精神発達遅滞やてんかんの発症に関わる転写制御因子(ARX)の働きを解明
新しい治療法の開発に期待
東京慈恵会医科大学 薬理学講座 籾山俊彦名誉教授、鈴木江津子講師、愛知県医療療育総合センター 発達障害研究所 西條琢真研究員、国立精神神経研究センター 北村邦夫研究員らの研究グループは、精神発達遅滞やてんかんの発症に関わる転写制御因子「ARX(aristaless-related homeobox gene ) 」が、脳の運動制御に重要な線条体(注)アセチルコリン性介在ニューロンの活動やシナプス伝達を調節する仕組みを明らかにしました。本研究成果は「European Journal Neuroscience」誌に掲載されました(2024年10月Volume 60, pages 6015-6029)。
~ 研究成果のポイント ~
●二種類のARX遺伝子(PLおよびGCG)を導入した遺伝子改変マウスは、線条体アセチルコリン性介在ニューロンの活動およびシナプス伝達に異常が認められました。
●ARX遺伝子異常が、大脳基底核のニューロン活動、およびシナプス伝達に関与していることが明らかとなりました。
研究背景
Aristaless-related homeobox gene (ARX) 遺伝子は転写制御因子であり、その変異によってX染色体型滑脳症および精神遅滞が生じる可能性があります。これまでの研究によれば、ARXは大脳皮質や前脳部のGABA性およびアセチルコリン性ニューロンの増殖、移動に関与し、変異によっててんかんや認知機能の欠陥を生じることが知られています。しかしながら、ARXの機能と病態との関連の機構は不明です。
マウスでは、ARXの内で、PLおよびGCGの変異によって精神遅滞を生じることが報告されています。またPLあるいはGCGを導入したマウスでは、線条体におけるGABA性ニューロンおよびアセチルコリン性介在ニューロン数の顕著な減少が認められていますが、変異後も生存している線条体のニューロンの神経生理学的および形態学的変化は不明です。
研究内容
本研究では、二種類のARX遺伝子であるPLおよびGCGを導入した遺伝子改変マウスの脳からスライス標本を作製し、線条体のアセチルコリン性介在ニューロンからホールセルパッチクランプ記録を行ないました。そして記録ニューロンから100ミクロン程度離れた周辺部位に電気刺激を与えることによって、GABA性抑制性シナプス後電流(IPSCs)あるいはグルタミン酸性興奮性シナプス後電流(EPSCs)を誘発し、解析を行なうことによって以下の結果を得ました。
1) マウスおよびGCGマウスのアセチルコリン性介在ニューロンの膜抵抗は野生型マウスのものより有意に小さかったが、静止膜電位、活動電位の閾値、自発発火頻度には有意差がなかった。
2) GCGマウスでは、興奮性シナプス後部であるアセチルコリン性介在ニューロンの細胞膜上にある2種のグルタミン酸受容体(AMPA受容体およびNMDA受容体)を介するEPSCsの割合が野生型およびPLマウスにおける割合より有意に小さかったが、PL
マウスと野生型マウスとの間には有意差がなかった。
3) ドーパミンD2型受容体を介するIPSCs抑制作用は、PLマウス、GCGマウスおよび野生型マウスの間で有意差はなかったが、PLマウスおよびGCGマウスでは、抑制作用の作用部位が野生型マウスとは異なっていた。
以上の実験結果から、ARX遺伝子改変マウスでは線条体のニューロン活動、シナプス伝達に異常が認められ、大脳基底核機能におけるARXの役割が明らかとなりました。
本研究の社会的意義
本研究によって、ARX遺伝子改変マウスの線条体アセチルコリン性介在ニューロンの膜特性およびシナプス伝達に異常が認められることが明らかとなりました。ARX遺伝子異常による病態の基礎として大脳基底核のニューロン活動、およびシナプス伝達の異常が存在することが示唆され、病態の一端が解明されるとともに、新たな治療法の開発にもつながることが期待されます。
研究費
本研究は、科研費(17K07063, 19K23370)および上原記念生命科学財団の支援を受けて実施されました。
論文情報
Momiyama T, Nishijo T, Suzuki E, Kitamura K.
Synaptic and membrane properties of cholinergic interneurons in the striatum of aristaless-related homeobox gene mutant mice
European Journal of Neuroscience 60, 6015-6029, 2024
https://doi.org/10.1111/ejn.16542
(注)線条体は大脳基底核の出力核であり、構成するニューロンは大半がGABA性ですが、少数のアセチルコリン性介在ニューロンが大脳基底核のアセチルコリン供給源となっています。
メンバー:
・東京慈恵会医科大学 薬理学講座 名誉教授 籾山俊彦
講師 鈴木江津子
・愛知県愛知県医療療育総合センター発達障害研究所 研究員 西條琢真
・国立精神神経研究センター 研究員 北村邦夫
【本研究内容についてのお問い合わせ先】
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