのかという課題があるため、これに取り組みます。そして、LOTUSが加齢により減少する理由を明らかにし、LOTUSを減少させない、もしくは増加させる方策を考究する必要があります。これらによって、加齢による健忘症や広義の認知症を防ぐ方策が見出されると期待されます。
※本研究成果は英国科学誌『Scientific Reports』に掲載されます。(英国3月3日オンライン)
LOTUS, an endogenous Nogo receptor antagonist, is involved in synapse and memory formation
Ryohei Nishida, Yuki Kawaguchi, Junpei Matsubayashi, Rie Ishikawa, Satoshi Kida, & Kohtaro Takei
Scientific Reports, https://www.nature.com/articles/s41598-021-84106-y
※この研究は、文部科学省科学研究費補助金により行われました。