山火事により発生するガス状有害物質の放出量は「燃焼温度」の影響が大きいことを発見
横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科 関本奏子准教授、米海洋大気庁(NOAA)、米航空宇宙局(N A S A)の共同研究グループは、北米西部の山火事から発生する揮発性有機化合物(VOC)の種類と量は、燃える植物の種類よりも燃焼温度による影響が大きいことを見出しました。このことにより、衛星観測で得られる燃焼温度の情報を元に、山火事に由来するVOC発生量を推定する新たなフレームワークを提唱します。
本研究成果は、ACS(アメリカ化学会)発行の環境系雑誌「Environmental Science & Technology」に掲載されました(2023年8月23日公開)。
研究成果のポイント
近年、日本を含む世界の様々な地域で森林火災(山火事)が多発しています。森林火災で発生する揮発性有機化合物(Volatile Organic Compound; VOC)は、その地域の環境汚染や気候変動に多大な影響を与えるとされますが、大気汚染物質である対流圏オゾンや二次有機エアロゾルの生成メカニズムの解明や発生量の予測モデルの構築は、大気化学における近年の重要な課題となっています。植物が燃焼する際に発生する生成物は、何が燃えているかだけでなく、燃焼形態(例えば有炎燃焼や無炎燃焼など)によっても異なることが知られていて、これらの形態は同時に現れますが、各々の寄与率(燃焼中にどの形態がどの程度起こるか)は、時間毎、かつ植物の状態によって変わります。そのため、時間毎、かつ火災毎に変動するVOC発生量の予測は極めて困難とされています。
VOC発生量の評価には、これまで燃焼効率(Modified Combustion Efficiency; MCE)がパラメータとして使われてきました。MCEはCO2とCOの量によって決定され、有炎燃焼や無炎燃焼の相対的な寄与率を表します。植物が燃え始めてから燃え尽きるまでの一連の燃焼時間内で観測される、MCEの平均値とVOCの平均発生量には相関があると云われていますが、ほぼ全てのVOCにおいて、燃焼中の瞬間的な発生量はその瞬間のMCEには相関しないという問題がありました。これはすなわち、MCEは本来、VOC発生量の評価や測定に適したパラメータではないということを意味しています。したがって、VOC発生量を高精度で推定できるパラメータの探索が、喫緊の課題となっていました。
研究内容
このような背景のもと、NOAAとNASAの大規模研究プロジェクトFIREX-AQが2016年より始まりました(https://csl.noaa.gov/projects/firex-aq/)。2016年にFire Sciences Laboratory(モンタナ州ミズーラ)で行った植物燃焼実験で、関本准教授らのグループは、プロトン移動反応質量分析法と、関本が開発したVOCの網羅的定量法を組み合わせて、さまざまな植物を燃焼させた際にどのようなVOCがどれだけ発生するかを測定しました。それらのデータを正値行列因子分解*1(Positive Matrix Factorization; PMF)により解析したところ、VOCの瞬間的発生量は2つのVOCプロファイル(高温または低温熱分解プロファイル)の組み合わせで高精度に評価でき、この結果は、燃える植物の種類に依存しないことを明らかにしました(Sekimoto et al., Atmos. Phys. Chem., 2018)。
これらの実験室内で得られた結果が、野外での実際の山火事に適用できるかを確かめるため、2019年の夏にNASA DC-8を用いた航空機観測が北米西部で行われました。8つの異なる山火事のVOCを同様に測定、解析した結果、高温・低温熱分解プロファイルの組み合わせによって、山火事から直接発生するVOCの種類と量を70%以上の精度で表現できることを見出し、さらに、高温・低温熱分解プロファイルの相対的寄与率は、衛星によって観測される「fire radiative power (FRP)」に相関することが明らかになりました。FRPは燃焼温度に相関することが知られています。したがって、山火事に由来するVOCの発生量は、燃える植物の種類よりも燃焼温度による影響が大きいと結論付けられました。
今後の展開
本研究により、山火事に由来するVOCの発生量は、衛星観測で得られるFRPと2つのVOCプロファイルから正確に予測することが可能になりました(図1)。この成果は、山火事に由来する大気汚染物質の発生メカニズムの解明等に貢献できると期待されます。
研究費
本研究は、横浜市立大学学長裁量事業 第5期戦略的研究推進事業、令和3年度 科研費・基盤(C)、平成27年度JSPS海外特別研究員制度の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル :Fuel-Type Independent Parameterization of Volatile Organic Compound Emissions from Western US Wildfire
著者 :Kanako Sekimoto, Matthew M. Coggon, Georgios I. Gkatzelis, Chelsea E.Stockwell,
Jeff Peischl, Amber J. Soja, and Carsten Warneke
掲載雑誌 :Environmental Science & Technology
DOI : http://doi.org/10.1021/acs.est.3c00537
※本研究成果の概要図が、Supplemental Cover Artに採択されました。
https://pubs.acs.org/toc/esthag/57/35
用語説明
*1 正値行列因子分解(Positive Matrix Factorization; PMF):PMF法は、多成分の変動要素からいくつかのパターン(因子)を抽出する統計モデルで、抽出された因子の成分組成に着目することでその因子の由来を推定するもので、発生源に関する特定の化学成分データを必要としないことが特徴である。
参考文献
Sekimoto et al., Atmos. Phys. Chem., 2018
https://acp.copernicus.org/articles/18/9263/2018/acp-18-9263-2018.html
