~性的マイノリティの9.3%が「アウティング」を経験~
東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 金久保祐介博士研究員、松島雅人教授らは、本人の許可なく第三者に性的指向や性自認を暴露されてしまう「アウティング」が、性的マイノリティの人々のメンタルヘルスへの深刻な悪化と関連していることを明らかにしました。
性的マイノリティの人々は特有のストレスを経験しやすく、メンタルヘルスの悪化に繋がりやすいことが知られていますが、「アウティング」は性的マイノリティの9.3%が経験しており、これがメンタルヘルスの悪化と関連していることを明らかにしました。これは、性的マイノリティに対する社会的な支援と、アウティング防止の取り組みを強化する必要性を示唆するものです。
本研究は、2022年9月から10月にかけて収集した2,596名の性的マイノリティの人たちの回答を用いました。
<ポイント>
- 性的マイノリティの半数以上が心理的苦痛を経験 調査対象の性的マイノリティのうち50.8%が中等度以上の心理的苦痛(うつ病や不安障害の可能性)を抱えており、9.3%にアウティングされた経験がありました。
- アウティングとメンタルヘルスの悪化が明確に連動 性的マイノリティのうちアウティングをされた経験のある人は、経験していない人と比較して、中等度以上の心理的苦痛を示す割合が1.43倍、過去1年間の自殺念慮の割合が1.39倍高いことが明らかになりました。
- 多くコミュニティでのアウティングがより深刻な影響 家庭、友人、学校・職場など、より多くのコミュニティでアウティングをされた人ほど、心理的苦痛を示す割合が高い傾向が見られました。
- トランスジェンダー・ノンバイナリーが特に高リスク 性的マイノリティの中でも、特にトランスジェンダー(出生時に割り当てられた性別とは異なる性自認をもつ人)やノンバイナリー(男性か女性かといった二元論的な性自認をもたない人)の人々において、心理的苦痛の程度およびアウティングをされた経験の割合が高いことが判明しました。
本研究は、アウティングが性的マイノリティにとって重要なストレス要因であることを示唆するものです。アウティング防止の取り組みを強化することが、性的マイノリティのメンタルヘルスの向上に寄与するものと考えられます。
本研究の成果は6月20日付でPsychiatry and Clinical Neurosciences誌に掲載されます。
(Kanakubo Y, Sugiyama Y, Yoshida E, Aoki T, Mutai R, Tabuchi T, and Matsushima M. Mental health of sexual and gender minorities and its association with outings in Japan: A web-based cross-sectional study.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/pcn.13858)
研究メンバー:
・東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 博士研究員 金久保祐介
・東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 講師 杉山佳史
・東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 訪問研究員 吉田絵理子
・東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 准教授 青木拓也
・東京慈恵会医科大学 医学部看護学科 准教授 務?理惠子
・東北大学大学院医学系研究科 公衆衛生学専攻公衆衛生学分野 准教授 田淵貴大
・東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 教授 松島雅人
研究の詳細
1. 背景
性的マイノリティの人々は、うつ病や不安障害、自殺念慮などのメンタルヘルスの問題を抱えるリスクが高いことが知られています。これには、性的マイノリティの人々が直面する社会的な差別・偏見から生じる心理的苦痛(マイノリティストレス)が影響していると考えられています。
アウティングとは、性的マイノリティの方の性的指向や性自認を、本人の了解を得ることなく第三者が勝手に暴露する行為です。これはマイノリティストレスの一種であり、家庭や学校・職場など様々なコミュニティで生じうるものです。アウティングがきっかけとなりあるゲイの学生の命が失われたとされる一橋大学アウティング事件(2015年)は、日本で「アウティング」という言葉が知られるようになった契機の一つ(それでもこの言葉の一般の認知度は10%以下)です。韓国や米国など国外の研究では、アウティングと自殺念慮や抑うつとの関連が示唆されているものの、日本におけるアウティングとメンタルヘルスとの関連についての研究は限定的なものでした。
そこで本研究では、日本の性的マイノリティのメンタルヘルスの状況およびアウティングをされた経験割合を評価するとともに、両者の関連について検討することを目的としました。加えて、より多くのコミュニティでアウティングをされることが、メンタルヘルスの状態の悪さと関連しているかどうかを明らかにすることも目的としました。
2. 手法
本研究は、自己記入式オンライン調査である”The Japan COVID-19 and Society Internet Survey (JACSIS study)” (
https://jacsis-study.jp/ ) のデータのうち、2022年9月から10月にかけて収集された回答をもとに解析した横断研究です。32,000件の回答のうち、不正回答を除いた18歳から79歳までの性的マイノリティの人たちの回答を用いました。
アウティングは、①親、②親以外の家族、③性的マイノリティではない友人、④性的マイノリティの友人、⑤かつて通っていた学校・職場、⑥現在の学校・職場の6つの場面についてそれぞれアウティングをされた経験の有無を尋ねました。これらのうち、いずれの場面でもアウティングをされたことがないと回答した方を「アウティングをされた経験なし」、少なくとも1つの場面でアウティングをされたと回答した方を「アウティングをされた経験あり」と分類しました。また、これらの6つの場面を家庭(①②)、友人(③④)、学校・職場(⑤⑥)の3つのコミュニティに分類しました。各コミュニティの2つの場面のうち、少なくとも1か所でアウティングをされた経験ありと回答した方を、そのコミュニティでのアウティングをされた経験ありと分類しました。アウティングをされたコミュニティの数は、0から3までの尺度で算出されました。
メンタルヘルスの状態は、非特異的な心理的苦痛の尺度であるKessler 6-Item Psychological Distress Scale(K6)と、過去1年以内の自殺念慮の有無で評価しました。K6は広く用いられる尺度であり、得点が高いほどメンタルヘルスの状態が悪いことを意味します(0点?24点で評価)。5~12点は中等度(気分障害または不安障害のスクリーニングカットオフ値)、13点以上は高度(重度のメンタルヘルス障害のスクリーニングカットオフ値)の心理的苦痛があることを意味します。
統計解析では、回答者のメンタルヘルスの状態とアウティングをされた経験等を記述統計で示しました。また、メンタルヘルスの状態をアウトカムとし、アウティングをされた経験、年齢、セクシュアリティ(ゲイ・バイセクシュアル・クィア男性、レズビアン・バイセクシュアル・クィア女性、トランスジェンダー・ノンバイナリー)、教育歴、世帯収入、雇用状況を説明変数として修正ポアソン回帰分析を行いました。また、同様の共変量を調整した修正ポアソン回帰分析を用いて、メンタルヘルスの状態と、アウティングをされたコミュニティの数との関連を評価しました。
3. 成果
元となった32,000件のデータのうち、最終的に2,596件の性的マイノリティの人たちのデータを分析対象としました。分析対象者の9.3%がアウティングをされた経験があると報告しました。特に、トランスジェンダー・ノンバイナリーの人々の17.9%がアウティングをされた経験があると報告しており、ゲイ・バイセクシュアル・クィアのシスジェンダー男性の7.5%、レズビアン・バイセクシュアル・クィアのシスジェンダー女性の7.6%に比べて高い傾向にありました。メンタルヘルスについては、全体の50.8%が中等度以上のK6得点(うつ病や不安障害の可能性あり)を示しました。
アウティングをされた経験のある人々は、アウティングをされた経験のない人々よりも中等度以上のK6、高度のK6、過去1年以内の自殺念慮のいずれも高い傾向にありました。年齢やセクシュアリティ、教育歴、世帯収入、雇用状況を調整した上でもこの結果は有意なものでした。
さらに、アウティングをされたコミュニティの数が多い人たちの集団ほど、中等度以上のK6を示す方の割合がより高い傾向にありました。
4. 今後の応用、展開
本研究により、性的マイノリティの約1割がアウティングをされた経験があり、この経験が心理的苦痛や自殺念慮のリスクと関連していること、加えてより多くのコミュニティでアウティングをされることが、中等度以上の心理的苦痛を抱える割合が大きいことと量反応関係を伴って関連していることが示唆されました。この結果は、性的マイノリティにとってアウティングが重要なストレス要因であることを示すものです。
すでに企業や自治体等でアウティング防止の取り組みが進められているところもありますが、LGBT理解増進法などを根拠に、より一層アウティング防止の取り組みを強化することが、性的マイノリティのメンタルヘルスの向上に役立つものと期待されます。
5. 脚注、用語説明
LGBT :Lesbian, Gay, Bisexual, Transgenderの頭文字を取った語。性的マイノリティ全体を指す用語としても用いられる。
アウティング :本人の同意なく性的指向や性自認を第三者が暴露すること。
性的指向 :どのような性の人に恋愛的・性愛的に惹かれるかを意味する語。
性自認 :自分自身の性をどのように認識しているかを意味する語。
トランスジェンダー :出生時に割り当てられた性別とは異なる性自認をもつ人。
ノンバイナリー :男性か女性かといった二元論的な性自認をもたない人。
シスジェンダー :出生時に割り当てられた性別と同じ性自認をもつ人。
クィア :社会的に規範とされる性のあり方以外を包括する言葉。本研究では、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル以外の性的指向に関する性的マイノリティを包括する意味で用いている。
●本研究内容についてのお問い合わせ先
東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 金久保祐介
電話:03-3433-1111(代) メール:kanakuboyusuke@jikei.ac.jp
●報道機関からのお問い合わせ窓口
学校法人慈恵大学 経営企画部 広報課
電話:03-5400-1280 メール:koho@jikei.ac.jp
以上