本研究成果は、ACS(アメリカ化学会)発行の環境系雑誌「Environmental Science & Technology」に掲載されました(2023年8月23日公開)。
研究成果のポイント
- 北米西部の山火事から発生するVOCの種類と量は、燃える植物の種類よりも燃焼温度に依存する
- 焼温度は、衛星で観測されるfire radiative power(燃焼放射力)に相関する
- これらの結果より、VOC発生量をfire radiative powerの観測のみで推定することが可能となった
図1 北米西部の山火事のVOC発生量は、2つのVOCプロファイル(高温・低温熱分解プロファイル)と衛星観測から得られるfire radiative powerによって高精度に推定できる
研究背景近年、日本を含む世界の様々な地域で森林火災(山火事)が多発しています。森林火災で発生する揮発性有機化合物(Volatile Organic Compound; VOC)は、その地域の環境汚染や気候変動に多大な影響を与えるとされますが、大気汚染物質である対流圏オゾンや二次有機エアロゾルの生成メカニズムの解明や発生量の予測モデルの構築は、大気化学における近年の重要な課題となっています。植物が燃焼する際に発生する生成物は、何が燃えているかだけでなく、燃焼形態(例えば有炎燃焼や無炎燃焼など)によっても異なることが知られていて、これらの形態は同時に現れますが、各々の寄与率(燃焼中にどの形態がどの程度起こるか)は、時間毎、かつ植物の状態によって変わります。そのため、時間毎、かつ火災毎に変動するVOC発生量の予測は極めて困難とされています。
VOC発生量の評価には、これまで燃焼効率(Modified Combustion Efficiency; MCE)がパラメータとして使われてきました。MCEはCO2とCOの量によって決定され、有炎燃焼や無炎燃焼の相対的な寄与率を表します。植物が燃え始めてから燃え尽きるまでの一連の燃焼時間内で観測される、MCEの平均値とVOCの平均発生量には相関があると云われていますが、ほぼ全てのVOCにおいて、燃焼中の瞬間的な発生量はその瞬間のMCEには相関しないという問題がありました。これはすなわち、MCEは本来、VOC発生量の評価や測定に適したパラメータではないということを意味しています。したがって、VOC発生量を高精度で推定できるパラメータの探索が、喫緊の課題となっていました。
研究内容
このような背景のもと、NOAAとNASAの大規模研究プロジェクトFIREX-AQが2016年より始まりました(https://csl.noaa.gov/projects/firex-aq/)。2016年にFire Sciences Laboratory(モンタナ州ミズーラ)で行った植物燃焼実験で、関本准教授らのグループは、プロトン移動反応質量分析法と、関本が開発したVOCの網羅的定量法を組み合わせて、さまざまな植物を燃焼させた際にどのようなVOCがどれだけ発生するかを測定しました。それらのデータを正値行列因子分解*1(Positive Matrix Factorization; PMF)により解析したところ、VOCの瞬間的発生量は2つのVOCプロファイル(高温または低温熱分解プロファイル)の組み合わせで高精度に評価でき、この結果は、燃える植物の種類に依存しないことを明らかにしました(Sekimoto et al., Atmos. Phys. Chem., 2018)。
これらの実験室内で得られた結果が、野外での実際の山火事に適用できるかを確かめるため、2019年の夏にNASA DC-8を用いた航空機観測が北米西部で行われました。8つの異なる山火事のVOCを同様に測定、解析した結果、高温・低温熱分解プロファイルの組み合わせによって、山火事から直接発生するVOCの種類と量を70%以上の精度で表現できることを見出し、さらに、高温・低温熱分解プロファイルの相対的寄与率は、衛星によって観測される「fire radiative power (FRP)」に相関することが明らかになりました。FRPは燃焼温度に相関することが知られています。したがって、山火事に由来するVOCの発生量は、燃える植物の種類よりも燃焼温度による影響が大きいと結論付けられました。
今後の展開
本研究により、山火事に由来するVOCの発生量は、衛星観測で得られるFRPと2つのVOCプロファイルから正確に予測することが可能になりました(図1)。この成果は、山火事に由来する大気汚染物質の発生メカニズムの解明等に貢献できると期待されます。
研究費
本研究は、横浜市立大学学長裁量事業 第5期戦略的研究推進事業、令和3年度 科研費・基盤(C)、平成27年度JSPS海外特別研究員制度の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル :Fuel-Type Independent Parameterization of Volatile Organic Compound Emissions from Western US Wildfire
著者 :Kanako Sekimoto, Matthew M. Coggon, Georgios I. Gkatzelis, Chelsea E.Stockwell,
Jeff Peischl, Amber J. Soja, and Carsten Warneke
掲載雑誌 :Environmental Science & Technology
DOI : http://doi.org/10.1021/acs.est.3c00537
※本研究成果の概要図が、Supplemental Cover Artに採択されました。
https://pubs.acs.org/toc/esthag/57/35
用語説明
*1 正値行列因子分解(Positive Matrix Factorization; PMF):PMF法は、多成分の変動要素からいくつかのパターン(因子)を抽出する統計モデルで、抽出された因子の成分組成に着目することでその因子の由来を推定するもので、発生源に関する特定の化学成分データを必要としないことが特徴である。
参考文献
Sekimoto et al., Atmos. Phys. Chem., 2018
https://acp.copernicus.org/articles/18/9263/2018/acp-18-9263-2018.html